№58. ルミナス・フラムパラード
飛空艇に揺られておよそ一日、到着したのは北大陸の聖都ハルノ。そこは見渡す限り真っ白な街で、澱み一つない、まさに聖なる都だった。あの女神様には似ても似つかないような……彼女のいる空間は確かに真っ白かったけど。
「うぅ……ダメだ。ちょっと酔ったかもしれない……」
「無茶はなさらないでくださいね。初めての空の旅でしたから、無理はありません」
「弱ッちィ小娘だなァ、てめェは。おい、ナナ。向こうから良い匂いがするぞ」
「ゼルも、あまり勝手してると捕まってしまいますよ。メルナ様に」
地面に降りたボクは、よろよろと揺れながら近くのベンチに腰を下ろしていた。ゼルは変わらずムカつくようなことを言うが、言い返せるほど気力がない。というか、まさかこんなに酔うとは思わなかった。前世の飛行機じゃあ酔ったことないんだけどな。
「飛空艇は揺れも多少はあるが、魔導船以上に巨大な魔石を使ってるからなァ。魔力に当てられて酔う奴も少なくねぇんだ。人それぞれだな」
「へぇ、そりゃまた……。運が悪いのかな」
「メルナ様、サンドイッチ食べますか? この街のお肉は美味しいですよ!」
「……うん、ちょっと落ち着いたら食べる」
ゼルには勝手にするなと言ってたが、自分は匂いに従ってたのか。ナナはこういうところあるよなぁ、割と。強かというかなんというか……まぁ頼もしいことには違いない。
「じゃあ俺は俺の方に行ってくるからよ、また議会で会おうな」
「あぁ、うん。色々ありがとうね。また」
ヒラヒラと手を振りながら、オルガリアとはそこで別れた。呼び出されてるのは明後日、時計塔と呼ばれるお堂だったな。時計塔って言うくらいなんだから、大きい時計があるんだろう。……確かに、街の中心辺りに薄っすらと塔が見える。
「……ナナ、アレが時計塔?」
「えーっと……はい、そうですね。時計塔とは言いますが、大聖堂のようなものです」
ナナからサンドイッチを貰い、一口齧る。瑞々しい野菜と柔らかくモチモチなパン、その中に香り高い鶏肉が入ってる。確かに美味い。さすが聖都、良いのは見た目だけじゃないか。
「なんで時計塔なんて呼ばれてるの?」
「象徴なんですよ。主神ホルネィ様は時空をも超越した存在。その偉大さを表現しようと、大きな無限時計が建てられたんです」
「ふーん。……無限時計ってのは?」
「大層なものではありませんよ。動かない時計なんです。絶対に動かない。機能していないというわけではなく、どんな力でも進められないものなんだとか」
なんか無駄というか、そんなことを言ったら怒られるんだろうけど。それにしたって動かない時計って……芸術みたいなものなのかな。まぁでも、ホルネィ様らしくはあるか。あの人は働いてはいるだろうけど、サボり癖とかありそうだし。……もっと怒られそうだな。
「おい、俺様にもちョッとくれよ」
「……ほら」
「あむッ……うん、なかなか美味いんじャねェか?」
サンドイッチの、パンの耳を千切って食わせた。なんでこう偉そうなのかな。猫は黙って愛でられてればいいのにさ。
「さて、酔いも覚めてきたし。じゃあナナ、そろそろ——」
「メルナ・アマテラス……ですね。炎小僧と来ていたようですが……」
「誰……わおっ」
呼ばれた声に振り向くと、目の前にいたのはあまりに綺麗なお姉さんだった。真っ白な長髪、そして鮮やかな碧眼。絵に描いたような美人だ。冷ややかな目線も……うん、良いものだ。
「知らぬわけではないでしょう。私の名はルミナス・フラムパラード。せっかく顔合わせのために来たのですから、私の顔くらいは覚えてくださいね」
「は……はい」
「ふふ、よろしい。またお会いしましょう。あの炎小僧には誑かされないでくださいね。どうせつまらぬことを吹聴したのでしょうが……まぁいいわ。では」
それだけ言って、彼女はそのまま踵を返した。なんかよく分からん人だったけど、分かったのも一つあるな。たぶん、オルガリアとは犬猿の仲だ。……いや、たぶんというか確実に。
「フラムパラードというと、氷結の聖剣ですね。第五の剣……あんなに綺麗なお方だとは」
「ね。……さぁさ、宿に行こうか。ボク疲れちゃったよ」
「あ、はい。どうぞこちらに」
ナナの案内についていく。白い街じゃ前も後ろも分からなくなるが、流石は一流メイド。……いや、関係ないかもしれないが。いつの間にか現れていたツクヨミを肩に乗せて、視線を移ろわせながら宿を目指して歩いていく。
「……おい、メルナよ。余の勘違いでなければ……この街、何かいるぞ」
「……? 何かって……いや、ほんとだな。何かいる」
オルガリアもルミナスも魔力量は相当のものだったが、それとはまた異質な魔力だ。他にも聖卿が? 聖議会の人間は他にもいるらしいから、あるいは聖剣と無縁の何者か、かもしれない。
「まぁ、今は気にするほどじゃないよ。揺らいでるせいで場所の特定もできないし、そんなに強大ってわけでもなさそうだ」
「そうじゃな。対処の必要があるんなら、他の奴らに任せりゃいい。そなたはしっかり休むことじゃ」
そのまま十数分、ナナの後ろをただ歩いた。幸い、例の魔力からは異質さはあれど悪意は感じ取れない。気になることではあるが、気にすることでもないだろう。
「ふぅ、やっと着いた。なんか……キラキラしてるね」
「聖議会が用意した高級宿ですから。……聖議会とは言っても、ですが」
「おぉ、よく来たね、メルナ! ナナもお疲れ様。さぁ、ついてくるといい。部屋まで案内しよう」
相変わらず、明るく優しいのはベルアルド殿下の声だ。聖議会を通して彼が用意したのだろう。無駄に高く快適な宿だからそうだろうとは思ったが……。ただ、いくらシスコン兄とは言っても部屋は別だ。ボクはナナと二人部屋、断る理由は何もない。
「ありがとうございます、お兄様!」
「ぐはぁっ! や、やめてくれ……ごはッ」
部屋に入り、ドアを閉める直前。とびきりの感謝と笑顔を込めた上目遣いの一撃に、殿下は虚しく撃沈した。これだけお礼をすれば満足だろう。ボクはそっと、彼の遺体……もとい血を吐いて倒れた姿を確認しながらドアを閉めた。




