№46. 重引の聖卿
「噂に違わず可愛いですね、メルナちゃん。私、あなたのファンなんです」
「むにゃ……ファン? なんでまた……」
「十番目の聖剣持ちなんでしょう? 私は十という数字が好きなんですよ。ほら、キリもいいじゃないですか」
「おい、シェリン! 馴れ合ってんじゃねぇよ!」
斬り倒した幹に腰掛けながら、ボク達は話に入れるよう構えていた。もっとも、ロキは嫌々といった風だし、シェリンはボクの頬をツンツンと突いて面白がってるから進んではいないのだが。
「いいではないですか。減るものじゃないんですから」
「減るんだよ、時間が。俺達がこうしている間にも、アルスメードと謎の娘は魔剣を見つけちまうかもしれねぇ。そもそも、大魔公が人間と仲良くなるな」
「な……っ! 大魔公?」
「はい。私、シェリンは大魔公の悪魔ですよ。気づきませんでしたか?」
その言葉に背筋が震え、無意識に手が動いた。もちろん、ボクだけじゃない。大魔公といえば、要は悪魔のボス格。ボクは今、そんな相手の手の中に……。いや、しかし変だな。殺気も感じないし、圧迫感もさほど……。
「ご安心ください。私はすでにロキ様と契約した身。意味なく危害は加えません。悪魔は殺しますが」
「そういうことなら……まぁメルナも似たようなのを飼ってるからな。しかしロキ、なぜ悪魔と契約などを?」
「……普段は一人で冒険する身だ。話し相手の一つくらいいてもいいだろ。ちょうど知能の高い悪魔だったから、斬り伏せて契約したんだ。悪いか?」
「いや、何も」
強くても孤独は嫌か。ボクはずっとアルさん達がいたから良かったが……確かに、話し相手がいないのは苦しいな。前世ではさんざ苦しんだものだ。そう勝手に納得していると、すぐ後ろでクスリと鳴った。
「あんなことを言ってますが、あの人は私に一目惚れしただけなんですよ。あんな荒っぽいくせに、美しい娘が好きなんですね」
「だぁー!! うるせぇな! シェリン、お前ちょっと黙ってろ!」
これは……嘘じゃないな。叫び方がマジだ。人間が悪魔に、ねぇ。意外と異世界も多様性が進んでるもんだ。
「ったく。しゃーねぇな。話だ話。本題に入るぞ。アマテラス、お前が話せ」
「あ、分かった。えっと……まずは簡単にボク達の自己紹介からするよ。ボクとアルお姉様はいいとして——」
そこで話したことは大きく三つだ。まずはナナと藤玄の簡単な紹介。そしてボク達が魔剣ツクヨミを探し求めていること。それを得るために同盟を組みたいということ。
「何も、最初から譲ってくれだなんて言わない。もちろん、こちらも譲るつもりはないが。ロードともう一人の少女を出し抜いて、ボク達とあんた達で魔剣を掴む。そこから所有権は奪い合えば……」
「断る」
「互いにメリットはあるはずだよ。ロードや素性の知れないヤツを相手にするより……」
「一つ、お前はアルスメードの力を知らないんだ。何人集まったところで、対面して勝ち目はねぇ。二つ、そんなときに足手纏いは要らねぇんだ。分かったか。シェリン、行くぞ」
腰を上げるのを見つめながら、ボクは拳を握っていた。足手纏いだと? 確かに、聖卿サマと比べれば何段階も差はあるだろう。ただこちとら一人じゃないんだ。特訓も、実戦だって重ねてきた。
「……ロキ!」
「あぁ?」
「謝罪しよう。回りくどかったな。ボク達に強力しろ」
「っ!? ……くっくっ、面白ぇじゃねぇか」
ボクは考えるまでもなく、アマテラスを抜いていた。背後からは止めようとする声が聞こえるが、耳には入らない。なぜかな。元々は誰にも敵わないと思って来てたはずだが。同じ聖剣持ちに影響されたか、闘争心が底を知らない。
「ふ……ッ! お前に、ボク達の力を認めさせてやればいいんだろ!?」
「できんならなァ! おい、シェリン。手ェ出すんじゃねぇぞ!」
互いの剣が交差し、衝撃が森を揺らす。シェリンはやれやれと首を振るが、今度ばかりは止めるつもりもないらしい。アルさんと藤玄が参戦するよりも先に、更に一歩、踏み込んだ。
「『月燈』っ!」
「くっくっ……見かけによらねぇパワーだな!」
「ぬっ、きゃっ!」
魔力を纏った振り落とし、それは軽々……ではないが、苦もなさげに受け止められ、薙ぎ払われた。木を一本、二本と貫いて飛ばされる。
「痛ってて……。なんだ、あの重さは」
飛ばされた先、剣を錘に身体を回転、勢いを殺して着地した。まるで岩でも叩いた気分だった。剣が重い。重引の聖剣というだけあって、操るのは重力か?
「胸を借りるぞ、ロキ。聖議会の一員の高み、確かめさせてもらう」
「くはっ、良いぞ良いぞ! 暴れようぜっ!」
「拙者がいることも忘れるなよ」
ボクが立て直している間に、アルさんと藤玄が刃を交えていた。あの二人も大概の怪物だ。上を斬れば次には下が、右を斬れば次には左が。剣の巧さと速さはボクの比じゃない。なのに、ロキは全て上を行く。
「ふぅー……よしっ。『火炎の剣』」
ボクが扱えるのは炎と氷の二つの属性。剣に纏うのは勢いの炎が適しているが、固定の氷も上手く使う必要があるな。一辺倒では何も上回れない。が、一面を凍結する『氷結世界』はこの密集には向いてない。なら——
「ロキぃっ!」
「ん……?」
「『炎天』っ!」
「なるほど、属性は炎か……!」
高く跳ね上がり、重力に任せての急降下。振り下ろされた炎の剣が、腰を沈めて止められる。速さも技量もみんなに劣るが、出力だけなら随一だ。そりゃあ気張って止めるだろう。
「くくっ……『重い』な、互いに。だがこの程度で……ッ!?」
「そうだな、重いだろ!」
刃が触れ合い、凍てつく。炎の中に宿した氷が、接触を通して敵を固める。一瞬の隙だ。ほんの少しの固定、それが二人の刃を向ける。
「『村風抜刀』!」
「『剣閃』ッ!」
上からはボクが、左右からアルさんと藤玄の剣が襲う。相手は怪物、死ぬことはない。だから思い切り、斬る覚悟で。一瞬、経過するたびに剣が重く沈む。重く、重く。
「……っ!? はっ、がはっ!」
「なんだ……っ、これはっ!」
「はぁ……連携はいいかもなぁ。だが力がてんで足りてねぇ。雑魚とまでは言わねぇでやるが」
「くっ!」
剣を掴む手は離してない。けれど剣は滑り落ちた。いや、身体ごと、だ。ロキの周りが深く沈み、大地にもヒビを入れるほど。重力、それも何倍何十倍もの。まるで力が及ばない。下からいくつもの手で引っ張られるような、抗えば抗うほどに重くなる。
「まぁ聖剣の『重引の加護』、抗えというのが無茶な話か。そこの二人はボチボチだな。ダメなのは……」
「く、はっ……?」
地面にへばりつき、一ミリたりとも上げられずにいた頭を後ろから掴まれ、髪が引っ張られる。その髪に引っ張られるように、頭が、顔が持ち上がった。ただそれだけで、鈍い痛みが走る。
「お、おい、やめろ!」
「お前ェだよ、アマテラス!!」
「ぅがっ……! がはっ、ぁっ」
「聖剣持ちがよぉ、情けないにもほどがあるぜ」
一発、持ち上げられた頭が叩きつけられた。額と鼻、そして口。地面との衝突で嫌な音が直接響く。重さを増した頭部からは熱が溢れ、滴った。再び持ち上げられたかと思えば、粘度の高い血が糸を引く。アマテラスを握る手は、無意識に小さく震えていた。




