№05. 初めての魔法
それから有無を言わさずに王宮まで連れて行かれまして。ここまで強引な姫様も実在するんだなぁと、感心したくらいだ。もちろんボクとしても行くところがなければ右も左も分からないし、この上なくありがたいんだけども。
「ねぇ、アルさん。アルさんは第二王女なんだよね? 兄弟姉妹はどれくらいいるんですか?」
「ん? まぁ……そうだな。世界的に見たら……王族にしては少ない方かな。長男のベルアルド王太子、長女のミリア第一王女。そして私と、第二王子のルークの四人だ」
「へぇ……四人でも多くはないんですか」
「一般市民ならば大きい方だろうがな。十人兄弟やそれ以上だってザラにいる世界だ」
相続がどうのって話なのかな。ボクには無縁だったから気にしてなかったけど……そうだよな。この世界の死亡率なんて、日本のものとは比にならないだろうし。そう考えるとバラムランデ王国は比較的平和な国なのだろうか。街の雰囲気も活気があるように見えるし。
「ね、メルナはさ。ここで何かしたいことはある?」
「そ、そんな。部屋を貸していただけるだけでもありがたいのに」
「気にするなって! 個人的にも君みたいな可愛い子には甘えてほしいってのもあるけど。聖剣持ちなんだから、誰も文句は言わないよ」
「そう……ですか。ありがとうございます……」
ここまで真っ直ぐ言われると断ることもできないな。でも改めて聞かれると……やりたいこと、か。そうだな、ボクは……。のんびり暮らしたい。色んなものを見たい。あるけど……。
「剣の使い方……と、魔法について。知りたいです!」
「ん? あっはっはっ! 勤勉だな。そうかそうか、それならいよいよ、誰も文句は言えないな」
アルさんはバシバシとボクの背を叩きながら、声を上げて大笑いをしていた。ボクの結論、それはもう死にたくない、ということ。
聖剣があるからといって、大衆を救うヒーローになりたいわけでも、戦の渦に呑まれたいわけでもない。ただ一つ。自分の身を守るために、ただそのために強くなりたい。ボクにそれだけのポテンシャルがあるのなら。
「じゃあ……そうだな。まずは魔法適正でも調べようか。剣はいつでも教えられるからね」
「はい! お願いします!」
この世界じゃ右も左も分からないというのに、この広い城ではどの廊下がどこに繋がっているのか、どの扉が何の部屋なのか、そもそも今いる場所がどこなのか。アルさんに連れてもらわなければそれすらも分からない。
「ところでどこに向かってるんですか?」
「魔法訓練室だよ。魔力を遮断する部屋があってね。屋外でもいいんだけど、最初は万が一ということもある」
「万が一……」
「そう、特に慣れてないとね。暴発とかする可能性もあるんだ。まぁその可能性がゼロじゃない、ってだけなんだけど」
魔力は絡まっている、って言ってたか。毛玉みたいなイメージなのかな? その毛糸の一本ごとに役割、つまり属性があって……って話だよな。基礎魔法はそれが絡まってても使えるらしいが……。
「ほら、着いたぞ。ここが訓練室だ」
「おぉ……っ!」
重く大きな扉……装飾などは一切なく、ただ質量だけの扉を開くと、そこはあまりに無機質な、そして鉄が剥き出し部屋だった。いかにもトレーニングルームらしい、器具こそないが、支柱やパイプがあまりに無骨な。あるのは鉄製の案山子のようなものだけ。
「さ、まずは魔力量を見ようか。さ、そこに座って、背中を向けて。聖剣は近くに置いておけばいいからね」
「分かりました。……アルさんは、魔法も使えるんですか?」
「そりゃ、多少はね。中級魔法までなら一部、使えるぞ」
騎士団で魔法を使えるのはノラさんだけじゃなかったのか。姫騎士様は伊達じゃないんだな。言われた通りに聖剣を隣に置いて、背中を向けて座り込んだ。魔力……ボクにもあるのかな。前世はそんなものとは無縁だったけど。
「いいかい。お腹……へその辺りかな。そこに意識を集中するんだ。……そう、そこ。今は私の魔力で活性化させてやるからな」
「……はい」
目を瞑って、意識をそこに向ける。何かが渦巻くような……熱? だろうか。ボクの中の、ボク自身のエネルギーが確かにあるような……ないような。
「……感じます。少し、ですが……。これが魔力なんでしょうか」
「お、そうだ。意識したから少し揺らいだね。それが魔力だよ」
体感としては血液のような。熱と同時に、心臓の脈とはまた違う脈を感じる。表現するなら血液に並ぶもう一つの生命源のような。そんな不思議な温かさだ。
「魔力量は……ボチボチだね。質もボチボチ」
「おぉ……全部ボチボチじゃないですか」
「でも……うん。絡まりはそんなに複雑じゃないかも。綺麗な感じだ」
そこまで分かるものなのか。ボクが分かるのはなんとなく絡まってる、ってだけなんだけど。魔力の一本ずつを認識してるのかな。……スゴいな、それは。
「これなら魔法も使えるんじゃないかな。真ん中の一番太いのを引っ張ってみて」
「引っ張る……?」
「周りの他の魔力を広げるんだよ。動かせるから」
んん、と踏ん張ってみるが、なかなか思い通りにはいかない。全体を転がすことはできるんだけど……一本一本の繊維? を弄るというのは……。
「コラコラ、力んじゃダメ。魔力は自分のエネルギーだよ。干渉できて当然、そう思わないと」
「……あ、できそう……!」
「そうそう、良い感じ! 一回できたら簡単だから。そう、そのまま引っ張って……」
一つ、外側の魔力を緩めて。すると全身が弛緩するように、けれど力が漲るように。魔力神経とも言うべきか、そんな今まで使ってこなかったものが開いて、身体が温まる。
「魔力が活性化してきたね。その調子で広げて、中心の軸になってる魔力を……。そしたら魔力が覚醒して、初めて魔法が発動するから」
「はい……っ」
顔をしかめつつ、少しずつ、少しずつ。中心の太い魔力の周りを緩めていく。そしてそのたびに全身に熱が巡り、新しい命が芽吹くような……そんな錯覚を起こした。背中からもアルさんの魔力が流れ、それがボクの意識を手伝ってくれる。
「き、来てます! アルさん……!」
「大丈夫、それが魔導師としての一歩だから。解き放って。抑えようとしないで」
言われたように、魔力の流れを止めずに回す。絡まりの一部が解け、そのから滲み出したエネルギーが神経に乗って全身に。それがグングンと加速し、膨張していく。止まることなく、そして軸の魔力、それが解放され……。その瞬間のことだった。
「……っ!? メルナ! 危ない!!」
「え……っ!」
何の危険を察知したのか、アルさんがボクのことを抱きしめ。一瞬、視界が……部屋全体が真っ白に包まれたかと思えば。激しい爆音が遅れて轟いた。つい先ほどまで昂っていた熱が引き、体外へと排出されていく。
「けほっ、けほっ……。何、が……」
激しい音の割に痛みはない。多少の熱はあるが、身体を焼くような異常な熱さも感じない。むしろ解き放たれた充足感のような、あるいは心地良い倦怠感のような。軽い運動を終えたような、そんな……。
爆発による魔力の煙は次第に薄れ、視界は鮮明になっていった。……いや、たぶん煙だけのせいじゃない。激しい魔力の放出、それによる多少の眩暈だと。目の前の景色に理解させられた。
「……っ!? アルさ……っ!!」
「げほっ、けほっ。……騎士団長ともあろう私が……はは、参ったな。魔力は並程度と思ってたが……聖剣には魔力増幅の加護でもあったか……げほっ」
「あ、あぁ……アル、さん……っ」
ボクの背中に触れていたはずの、そして抱きしめて守ろうとしてくれていたはずのアルさんは部屋の壁に打ち付けられ、全身から赤い液体を流していた。血、なのか……? なんで、そんな……。ボクが……?
「ごめんなさい、ごめんなさい……っ。アルさん、ボクのせいで……」
「おいおい、そんな泣きそうな顔をするなよ。……げほっ、ふぅ……。せっかくの顔が台無しだ」
「でも……っ」
何度見ても、その景色は変わらず、凄惨なものだった。アルさんを中心に部屋は赤く染まり、右腕が吹き飛んでいる。右眼も潰れ、綺麗な顔も銀髪も、焼けたように赤い。
「私がさせたんだ。私の責任で、私の指示で。……それなのにメルナ、お前まさか、王女である私の判断が間違ってたなんて、私が悪いなんて言うつもりか?」
「そ、そんな……」
「はは、いや……意地悪だったな。君に深い傷を負わせてしまったね。すまない」
どこまでもこの人は……。もっとボクを責めてくれたら。もっと遠ざけて、怒りを向けてくれたなら。愛を向けないでくれたなら、ボクはこの現実から目を離せるのに……。どうしてこの状況で、ボクを包んでくれるんだ。
「誰かを呼んで……あぁ、君は城の構造なんて分からないよな。まぁいい。……これだけの音だ、少ししたら誰かくる。……それまで私のそばにいてくれ」
「……はいっ」
どうして拒否することができるだろうか。ボクは彼女の近くに寄って、残った左腕に包まれていた。鼓動はあまりに弱々しく、けれど確かな生命を感じ。
ボクのせいだ。ボクのせいで……。でも、けど……。生きててくれてる。死ななくて良かった。この状況でそんな安堵が来るなんて、ボクはなんてダメな人間だろう。




