№04. 剣と魔法とお姫様
昔、こんな言葉を聞いたことがある。『人が真に死ぬのは、矜持を失ったときだ』と。何と言ってもボクは一度死んだ身だ。だからこそ分かる。それはあながち間違いじゃない、と。
「キャー! 可愛い! メルナちゃんだっけ?」
「お前達、あんまり寄り過ぎるなよ。驚いてしまう」
「もちろんですよ、団長。ほら、メルナちゃん。お夕ご飯にしようねー?」
「あ、えと……はい」
丈の長いズボンを合わせ、大きいシャツを縛り、なんとかこの小さな身体に纏って。そして長い黒髪は結い上げられている。そんなボクを見て、可愛いもの好きの女性の波が、ボクにわいわいと押し寄せていた。
一度死んだとはいえ、この世界にいる以上は生きていると言えただろうが。たぶん、ボクという存在は今、本当の意味で死んだのだと思う。……でもこう……なんと言うか。こんな状況も悪くないな、なんて思うところでもあり……。ええい、しっかりしろ、メルナ。ボクは男だぞ。……元は男なんだぞ。
「おぉ、この嬢ちゃんがメルナか。着替えただけで随分と印象変わったなぁ」
「将来は別嬪さんになるんじゃねぇか?」
「おい男共ォ! 近寄るな! 汚れるだろうが!」
「汚れねぇよ!」
なんとも賑やかな言い争いが巻き起こり。ボクは魅了の加護でも受けているのだろうか。そんな要らない考えがよぎりながら、渡されたオレンジのジュースをコクコクと飲んでいた。
「……あのっ。皆さんは魔法って使えるんですか?」
「ん、魔法?」
ボクの純粋な疑問に、その言い争いは停止した。そりゃ、せっかくの異世界なんだ。それくらいのロマンというか、憧れというか。剣ももちろん惹かれるが、前世ではファンタジー要素でしかなかったから、余計に気になるところだ。誰でも使えるのか、ボクでも使えるのか。
「俺達ゃ魔導師じゃねぇからよ。ほとんど使えねぇな。簡単な……生活魔法くらいだ」
「生活魔法……」
「基礎魔法って言われるやつだよ。小さな灯火を作ったり、水滴を浮かせたり、なんかの。確か……ノラは初級魔法は使えるんじゃなかったっけ?」
「ん? 確かに使えるけど……何の話?」
ボク達からまた少し離れたところにいた女の人が、呼ばれた声に寄ってきた。ノラ、と呼ばれていたな。この人は初級魔法を使える……ということは、みんながみんな使えるわけじゃないのか。
「メルナちゃんがかくかくしかじかで」
「あぁ、興味があるのね。えっと、簡単に説明してあげる」
そう言うと指先が淡く輝いて、空中に球を浮かせた。赤や青、そして無色だったり茶色だったり……。小さなものだが、確かに超常現象としか思えない光景だ。
「魔力っていうのは本来色んな属性が絡まってて、一部を取り出すのが難しいの。基礎魔法みたいに弱い魔法だと属性の小さな強弱の差で発動できるから、意識すれば発動できるんだ」
「ほうほう……」
「でも初級魔法以上の、戦闘魔法って言うんだけど。その規模になると絡まった魔力を一つずつ紐解かなきゃいけないってわけ。完全には無理だけどね、いかに他の属性との余白を作るか、ってイメージかな。でも、そんなに器用に魔力を扱える人ってそういないから……まぁ才能みたいなものかな」
少しだけ気まずそうに、ノラさんは顔を綻ばせた。強力な魔法は才能が必要だと、そういうことか。あとは魔力がどれだけ絡まっているのか、それと魔力量なんかも重要そうだな。その辺は個人差か。ボクの場合は……やっぱり聖剣がどんな力を持ってるか、にもよるかな。
「おい、そろそろ就寝だ。明日は早いぞ。テントに戻れ。今日の見張りはロンとリムザだぞ」
「はっ、はい!」
アルさんの厳しい一喝によって、緩んだ空気は再び引き締まる。そうだ、浮かれちゃいたがここは森の中。そして危険な異世界。ボクもちゃんとしないと。命の危険はすぐ隣なんだから……。グイっとオレンジジュースを飲み干し、テントに向かおうと……。その肩を捕えられた。
「おいおい、そっちは男子のだぞ。メルナはこっちで私達と寝るぞ」
「あっ……え、その……」
「悪いが一人用のテントはないからな。会ったばかりの私達と夜を越すのは緊張するだろうが、我慢してくれ」
「あ、あわわわっ」
抵抗虚しく、ひょいと抱え上げられ。気づけば女子テントに放り込まれていた。天国か、なんて思考もよぎるが……。よしてくれよ……。こんな状況じゃ……緊張で寝れねぇよ。……アルさんの思ってる緊張とはまた別の緊張で。
そして翌朝。ボクはなんというか……うん。想像以上に眠れたよ。なんなら横になった瞬間に夢に落ちて、頬を突かれ続けても気づかないくらいに深く。疲れが溜まってたのかな。だから出発してもどこか夢現で。五〇メートルとか、あるいはそれ以上かな。気づけば高い、高ーい壁が目の前にあった。
「わぁ……スゴい」
本音はあっさりと、無意識にこぼれた。あまりに愛らしい声なもんで、騎士団の面々を悶えさせてしまったようだが。それも気にならないほど、その壁は大きかった。
「メルナは初めまして、だよね。ようこそ、バラムランデ王国へ!」
「おぉっ! バラム……バラムランデ……?」
あれ、えっと……。聞き間違いかな。バラムランデ王国……。アルナリュート・バラムランデ……。タチの悪い偶然というか……たぶん、たぶんそうだよな。そんな、だって……もしそうなら……。
「あ、言ってなかったな。ふふ、いやぁ、すまない。常識とばかり思っていたから。……では改めて、私はアルナリュート・バラムランデ。王国騎士団長であり、第二王女だ!」
「はっ……へ? え、えと……い、今までご無礼を……」
「ふふ、良い良い。私の部下を見ていたろう? 立場上の礼儀はあれど、身分を理由に堅いのも苦手だ」
「……は、はい。分かりました」
聖母のような優しい声色で頭を撫でられては、大人しく従うしかないだろうよ。にしても……そうか。転生先で助けてくれたお姉さん兼王子様兼女神様(仮)が、騎士団長兼お姫様なんて……一体どんな運命か、偶然か。ボクとしては嬉しい限りだが。……いや、そうだよな。これは運命の出会いだと、勝手にそう思っておこう。




