№06. 魔女を求めて
あの事件から少し。ボクが得た情報は少なくない。数えるなら大きく三つ。もちろん、異世界に転生したというこの状況下においては心許ないかもしれないが、それでも今はそれで十分だ。
まず一つ、アルさんの容態について。命に別状はないらしいが、それでもやはり、傷はそう簡単に治せるものではないようで。完全回復薬と呼ばれる魔法薬が必要となるらしい。
エリクサーというと、前世でもゲームやら何やらでも聞いたことがある。どんな傷も、病気も……はたまた消費された体力や魔力も。全てを回復する薬。だがそんなものが果たして手に入るのか、おあつらえ向きの場所に情報を求めに来た。
「おいおい。小っちゃな小娘がよォ、こんなところに何の用だ?」
「……っ」
足を踏み入れたその瞬間、大男の足が引っ掛かり、危うく転がるところだった。下卑た笑いと、値踏みするような下衆な視線。不本意だが、今のボクは少々……いや、かなり荒んでいる。くだらない言い争いは求めるところではない。
「おい、なんとか言ったらどうだよ? 俺は帰ってママのおっぱいでも吸っとけって、優しさでそう言って……ぐはっ!」
「……ママが恋しいなら勝手にしろ。ボクはお前に用はない」
肩に置かれた大きな手を取り、ぐるりと。ボクの二倍はあるような巨体をひっくり返し、床に深くめり込ませた。細く小さな小娘が、だ。視線を集めるには十分な出来事だった。
ここはならず者達の巣窟、冒険者ギルド。依頼を受け、報酬を貰う。そんな何でも屋のような職業だ。何も、誰もがそんな不良というわけでもないが。素質も経歴も問わず、試されるのは実力のみ。そんな職業柄、品性なんてものは二の次なんだ。
「一つ、聞きたいことがある」
「ははっ。強くて面白い嬢ちゃんだな。その面白さに免じて多少の情報はタダでくれてやる」
椅子を引き、中年の向かいに座った。城の外は呑気なものだ。そりゃ、あの事件も知らされていないのだから。誰も王女様が怪我したなんて、そんなことは知らないのだから。
とはいえ、城の中もそう大騒ぎにはなっていない。一つはアルさんがボクを庇って誰にも責任がない……いや、自己責任の事故だとしてくれたから。そしてもう一つは、現国王も騎士団出身だったからだ。
親娘揃って命の危険が常に隣だった。だからこそ、当のアルさんが自己責任と言い張れば、その一切を追及してはならないと、そうなったんだ。それは王族としての威厳であり騎士道。ゆえに誰も侵してはならない、と。
「……完全回復薬。それが欲しい。……風の噂で聞いた。この辺りでは得る機会があるそうだな?」
「はっ、完全回復薬だ? 確かに、そんな話もあるな。真偽は分からねぇが、そいつはな——」
東の森、その山頂。浮世離れの魔女がいるそうな。魔女はなんでも、心優しい魔女らしい。その山、登るにゃ試練が険しい。されど登ればどんな願いも叶うだろう。禁断の果実、完全回復薬、蘇生までも。嘘か真か。真偽は分からぬ。誰も山から帰らぬゆえに——
それがボクの得た二つ目の情報。彼が語ったのはそんな話だった。まるで童謡のようだし、あまりに怪しいものだ。けれど、ボクには他の道がない。アルさんの……女の子の顔に、そして身体に取り返しのつかない怪我を負わせて。一刻も早く治さなければ。どうなるか、分からない。いや、どうにかなったら、ボクは耐えられないから。だからボクは堪らずに、すぐにその東の森へとやって来ていた。
「……来たな」
小首を傾げ、奥を見やった。すっかりここは深い山中。そりゃあ現れるよな。そういうヤツが。ボクは心の中で悪態をつきながら、腰の聖剣を引き抜いた。
「さぁ、早く終わらせようか。時間を使いたくないんだ」
「ガゥ、ルルル……。ギギャウッ!」
現れたのは黒い狼の群れだった。禍々しい姿は、明らかに異世界のものだと思える。魔獣と呼ばれるそれは、魔を宿した、けれど本来は普通の獣だ。……なぜだろうか。あまり恐怖はない。転生直後にもっと禍々しい悪魔を見たからか。あるいは今のボクが使命に動かされているからか。
「っ、はっ!」
「ギ……キャウッ!」
一太刀、縦に斬れば狼は縦に割れ、横に斬れば横に割れた。一振り一頭、舞踊のように軽い剣筋。知性のない魔獣の攻撃を躱すのは容易く、柔らかな頬を掠めることもなかった。
「アギャッ……!」
「ふぅ。……うん、動けるな。ボクも」
最後の一頭も、何も思わずに首を飛ばした。赤い鮮血が顔に、そして腕にかかる。生ぬるく、生臭い。一振り、聖剣は空を裂き、刃に付着した血を振り落として鞘に戻した。
三つ目、ボクが得られた情報は聖剣についてだ。これが全てかは分からないが、この聖剣には最低でも四つの加護がある。
まず一つ、対魔の加護。これは全ての聖剣が備え付けているものらしく、言葉の通り魔法や魔力による影響を軽減する力だ。話によると魔法を斬ることもできるらしい。それが聖剣が『聖』と呼ばれる所以。
あとの三つは筋力増加、魔力増幅、そして剣術の加護。正しい名称は違うかもしれないが、意味はそう遠くないはずだ。特に剣術の加護。このおかげでボクは転生したばかりとは思えないほどに戦闘慣れした身体になっている。
「さて、先を急ぐか。まだまだ魔獣も魔物もいるらしいしな」
一人、そう呟いた。そろそろ空は沈み始め、月が顔を見せ始めた。こんな場所でも、相変わらずボクの声は高くて可愛い。……あぁ、そうか。もう一つ鏡を見て得た情報があった。それはボクは抜群に可愛いということ。黒い長髪に黒い瞳、整った目元と鼻、口元、輪郭。控えめながらも確かなスタイル。
「はは、流石に神様に与えられただけあるよな。前世じゃそこらのアイドルも霞むレベルだよ」
顔なんてここじゃ毛ほどの価値もないんだが。でもボクがそれだけ可憐なものだと、そんな小さな自己肯定感が支えになるのも事実。少し、自らを奮い立たせて。まだまだ軽い足を先に進めた。




