№56. オルガリア・フォン・オルフレイム
あっという間に時間は流れ、およそ二ヶ月と少し。空はすっかり乾燥し、痺れるほどの冷気が大気を覆っていた。日本のような分かりやすい四季の概念はないが、流石に夏と冬はあるらしい。
「ナナ〜。スカート嫌なんだけどぉ……」
「嘘を仰らないでください。氷の魔力を持ったあなたが、この程度の寒さに負けるわけないじゃないですか」
「肌寒さはあるんだよぉ……」
ナナはこういう話には強気というか、そんなにボクの生脚がいいのか。おかしな話だよ。炎の魔力でも暑さには打たれ弱いってのに、なんで寒さには強いのか。もしかしたら氷の方が強いのかな。あるいは熱の耐性はまた別の要素も関係あるのか。
「それに、自然修復の付与を施したのはスカートだけですから。尻尾で穴空けても、スカートじゃないと直りませんよ」
「くそぉっ、もはや選択肢がないじゃないか」
渋々、制服は冬でもスカートスタイルに決まってしまった。一体誰の趣味なんだ。ナナは当然として、アルさんやミリア殿下……王妃様の可能性もあるな。もう分かんないよ。
「おぉ、メルナ。ちょうど出るところか?」
「あ、はい。着替えも終わったんで、出発するところです」
「俺様は置いてッてくれねェかな」
「ダメに決まってんだろ」
ゼルを抱えて部屋を出たところ、ばったりとアルさんに出会した。いつもの通りの騎士服で、変わらず凛々しい姿だ。うん、朝から良いものを見たな。
「すまないな、今回は同行できなくて」
「いえ、お構いなく。ゼルもナナもいますし、そう危険もないでしょう」
「……そうだな。心配はない。特に、向こうに着けば兄上もいる。いざというときは頼るといい。私はこっちで魔物や悪魔を対象しておくからな」
ポンポンと撫でられるのに頭を預けつつ、そっとその場を離れた。この頃……いや、元からか。ここ、バラムランデは天魔の森が近いだけあって、悪魔の類は数が多い。騎士団長のアルさんが国を空けること自体、本来は避けるべきなんだ。
「……さて。ナナ、ハルノまでのルートは?」
「飛空艇に乗る予定なので、まぁ進むのは北の方ですね。そのまま聖都に降ります」
「飛空艇……!」
「今回は客として呼ばれてますので、聖議会が代金を持ってくれるようです。身分を隠す必要もないので、前の旅より気楽か……あるいは窮屈かもしれませんね」
飛空艇、その名の通り、空を走る船だったか。動力は魔力、この世界の乗り物では抜きん出て安全かつ高速らしい。……ロマンだよなぁ。やっぱり空はロマンだよ。それに、ハルノというとホルネィ様のことだったな。向こうに着いたらお祈りでも捧げようか。
そんなこんなで王宮を出て、街を出て。歩いたのは何日か。道中は魔物にも遭遇しつつ、全て剣の錆になっただけだ。いや、言葉のあやではあるが錆にすらなってない。何はともあれ、この数日でもそれなりに魔力は増えたようにも思う。
「……お、アレが?」
「はい。北の街、オールンと呼ばれる街でございます。飛空艇に乗りましたら、しばらくはのんびりできますよ」
「ふゥー。やッとか。長旅は疲れんだよなァ」
お前は一歩たりとも歩いてねぇじゃねぇか、と心の中で毒突くも、言葉にすることもなかった。ミリア殿下がくれた魔法指輪は便利だが、このクソ猫を詰める方法がなくなったのは痛い。おかげさまでいっつも肩に乗りやがる。
「飛空艇かぁ……余も楽しみじゃのう。余は剣ゆえ、空を飛ぶ経験は一度もなんだ」
「いっつも浮いてるじゃん」
「これは言うなれば浮遊、そなたの近くでだけじゃ。それに本来は質量のない思念体じゃ。浮遊という概念かも分からぬよ」
唐突に現れたツクヨミはゼルを抱き上げ、そのままボクの首に尻尾を絡みつけた。質量がないとは言うが、物理干渉ができるんだから不思議なもんだ。本来は、という言い方からするにこういうときは実体化でもしてるんだろう。
「ここは空港があるのと、馬も多くてですね。交通の要所なんですよ。少し離れたところには川もありますから」
「へぇ〜。確かに色んな人がいるなぁ」
ナナの言葉の通り、このオールンという街は規模の割に活気が凄い。人混みはどこも厚いし、冒険者も商人も、あるいはどこぞの要人も少なくない。中継地点としての役割も大きいのか、店も旅人向けが多そうだ。
「熱気だなぁ。暑くはないけど……熱いか」
「おっ、余の出番か? 凍らせてやろうか?」
「待て待て、そんなことするんじゃないよ。敵でもない人を凍らせたら大問題だから。……そこんとこは魔剣だな」
人混みを分けながら、北へ北へと歩みを進める。周りの視線を集めているように感じるのは、ボクらがあまりに可憐だから……じゃないか。たぶんツクヨミが目立ってるんだな。まぁ尻尾生えてるしね。
「……お! 見えてきた!」
「えぇ、アレですよ。飛空艇、この数十年で開発された魔導具。……壮観ですね」
「うん、本当に。こんな大きいのが、飛ぶんだね」
目の前にあったのは、それは大きな船だった。およそ空を飛びそうなものはないが、気球にも似た形にも見える。案内人に従って中に入ると、椅子にソファに、奥には部屋がいくつも。豪華な客船のように、煌びやかなものだった。
「っ……! うわっ、浮いた! 浮いたよ、ナナ!」
「うひょーっ! 空じゃ、空じゃ! 余は飛んでおるぞ!」
「えぇ、飛んでいますね。……あまりはしゃがないでください」
飛空艇はいつしか大地を離れ始め、風を運び始めた。浮遊感はほんの一瞬、その後はまた地に降りたんじゃないかと、そう思うほどに違和感がない。飛行機ともまた違う乗り心地で、少しだけ、上下に揺れるようでもある。
「カッカッ……噂にゃ聞いてたがよォ、とんだ美少女だなァ、アマテラス」
「……どちら様?」
「俺はオルガリア・フォン・オルフレイム。初めまして、新しい聖卿よ」
そう名乗ったのは赤髪の、いかにも活発そうな青年だった。揺らめく魔力は熱を帯び、ボクの魔力をも焼き払おうとする。不良らしい雰囲気ながらも高貴そうな仕立ての服。なんとも掴みにくい男だった。




