№54. 聖議会の招待状
「しかしアレだなぁ。聖卿にもなって、一気に追い抜かれたようで複雑な気分だよ、私は。もちろん嬉しいけどね」
「そんなことないですよ。確かに強くはなりましたが……安定感って言うんですかね。ボクはまだムラがありますから」
「それを踏まえても、だよ。一騎打ちをしたら、私は敵わないだろうな。……ふふ、鍛え直さなければ、騎士団長の名が廃りそうだ」
アルさんとはそんな言葉を交わしながら、ナナとは色んな土産を楽しみながら。バラムランデに帰ってきたのは二週間と少しだ。その頃にはナナに作ってもらった桜の髪飾りも崩れてしまい、華の少ない格好になっていた。
「……お、メルナー! 帰ったんだな! ほら、俺の胸に飛び込んで——」
「ただいま帰りました、お兄様。疲れてるので、部屋に帰らせていただきますね」
「くぅっ、辛辣だ! 仕方ない、休んでおいで」
ベルアルド殿下を軽くあしらいながら、ボクはナナと自分の部屋に戻った。アルさんの部屋も近いは近いが、今日はもう少し剣を振りたいんだとか。ストイックだな、相変わらず。ボクはまだ痛みや疲労も抜け切ってはないし、そんな追い込むことはしない。
「ふぅー! 久々の王宮のベッドは違うなぁ。フカフカだぁ」
「お疲れ様でした、メルナ様。ほら、ゼルも出てきてください」
「ん……? おう、帰ッたか。ふにャー」
ボクが下ろした荷物から、憎たらしい声を上げながらゼルがヒョイと飛び出した。なんでコイツは……いや、いいや。体力の無駄だもんな。
「……ねぇ、ナナ。ボクさ、少し始まりの時代……七〇〇〇年前だっけ。その辺のことを知りたいんだけど、書庫に行けば調べられるかな?」
「そうですね。もちろん、伝説としてしか残ってないと思いますが、バラムランデ王室の歴史は長いですから。地下書庫には大量の書物が置いてありますよ」
「ナナは詳しく知らない感じ?」
「えぇ、まぁ。貴重な文献もございますから、一介の従者が立ち入るのは……。禁止はされてないんですが、気が引けまして」
封印された本とかあるのかな。悪魔を封印した書物とか、そういうファンタジーチックな。まぁあってもなくてもいいんだけど、ホルネィ様から聞いた『満月の日』について多少は知りたいよな。
それがロードが言ってた『新月の日』に関係するのか……それは分からないけど。全くの無縁、なんてことはないだろう。特にアイツは六五〇〇年以上生きてる存在。何かしらヒントは得られるかも。
「ナナぁ、ボクもう寝るや。ベッドに寝転がったら急に眠くなってきた」
「承知しました。では明日の朝、シャワーを浴びましょうか。お休みください。夜まではここにおります」
「うん、ありがと」
ベッドに沈むように、意識が瞼と一緒に閉じていく。長い旅路、怪我はほとんど治ってたが、帰路で疲れが積み重なったからかな。いつになく深い眠りへと落ちていった。
◇◇◇
「メルナ姉さん、いるか? 届け物なんだけど……」
「あっ、ルーク殿下。どうぞ入ってください」
次の昼、部屋をノックする声に返事をした。朝はナナに支度をしてもらいつつ、書庫に向かったのだが……正直、大したものは見つからなかった。確かに悪魔と人類の争いを描いたものはあったが、目新しい情報は何も。何千年も前のことだ、仕方ないことではあるけど。
「いらっしゃいませ、殿下。お茶をお淹れしますね」
「いや、大丈夫だぞ、ナナ。持ってきただけだ。ほら、姉さん。聖議会から」
「早いですね。わざわざありがとうございます」
ルーク殿下の手から一通の手紙を受け取り、すぐに出て行く彼を見送った。内容はだいたいこんな感じだ。一つ、ボクのことを十人目の聖卿として認めること。二つ、ボクのことを聖議会に加えること。そして三つ、本部のある北大陸の聖地・ハルノに三ヶ月後に赴くこと。
「なんか……拒否権が与えられてないな」
「まぁ悪くない話さ。聖議会に加盟すれば面倒も多少は増えるが、利も少なくない。金が貰えるしな」
「うわっ、いつからいらしてたんですか。ここボクの部屋なんですけど」
いつの間にか、アルベルド殿下は部屋に入っており、ボクの背後に立っていた。この速さに驚くべきか、あるいは勝手に入っていることに慄くべきか。判断を下せるほどマトモな状況じゃない。
「……まぁいいや。お兄様、聖議会って、確か悪魔に対抗するための組織ですよね?」
「まぁそんなところだな。正しくは人類の脅威に、だ。ただ、よほどのことでは組織として動くことはないよ。それこそ大魔公が動いた、とか。あるいはロード・アルスメードが動いた、とかな。ただそれも、戦争にならない限りは刺激しないくらいさ」
「なるほど。……人間同士の戦争には?」
「完全に中立だね。個々人が手を貸す貸さないはあれど、組織としてすることはない。もっとも、聖法に反したとなればまた別だが」
聖法は確か国際法みたいなものだったか。地球で言うところの国連みたいな組織か? 違うとすれば中枢は個人の集まりであることか。影響力や支配力がイマイチ分からない。恐らく、相当に巨大なものだろうが。
「……? あれ、大魔公というと、ロキが連れてるシェリンは?」
「彼女が動いたときに聖議会がロキを送ったんだよ。あの子は悪魔としては新参者だったからね、大魔公と言うほどの力はなかったんだよ」
だとしても相当強かっただろうけど。やっぱりゼルを始め魔王級とは一線を画すんだろうな。大魔公にも力の差があったとして、一番上はどれほどか。今のボクなら戦えるのかどうか……。
「ははっ、そう難しい顔をしないでくれたまえ! さぁ、メルナ。今日は俺とデートにでも——」
「すみません、今日はミリアお姉様と魔法のお話があって。ではまた。ナナ、行こうか」
「……ふふ。なんて愛くるしいんだ」
あの人は無敵だな、なんて思いながら部屋を出た。今までは炎と氷、二つの属性を扱っていたが、今はそれが一つになっている。性質の調整はできるものの、なかなか物珍しい力のはずだ。
ミリア殿下はそれに興奮するかもしれないが……。それでも魔法のことを聞くなら彼女が一番だろう。そんな考えでボクはナナと二人、王宮の廊下を進んだ。




