№60. 聖紋の耳飾り
「全員、静かにしなさい。これでは何も進まないではありませんか」
「おっと、これは失礼。どうぞ進めてくださいな」
教皇様の言葉に、やっと部屋は秩序を取り戻した。まったく、なんの時間だったのか。呆れたくもなるが、今は話を聞くとしよう。
「さて……今更ではあるが、改めて自己紹介を頼むよ」
「あ、はい! えと、メルナです。メルナ・アマテラス。『剣聖の聖剣』アマテラスの……聖卿です」
突然の振りに慌てて立ち上がった。突然だったが、良い挨拶だったんじゃないか? まぁ、うん。良いって言えるほどじゃなかったかもしれないけど。普通だったろう。
「メルナよ。我々聖議会は君の実力を認め、その力を世間に保証する。我々の仲間となり、その力を人類のために使ってくれるかい?」
「は、はいっ。人類の……はいっ!」
「はっはっ! そう気負わなくてもいいぞ、メルナちゃん。要は影響力を与えるってだけの話さ」
「……言ってしまえばそういうことだ。我々が求めるのは大それたことではない。万が一、混沌に呑み込まれたときに希望の象徴になればいいだけだ」
それも随分と重くないか、とも思うが。実際ベルアルド殿下も大層なものじゃないとは言ってたし、苦労することは少ないだろう。……と思う。いずれにしても、深く考える必要はないってわけだ。
「よし。ではメルナ・アマテラス。晴れて君も聖議員だ。議席順位は五〇。……では君に最初の任務を言い渡そう」
「あ、あるんですね。そういうのもちゃんと」
「何、難しいことではないさ。バラムランデの近くには天魔の樹海があるだろう? そこの奥にいる大魔公に何やら動きがあるようでな。注意してもらいたい」
「大魔公……ですか」
とんでもなくビッグな話じゃないか。最高位の悪魔が天魔の樹海に……その向こう側にいたのか? いや、そもそもそっちは悪魔の領域、そりゃあいるのは当然だろうが。
「大丈夫さ。近々、そちらに一人向かわせるからな。もちろん危険がないとは言い切れないが、対抗するには十分な戦力だ。ベルアルド君もいるしな」
「お兄様もいてくれるんですか。聖議員が三人、なら確かに安心ですが。……その一人とは誰なんですか?」
「それは会ってからのお楽しみというやつだ」
この爺さん……もとい教皇様も、厳格そうな見た目の割にだいぶお茶目だな。お茶目で許されるのはボクみたいな美少女だけだぞ。……仕方ない。今はこの人のお茶目に振り回されてやろう。
「不安と言うなら俺が行こうか、メルナちゃん?」
「オルトレイ、君には君の役があったろう。その話はどうだ?」
「いやぁ、残念ながら何も」
二人の会話に誰も口を挟まない。オルトレイの役、とは一体。みんなは知ってるみたいだ。ボクだけか、知らないのは。そんな風に首を傾げているのをチラと見て、彼は優しい笑みを向けてきた。
「気になるか、メルナちゃん。何、大した話ではないんだがな。真世界のとある兵器を探していてね」
「真世界……兵器?」
「世界をぶっ壊すって、物騒なものがあるらしいんだ。ただどこにも見当たらなくてね。誰の手に渡る前に封印したいんだが……」
真世界か。イマイチよく分からないからな。ボクもいつか行こうと思ってるが……兵器か。世界を壊す……彼の様子から、おおよその噂しか知らないようだ。
「それこそ悪魔の手に渡っちゃあ堪ったもんじゃないからな。話が終わったんなら帰らせてもらいますよ。氷娘と一緒にいたくないんでね」
「えぇ、私からもお願いします。ぜひ帰ってください」
「やれやれ、君達と来たら……。だが確かに、話は終わりだ。お疲れ様、メルナさん」
「あ、いえ、お構いなく」
そう言うと、彼らは次々と部屋を出ていった。オルガリアとルミナス、それぞれ挨拶はしてくれたが……短かったな、本当に。何のために呼ばれたんだ。まぁなんかオモロかったし良しとするか。
「さて、俺達も帰るとするか。……と、その前に。メルナ、右の耳を貸してくれ」
「えっ……癖?」
「君は俺をなんだと思ってるんだ。いいから、ちょっとしたプレゼントだよ」
警戒しつつも、そっと頭を傾けた。何をするのか、恐怖はないが、この人のことだ。ロクでもないことかもしれない。……でも紳士だもんな。変なことはしないか。
「よしっ、これでオーケー。ほら、似合ってるだろう?」
「……これは?」
差し出された鏡を覗き込むと、そこにあったのは相変わらず可愛らしいボクの顔。……に、金色のイヤリングだった。それも何か、綺麗なのは間違いないが、不思議な形の。
「刻まれているのは聖紋と呼ばれるものでね、教皇様から連絡を頂けるんだ。俺は指輪だけど、メルナには耳飾りが似合うと思ってね」
「へぇ、ありがとうございます! あれ、でもなんでお兄様が持ってたんですか?」
「特に意味はないんだけど。せっかくメルナの柔らかい耳に触れる機会だと思ってね」
「癖じゃないですか」
なんだかんだと言いつつも、なかなか綺麗なものだ。無意識に口角が上がってしまうのも仕方ない。連絡ということは通信機ともまた違うようだし、かなり快適なんじゃないか?
「……あ、メルナ様にベルアルド殿下。お疲れ様です」
「あれ、本当に迎えに……ていうか早かったでしょ。よくタイミング合ったね」
「はい。殿下からこの時間には終わると言われましたので」
ボクからしたら相当早く終わったのだが、これが普通の早さなのか? もはや何も話してないんだけどな。まぁ長話をされても面倒なだけか。じゃあ良いことなのかも。
「お似合いですよ、耳飾り」
「本当? 良かった。じゃあ宿に帰ろうか。どっかでおやつも欲しいな」
「えぇ、では買っていきましょうか」
「メルナの祝いだ。俺が奢ってあげよう」
日暮れよりもずっと早く、まだ昼過ぎくらいか。歩きだすと「もう終わったか?」とツクヨミが飛び出し、特等席だと言うようにボクの首に巻き付いた。時計塔を後ろに、ボク達は聖都の白い街に戻った。




