№49. 一番目と二番目
山に響くのは呼吸の音ばかり。背後の戦闘音はいつしか消えていた。とにかく、目指すのは山頂だ。それだけが最優先。そう括って走っていると、ボク達の間を何かが飛んだ。
「っ……!?」
「誰も彼も、そう焦らずとも良かろう。どうせ我からは逃げられぬ」
「くそっ……もうかよ!」
ボクのすぐ隣を飛んだとは藤玄の身体だ。左腕が斬り落とされ、赤い血が胸元から散らばっている。冗談キツいぞ、ほんの数分も経っちゃいない。
「お姉様、先行って!」
「っ……分かった! 生きろよ!」
こんな状況じゃ、人の生き死になんて気にする余裕もないというのに。ボクは剣を抜いて立ち止まってしまった。なんでこう……損な動きをしちゃうかな。
「アマテラス……だったな、主は。今、退くのなら我の刃も収めてやろう」
「ははっ……そっちが退いてほしいな……」
「無理な相談だ……」
「……ッ!」
一瞬、理解するより先に首が動いた。一筋、首に熱が走る。避けなければ、今の一瞬で首が跳んでただろう。冗談じゃない。速さもまるで別格じゃないか。
「ほう……新参と思っていたが、存外、動けるではないか」
「褒めてくれてありがたいよ」
既に抜かれた聖剣・アルスメードを視認し、次はきちんと構えを取った。ロキと戦ってなければ、あの成長がなかったら避けられなかった。どうする? 埋まる差じゃないぞ。ゼルでも盾役で連れてくるんだった。いや、アレにはナナ達を守ってもらおう。
「ふぅー……大丈夫、落ち着け。落ち着け……」
「さて……小娘を斬るのは気が引けるが……」
「お前一人じゃ、役に立たねぇだろうがよォ!」
「二人も同じだ」
剣を振る、筋肉の収縮と同時に剣を受け止める。魔力が重い、押されながら、加勢に来たのはロキだった。一人では止められない力を、二人の聖剣で叩き落とすように。
「起きろ、『ラグナロク』!」
「『火炎の剣』」
「……解放もできないのか」
「できなくて悪かったな」
ロキは槍の姿を解放し、ボクは炎魔法を纏わせた。ロードはやはり、解放はしない。舐められてるのか、あるいはそれなりの理由があるのか。いずれにしても、関係ない。
「『無邪気な戯れ』!」
「『日の御子』!」
ロキの連撃、その隙を補うような炎の太刀。避ける隙間なんて存在しない。受けられるような勢いじやない。はずなのに……。
「言ったろう、二人じゃ何も……変わらないと……!」
「くぁっ……!!」
太刀は触れなかった。擦りもしてないはずだ。ただの魔力放出とその残滓、それだけでボクの炎は掻き消されていた。あまりに重い、重すぎる魔力がボクを持ち上げ、そのまま闇へと掻っ攫う。
「っ、はぁっ、はぁっ……!?」
「バッ……カ野郎! とっとと加勢しやがれっ! 重力も効きやしねぇっ!」
「何……くっ……」
次の瞬間、ボクの身体はなぜか、彼らよりも十メートルは離れたところに転がっていた。知らずうちに額はどろりと鉄の匂いが溢れている。今の一瞬に何が……いや、一瞬だったのか? 意識を失ってたんじゃないのか? 魔力に当たっただけで……。
「くそっ! はぁっ、『氷結世界』!」
「むっ、これは……」
「くっくっ……上等だ……ッ」
アマテラスを杖になんとか腰を上げ、揺れる視界を持ち上げた。同時に、氷の魔力を全解放、見える限りを白く冷たく変える。足場も何も、全てが固まった。先の気絶で、魔力はずっと成長している。強固な氷、それでもあの怪物には一瞬の隙だ。その隙を、全霊を込めて——
「『御光陽炎』!」
「『終末世界』!」
最大出力の火炎の剣、そこに魔力の刃を乗せた一撃が、余波で山の地面を溶かす。重力にエネルギーを与えた槍が、大振りと共に天を穿つ。ボクとロキの、精一杯の魔力。一瞬の足止め、当たれ、当たれ……ッ!
「哀れなことよ。我との距離を見誤った。……尚も息があるのは、加護のおかげか」
「っ……がふっ」
「ぐぁっ……かっ」
天地を割る頃には、すでにそこに影はない。避けられたのか、咄嗟に振り向いて気づいた。戦いが終わっていたんだ。
「がッ……ぁッ」
鉄の味が止まない。腹が深く捌かれ、内臓をこぼしそうになっていた。ほんの刹那のことだったはずだ。見えない速度でボクらの間を抜け、さらに速く剣を抜いていたんだ。
「……二人とも、トドメを刺すとするか。先を急がねばならぬゆえ、遺言は聞かぬ」
「はぁっ、げほっ……やめっ……」
向けられた刃に反射した顔は酷く青ざめ、体液に歪んでいた。血、涙、汗。死の間際の、全てを流した無様な顔。死ぬ……のか? 冗談じゃない。
「アマ……テラ……」
覚醒するならしてくれよ。少年漫画みたいに、窮地で逆転してくれよ……っ。解放できたら何かが変わるかもしれないじゃないか。そんな期待も、まるで反応を示さない。刃が振り下ろされる。死が、強まる。
「ちょいちょい、手ぇ出さんと。その子はうちのお気に入りたい」
「主は……っ!」
聞き慣れた声と共に、剣が交わる音がした。ロードの剣はいつまで待っても首を跳ねない。空より降り立った彼女が、すんでのところで守ってくれたんだ。なぜ来たのか、なんてボクには分からないが。ボク達に味方してくれる人が来てくれた。
「龍狩の……アナスタシア・ドラグメイデン」
「三人も聖剣持ちが集まっとるかと思ったら、魔剣があるて? 面白いなぁ。ハカタから飛んで来た甲斐があったねぇ」
「……主で四人目だ。一番厄介な者が来るとは」
両者の魔力が押し合い、大気を揺らす。それだけで傷が開くのだからよしてくれと……そう言うのは贅沢だろうが。助かったのか、そう思った矢先。今度は山頂付近で、もう一つ大きな魔力が押し寄せた。
「っ……これ、はっ……」
「なんね、コレ?」
「動き出したか……っ!」
「あっ、おい……! げほっ、けほっ」
山頂の少女のものだ。悪魔らしく、悪魔ではないという少女の。量ではロードに劣りつつ、やはり悪魔に近い魔力がここまで流れ、それを察知した彼は空を裂く速さでここを走り去った。止める力も気力ももうない。アルさん達が襲われないことを信じるしか。
「メルナちゃん、無茶しちゃあいかんと。回復薬あるけん、一旦休みぃ」
「んっ……! んぐっ、んくっ……」
「ロキくんも飲みんしゃい」
半ば強制的に、ボク達は薬を流し込まれた。すぐに立ち上がることはできないが、少しずつ、流血は治っている。例の少女が動いたということは、みんなが接触できたのか、あるいは魔剣の方に何かがあったか。どちらにせよ、あっちもあっちで化け物なことに違いない。
「はぁっ、はぁっ……く、そぉっ……!」
「気にせんとって。ロードはうちから見ても怪物たい。守るんはできたっちゃけど、交戦はしたなかばい。……互いにね」
それでも、歯が立たないのは悔しいものだ。シアはまだ守ることはできた。ボクにはできない。魔剣が欲しいなんて大層なことは言うくせに、まるで実力は伴ってない。買われた加護も、遠く及ばない。
「……シア、行かないと。ボクは魔剣を獲る」
「ふふっ、元気っちゃね。元気な子は好きやけん、うちが守っちゃる」
「はぁ、はぁ……生き残っただけ御の字だろ。俺ぁもう……やる気も起きねぇ。……シェリンを回収して撤退するぞ」
三者三様、ここに来てまた目的がズレたようだが。目指すところはどのみち山頂だ。剣を持ち、傷を抑えながら、痛みを堪えて後を追った。




