№59. 四大聖王
「さぁ、行こうか、メルナ。準備はできてるかい?」
「はい、問題なく。……じゃあナナ。ボク達行ってくるから、待っててね」
「はい。終わる頃にはお迎えにあがりますね」
ナナとは宿で別れ、剣を腰に差してベルアルド殿下の後を追った。聖都に着いてから早数日、これといって何をしたわけでもない。一応、近くの教会でお祈りはしたが、ホルネィ様から何か返事があったわけじゃないし。……寝てたのかな。
「緊張しますね。聖議会というのは……話にしか聞きませんでしたから」
「ははっ、そう堅くなることはない。どいつもこいつも不遜な奴らだ。合わせろとは言わないが、わざわざ下に出ることもないぞ。……あ、でも教皇様には礼儀正しくな」
「教皇様がいらっしゃるんですか? 参ったな。あんまり作法は習ってませんから……」
「いや、そこまで気にすることはない。あの方は優しいし、作法を求めてるわけじゃないよ。なんと言うか、敬意? 聖ハルノ教会のトップなわけだから」
じゃあ特に気をつけることはないのかな。それこそ目上の人と思ってればいいか。敬語を喋ってれば大丈夫そうだ。
宿を出て少し、やって来たのは時計塔。内から漏れ出る魔力は一や二じゃない。加えてどれも分かりやすくデカい。前に感じた異質な気配は……ここにはないが、向かって来てはいるな。やっぱり聖議員か。
「聖議会とは大層な名だが、実態は小さいものさ。強者の集まる中立組織、名前を借りた抑止力みたいなものだな。……そうそう、実はアルの奴も候補者なんだ」
「へぇ、そうなんですか! 強いですもんね、アルお姉様も」
「我が妹ながら、末恐ろしいよ。もっとも、候補者ということはまだもう一歩足りない、ということなのだが。近々そのラインも超えてくるだろうな」
アルさんは強い。それは確かだが、聖議会に入るには及ばないらしい。それでも、彼の言葉が適当ではないことは分かった。兄としての期待か、はたまた根拠があるのか。
「ふふ、気になるのなら帰ったときに確かめてみるといい。まぁ、アルの場合は君より多少の慎重さを求められる立場でもあるし、注目も聖剣持ちの君ほどではないが」
「……お兄様は慎重ではないですよね。王太子なのに」
「慎重じゃないわけではない。ちょっとした見聞を広めるための旅、というのかな。もちろん長旅はしていないが、父上がそうしろというのだから仕方なかろう」
仕方ないと言う割に心底楽しそうな顔をするなぁ。相変わらず、バラムランデ王家はストロングスタイルなんだから。彼ほどの実力があれば外に出ても安全、という信頼でもあるんだろう。……自由にさせてもらってるボクが言えたことじゃないか。
「大変なんじゃな、王族というのは」
「あ、君はアマテラスの意思、だっけ?」
「そうじゃ、よく知っとるな。いかにも、余はツクヨミじゃ」
「ヨミちゃん、姿を出しちゃダメだよ。説明が面倒くさいからね。……ん、何か声がするな」
時計塔内部、その階段を上り、一際大きな部屋の前までやってきた。会議室、と札に書かれているからここがそうなのだろう。会議室には似合わない怒声が響いてるが……。
「——はッ、氷娘が大層なことを言うじゃねぇかよォ。こちとら遠路はるばる来たってのに、てめぇなんかの一言で帰るわけねぇだろォが」
「帰れなんて言ってませんよ。あなたはこの場に相応しくない、目障りだから私の視界に映るなと言ったのです。流石は炎小僧、どうやら頭まで沸いてるようだ」
「おいおい、言い合いはやめねぇか。新人ちゃんがビビったらどうすんだ」
「何言ってんだ、カトロフ。んなんじゃビビらねぇだろうよ。俺は気に入らねぇから言ってんだ。外野が止めんじゃねぇぞ」
うん、ボクには分かるぞ。オルガリアとルミナスが言い争ってるんだな。まったく、なんだかんだと言ってるようだが……こんな雰囲気の中で入れるほど大物じゃないんだぞ。
「……お兄様、ボク、怖いです」
「なッ……! よし、俺に任せろ。おい、お前達! 声を収めぬか! 我が愛しき妹が怖がってるではないか!」
「なんだ、うるせぇ奴かと思ったらお前か」
ボクの潤んだ瞳にすっかり負けたようで、ベルアルド殿下は率先して部屋の扉を開けてくれた。中はすっかりピリついた空気で、居心地が悪い。思ったとおり、熱と冷気がせめぎ合っている。
「さて……今日の主役も来たところだ。君達も静かにしなさい。何、長話にはならない。争いならその後でするといい」
「……とんでもございません」
「さぁ、君達も座りなさい。ベルアルド君と、メルナさん、だね?」
「あ、はい。失礼します」
白髪の老人に促され、空いている席に座り込んだ。彼が教皇様か。魔力はさほどだが、確かに貫禄のような、威圧感がある。炎と氷の二人と、もう一人いるな。カタロフと言ったか。聖剣持ちじゃなさそうだ。
「数が……少ないですね」
「すまないね。一応、全員に通達はしたんだが、なかなか忙しいようで。しかしそれは、認めているからでもあろう。新しい仲間を」
「聖卿を認めないという方が、無理がありましょう。私たちも、認めてないから集まったというわけではありません」
そういうことなら良いんだが、ただ興味がないようにも思えるんだよな。そもそも何人で構成されてるのかも知らないが、四人で半数はないだろう。
「まぁ俺としては、そこの氷娘は来なくて良かったんですがね。空気が冷えてたまったものじゃない」
「ことあるごとに突っかかるようですね、あなたは。頭を冷やしたらどうですか。氷漬けにして差し上げますよ」
「おいおい、良い加減にしろ、お前ら」
「……なんだ、一体。聖議会はこんな低俗なものだったか?」
オルガリアとルミナスの言い争いの中、ガチャリと音を立てて扉が開かれた。二人の押し合いを新しい魔力が押し潰す。咄嗟に視線を向けたが、見るまでもなく分かる。強い、明らかに。
「久しぶりですな、教皇サマ。俺は部屋を間違えたか?」
「いや、ここが会議部屋で間違いない。それより来るとはな」
「オルトレイさん、来るんなら言ってくださいよ。あんまり急だからビックリしたでしょ」
「ふん、何を言う。来るも来ないも俺の自由だ。それとも何か、くだらない言い合いをするようなお前達の許可がいるか?」
先までのとはまた違う圧迫感が部屋を包む。オルトレイ、とそう言ったのか。七大覇王……四大聖王の一人、それが彼か。彼もまた、聖剣持ちではない。見た目はただの中年の男、だが魔力の重さは別格だ。ずっと感じてた異質な魔力は彼のものだったか。
「しかしオルトレイ、来るなら一言欲しいですよ。なんでまた……」
「なんてことを言うんだ、ルミナスちゃん。なぜって、新人が来たんだろ? 挨拶をと思ってな。……君か?」
「あ、はい。メルナ・アマテラス、この度は聖議会に呼ばれて来ました」
突然の視線に、無意識に背が伸びる。分からない、何を試されるのか。最悪、認められなくても問題ないとして、彼がどんな人柄かも分からない以上、下手な真似は——
「メルナちゃん……月の神の名か。良い名だな。アマテラスというのも可憐で美しい響きだ」
「は、はぁ。ありがとうございます。メルナはアルお姉様……大好きな恩人に付けて貰った名ですから」
「ふぅん……ちょっと幼いのがもったいないが、うん、実に良い。麗しい娘だ。……ふふ、来て良かった。こんなに良い女なら来た甲斐あったな」
「おい、俺の妹に手を出すんじゃないぞ。いくらオルトレイ、アンタと言えど許さないからな」
なるほど、心配無用だな。ただの女好きのおっさんだ。セクハラには気をつけなきゃいけなさそうだが、ボクがどうこうする必要はないか。確かにルミナスに対する口調も柔らかかったし。……うん、怖いけど怖くはない。




