№47. お前は斬る
また髪を掴まれ、地面に叩きつけられようと、その直前。突然頭が軽く……いや、重くなった。手が離れたんだ。何が起こったか、一瞬目に映ったのは——
「っ……くっくっ。なんだ、お前は?」
「主の危険を止めるのは、従者の務め……ッ!」
短剣二振り、両手に握ってナナが襲いかかった。流石に真剣だ。たとえロキでも防御はする。だがそれだけ。ナナの力じゃもって数秒、その間に立たないと……ッ!
「ぐっ、あぁっ!」
「ふぅ……勝てねぇ相手の隙を突くのは当然。が、隙と言えるほどじゃなかったなぁ」
「そう言う割にャあ迂闊じゃねェか?」
「ほう……悪魔もいたのか」
なんとか身体を持ち上げられないか。力を入れても逆に沈むばかり、そう奮闘している間にも頭上ではロキが止められている。声はゼルだ。だが何が起こってる。ナナはどうなった……?
「魔王級か? お前も俺の邪魔をするか?」
「いやァ、構わねェが。そのナナッつーのは俺様の好みなんだ。手ェ上げるなよ。あとそこのアルナリュートもだ。メルナは好きにしろ」
「……なるほど」
くそっ、あの野郎は殺す。絶対に、ロキより先に斬ってやる! だからそのためにも、今なんとか……この腕を立たせねぇと。戦いの土俵に立たねぇと……ッ!
「うおぉッ!」
「は……? なんで立てる? 対魔の加護でどうこうできる力じゃねぇぞ」
「くっ、ぁ……はぁっ、はぁっ。さぁ……てめぇの加護に聞きやがれ」
膝を震わせ、けれど確かに、ボクは立っていた。視界に入るのは倒れたアルさんと藤玄、そして膝をついたナナに憎たらしい悪魔の姿に戻ったゼル。自分でも不思議だ。ロキの力が弱まったわけじゃない。ボクのパワーが跳ね上がったわけでもない。
「んなことより……。のやろぉ、ゼルシアス!!」
「うォッ! なんで俺様だ!?」
「ボクは好きにしろってどういうわけだ! ボクだって美少女だぞ! ……ナナ達を連れて下がってくれ。あとはボクが頑張る」
「あァ。そろそろ俺様も重くなってきた」
改めて、聖剣を握る手に力を込める。やっぱり、アマテラスの加護だ。剣聖の聖剣・アマテラス、その加護である『剣聖の加護』、真髄は青天井の成長。ただ今は腕力じゃない、加護の成長だ。特に対魔の加護が成長すれば……。
「……なるほど、慣れたってところか? それがアマテラスの権能か」
「げほっ、けほっ……斬るぞ、次こそ」
鼻血を親指で拭いながら、剣を構える。どうしたらいい? 確かに重力に対する抵抗は得た。それ以前に、地力が違う。これで勝てるならアルさんも藤玄も苦労はしない。
「ふぅ……」
「精神統一ってやつか? くくっ、いいぜ。少しは待ってやる」
体内では魔力が踊っている。外では重力が空気を潰している。ボクが優れてるのは出力だ。魔力の出力、それだけは胸を張れる。なら何を引き出すか。答えは明白だ。
「『氷結の剣』……」
「羨ましいなぁ。本格的な二属性はよぉ」
剣に纏ったのは氷の魔法。視界は白み、森も凍える。風は冷え、大地も固まる。スピードと剣技、それを補うには敵の能力を下げるべきだ。なら、炎は向いてない。
「興が乗って来た。魅せろよ、お前の……」
「『月影』!」
「ッ、喋ってる途中だろうが!」
横振りの一閃、踏み締めた地面と触れた刃に冷気が走る。ロキの手足に伸びるより先に、押し負けたのはボクの方だ。剣が弾かれ、足が浮く。体勢が崩れた。
「『無邪気な戯れ』!」
「くっ、ぬぅ……ッ!」
右からの隙を突いた大振り、魔力を目一杯に込めた防御で受ける。だが止まらない。次は左に、下に。鞭を振るように攻め立ててくる。
「このッ……『氷結世界』!」
「またそれか……ッ!」
氷魔法の爆発、先よりも遠慮ない一発だ。大気の水が結晶になり、半径十メートルほどの全てが白く固まり、そして砕ける。ロキはといえば……彼の周辺には冷気が及んでない。
「氷なんてのはよぉ、届かなけりゃあなんてことも……」
「『氷の霧雨』!」
「効かねぇってんだよォ! 起きろ、『ラグナロク』!!」
「ッ……!!」
ロキの呼びかけに応じ、ラグナロクは姿を変えた。螺旋状の柄を持った禍々しい巨大な槍。人の背丈を超えるほどの、つまりこれがラグナロクの真の姿むてわけだ。
「……おいおい」
「くく、大人げないなんて言うんじゃねぇぞ。聖卿の力がなんたるか、お前に教えてやるんだからよぉ」
「剣じゃねぇーじゃねぇか!」
「どこにキレてんだお前はッ!!」
一気に距離を詰め、射程の内側に入った。リーチで負けてるなら離れるのは得策じゃない。そう思って振った氷の一撃。……受け止めた螺旋の柄は、一片の氷塊すら残さなかった。
「なッ……!」
「解放もしてねぇ聖剣なんかが、立ち向かえると思うなよ!」
「んなの、こちとらやるしか……」
「『破世の一振』!」
迫り合いのまま降ろされた一振り、防御の上から謎のエネルギーが体内を走った。恐らく重力に関係する不可視の力だ。それが身体の内側を斬り裂き、地面を破壊した。
「がふっ……!」
「おらおらァ! んなもんか、お前はァッ!」
「なっ、く……!」
大槍とは思えない小回りの連撃にいつまでも押され続ける。やっぱりだ、地力が違う。なんとか受け止めるのがやっと……。
「……ッ!?」
「はっ……!」
一撃、力で押し返した剣がラグナロクを弾き返した。高い音を奏でて距離が離れる。なんだろう、今の一瞬、対等な力で打ち合えたような。
「つぁらッ!」
「はァッ!」
「くっくっ……はははッ! 良いじゃねぇかよ!」
圧倒的な重さの一撃、それを似通ったパワーで受け止めた。そして離れたスピードも剣技も、少しずつ埋まっていく。成長が少しずつ、ロキの力を学んでいるんだ。だがこれでは……ッ!
「こっ、のぉ……『氷結月燈』!」
「確かにッ……だがてんでダメだなァ!」
「くぁっ!」
刃が交差し、跳ね飛ばされる。パワーもスピードも追いつきつつあった。それでも付け焼き刃、この小さな身体じゃスタミナが足りない。加えて相手は解放した聖剣、長引けば差が埋まるようで、どこからか距離が離れていった。
「『地天丸呑』……!」
「くっ……『氷結……』」
魔法が発動するより早く、崩れた大地が隆起し、何か大きな口に変わった。それがボクの周りを覆い尽くし、牙を立てて押し潰そうと……。ロキの属性は地だったか。考える暇もなく、光は閉ざされた。
「……くっ、ぁ……?」
「はぁっ、はぁっ……」
「間一髪……で、ござったな」
意識が消えるかと思ってた。てっきり、あの隆起した大地に潰されるのではと。次に光を見たときにはボクの身体はふよふよと浮遊しており、大地の口は斬り崩されていた。
「おっと、気づかぬうちに離れてしまってたか。能力射程を超えていたようだな。さて……」
「……?」
「お前らの力は理解した。良いだろう、協力してやる」
鞘に収める前には、ラグナロクはすでに剣の形に戻っていた。もっとも、それが戻ったことかどうかは分からないが、見慣れた姿に戻ったのは確かだ。
幸い、痛みと出血の割には傷も浅く、手持ちの回復薬だけで全快……とまではいかないか。何はともあれ、ひとまずの戦闘は終えた。これでツクヨミには何も近づいてないのだから、参ったとしか言う他ない。とりあえず後でゼルのことは斬っといてやろう。




