№50. 『魔剣』ツクヨミ
「ほいっ……ほっ。ロードとは戦ったらいかんばい。アレは勝てる存在じゃないけん」
「……そんなに?」
「強力すぎるけん、解放せんらしいよ。そもそも、堕天の力で不老、地力がまるで別格ばい」
走りながら、道中はそんな話を聞いていた。若々しい見た目だったが不老……ってのは。つまり六五〇〇年前、最初の時代から生きてると見ていいのかな。サラッと流せる話でもないが……そうか。妙に納得するところではある。確かに勝てる相手じゃない、ってわけだ。
「メルナちゃんは、何で魔剣を探してると?」
「えーっと……。ボクの聖剣ってアマテラスでしょ? で、ここにある魔剣がツクヨミって言うんだけど。その名前が……えっとぉ、竜王曰く繋がりがあるとかなんとか」
「へぇー。よく分からんっちゃけど、ゼノヴィオ様が言うんなら間違いなかね」
よし、なんとか誤魔化せた。嘘じゃないしな。ボクには前世の記憶があるものの、彼だって同じなんだから。
「……ねぇ、聖剣の解放ってどうすればできるの?」
「声を聞くんよ。ま、なるようになるばい」
「急いでなんとかなるもんじゃねぇぞ。声を聞くんだ。万物には意思がある。もちろん聖剣にも。その意思と声を交わせばいい」
確かルヴァルクもそんなことを言ってたか。意思なんて、一言で言うには簡単だが。どうにも分かりづらい。いや、声の方か。聖剣って喋るのかな。
「おっと、見えてきたばい」
「アルさん……っ!」
「メルナか!! 良かった、生きてたか……」
地面を蹴り、彼女の隣に膝を負った。傷は痛むが無視を決めるとして。目の前に映る景色は異様なものだった。一箇所に集まっているアルさん始め、他の全員。そのみんなを制圧しただろう和服の剣士らしい少女と、それと向き合うロード。せめぎ合う魔力が地面にヒビを入れている。
「……アルお姉様、これ、どういう状況ですか?」
「こっちこそなんでシアがいるのか聞きたいが……。あの侍らしい風貌の子が例の少女だ。悪魔に見えるが……シェリンが言うには違うらしいからな」
「あれが……。確かに悪魔に見えますが……」
「あぁ。うちは寄っただけやけん、気にせんとって」
黒い髪に長い刀……大太刀ってやつか。背丈はボクと同じくらい、和服の隙間から見える爬虫類のような鱗と、角と尻尾。当然、人間じゃない。……容姿は可愛いな。魔力は可愛さの欠片もないほど膨大だが。
「おい、シェリン。俺達は帰るぞ。まるで釣り合わねぇ」
「あ……はい。分かりました」
「下にいる、もし生きてたら会うとしよう」
そのまま、ロキは山を下りていった。良くも悪くも、誰も止めようとはしない。ロードやあの少女にとっても、去るものには用がないのか。ボク達も、今逃げ出せば……。
「……主は何者だ。悪魔ではないな。いや、およそ似たようなものだろうが」
「ふっふっ……余の正体など、興味があるのか? そなたは魔剣がほしい。余は魔剣を渡しとうない。それだけじゃろう?」
「そうだな。単純だ……っ!」
短い問答、その果てに両者の魔力が交わった。剣と刀が打ち合い、その刃が高い音を奏でる。風圧だけで進めない。化け物だ。ロードも、あの少女も。
「この隙に魔剣を探してくる。たぶん、近くにあるはず……」
「っ、無茶を言うな! あんな戦いの中、隠れられるはずもない!」
「引っこんでいろ、邪魔だ」
「ぐぁっ……!?」
身体を一歩、出そうとした瞬間。相変わらず、ほんの一瞬のことだというのに。魔力を帯びた斬撃が、遠隔でボクの身体を刻んだ。戦闘中だ、多少は狙いも逸れたようだが、そもそもの規模が違う。
「そなた、よそ見とは余裕じゃな……!」
「っ……ますます何者だ、主は」
「ふふっ、一度の問答じゃ分からぬか。そなたに名乗るような名はないと、そう言ったんじゃ!」
「くっ……おい、メルナ! 動くんじゃない!」
逆流しているように血が熱い。ここまでボクを動かしてるのは何か。分からないが、退いちゃダメだと、何かが告げている。ボクを突き動かしているのはただの衝動じゃない。何かだ。
「『氷結世界』……」
「頑固な……。そこまで死にたいか」
「『月の海』!」
「むっ。……ん?」
戦場を全て凍らせ、それをさらに、鋭利な氷を纏わせた。刃を持った領域、氷点下の空間。ロードはこともなげに砕き、少女は乱入に驚いたのか首を傾げている。なんで全然効かねぇんだよ……っ!
「はぁっ、はぁっ……くそっ!」
「誰も彼も、鬱陶しい。ならば仕方ない。全員揃って、消えたもらう。『堕天の……』」
「そうはさせんばい! 君はうちが止め……ッ!?」
「……『堕天の権能』、因果は崩壊する」
シアが二人の迫り合いに割り込み、聖剣でロードに斬りかかった。はずなのに。肝心の彼には刃が触れず、逆にシアが袈裟斬りにされていた。反射……なのか。いや、単にそれだけじゃない。斬られたのはシアだけじゃなく、ボクやアルさん、山の木々にも分散している。
「けほっ、けほっ……。びっくりしたぁ。……まだ解放はしとらんね。対抗するには、うちはこのままじゃいかんばい」
「タフだな、やはり。だから主は厄介なんだ」
「邪魔じゃ、邪魔じゃ! 余はそなたらに興味がないんじゃ!!」
「主は主で懲りぬな……っ!」
まるで応えた様子もなく、シアが聖剣を解放しようと魔力を練り上げた矢先のこと。二人の間合いを破壊するように、少女が刀一本で振り払った。体勢が崩れた隙に着地、そのままボクの方に……。
「っ、なんで来るんだ! 『月燈』!」
「メルナ! 逃げろ!」
「そなたも邪魔じゃ! 余の邪魔をするな!」
「くぁっ! メルナ……ッ!」
炎を纏った一撃、空気を焼きながら飛ばした刃は掠ることすらなく。間に割って入ったアルさんも蹴り飛ばされた。足止めすらできない。せめてもの抵抗、アマテラスを地面に刺し、掴んだまま跳躍。残りカスのような魔力を流し込んで、爆発を起こす。
「『日食』!」
「……っと、うっしっし! その程度で余を止められると思うでない!」
「くっ、このっ……!」
「けほ、けほっ……!? メルナ様!」
爆炎をまるで意に介さず、むしろどこか楽しげに。彼女は巻き付くようにボクの首に腰を下ろした。太い尻尾がしがみつき、振っても振っても離れない。刀で首を落とされるのか、そんな恐怖に背筋が震えると、タイミングが良いのか悪いのか。ナナが意識を取り戻した。
「そなたは知ってるぞ。メルナ・アマテラスだな!」
「くっ……それが何だ! 離れ、ろ……っ!」
「ふふっ。良い、自己紹介は手短にいこう。余は魔剣、名はツクヨミ!『剣聖の聖剣』アマテラスの意思じゃ!」
「……? ……はァ!? なん……何だって!?」
まるで時間でも止まったように、ボクの意識は白く浮かんでいた。いや、ボクだけじゃない。みんなそうだ。突拍子のない言葉にしばらく、ただ疑問符と困惑を浮かべるだけだった。




