№45. ロキ・ラグナロク
コテツ村、それもまた和風な建物がポツリと並ぶ土地だった。畑や田んぼ、そこを駆け回る子ども達に、爺さん婆さんばかり。なんともまぁ、和やかな村ではあるが、このヤタノ大山という山に、本当に魔剣があるのか。……二人の聖卿が、そして一人の悪魔か何かが集まってるのか。
「疑うわけじゃありませんが、素直には信じられませんね。こんなにのどかなのに……あ、美味しっ」
「確かに。だが鷹丸が言うなら少なくとも、アルスメードやラグナロク達が集まっているのは確かだ。そんな奴らが一堂に会しているのだから……本当だ、美味しい」
「まぁ、十中八九ここでござろう。策か、多少の目星はあるのか?」
ボクらが集まっていたのは村の小さな茶屋、白鶴屋というところだった。湯呑みを持ちながら団子を咥えるのは四人。……あ、それと一匹。もちろん、戦闘に疎いらしい鷹丸やルリは着いてきていない。そりゃあ、仕事の範疇じゃないしな。
「正直なところ、策という策は……。できるだけ交戦はしたくない、というところでしょうか。まぁ、話し合いで退いてくれる相手じゃないでしょうし」
「交戦はまず無理だぞ。まともに相手できる戦力じゃない。できるだけ息を潜め、出し抜くしかないな」
「隠密か。拙者は得意でないな。忍びではなか侍ゆえ」
「……ボクも」
くそぉ、やっぱり無謀だったか? でも……いやぁ。ここでは退けないよなぁ、流石に。ただなんか……あまりにボクに課せられる試練のハードルが跳ね上がりすぎだろ。
「……なぁ、ゼル。お前も手伝ったらもうちょってなんとかならないか?」
「俺様は確かに魔王だが、大魔公級の悪魔は格が違ェんだよ。それにロード・アルスメードッつーと、俺様を捕らえた奴だッて言ッただろ。ロキ・ラグナロクとやらは知らねェがよ」
一筋の可能性を見るのなら……『ロキ』それから『ラグナロク』、それらが地球の神話から来てる場合、だ。そのロキも転生者の可能性が……あぁ、ダメだった。確か第八の剣、となればラグナロクはずっと昔に誕生したはずだ。ロキが何代目か分からないけど、名前だけじゃ判別できない。
「……でも、二人は人間なんでしょう? 確かに協力関係にはならずとも、少女以外はそう危険でないのでは?」
「んん……どうだろ。ねぇ、アルお姉様。ロキは聖議会の人間でしたっけ?」
「あぁ、その通りだ。大雑把な括りでは人類の陣営、戦争でなければ敵対する理由はないがな」
ツクヨミがどれだけ大きな意味を持つか、結局はそこが問題になるか。ただどちらにせよ、ロードは無視できない。彼は人間ではあるが、人類の味方でなければ悪魔の味方でもないと言う。加えて最強、まず会いたくない。
「ナナ、確かまだ、彼らはヤタノ大山には入ってないんだよな?」
「鷹丸様が言うには、山の中に実際にいたのは例の少女だけらしいですよ。ただ出立したのが昨日、その時点ではまだ入山していなくとも、今は分かりません」
「魔剣の手掛かりがないんじゃ、どちみち遭遇はするでしょうね。……じゃあ、ロキとは接触してみましょう。少なくとも、立場上すぐ襲ってくるようなことにはならないはず。そこで同盟でも結べればいいですが、最悪、全員で逃げ出しましょう」
「ふむ……なかなか行き当たりばったりだが、承知した。確かに、聖卿と組めれば他ともやり合えるでござるな」
ロキは旅の仲間が一人いるだけらしい。いや、数で比べればロードも少女も一人らしいが、危険は少ないだろう。同盟を組む旨みを、向こうに提示できればだが。
「……アルお姉様って相当強いと思うのですが、やっぱり敵わない相手もいるものなんでしょうか」
「剣技だけならある程度はなぁ。しかし魔力量と腕力は少ない方だからな。聖卿の聖剣持ちや、兄上のような人間には劣るよ」
その少ないという基準がだいぶ壊れていると思うのだが。それくらい上は高いということだろう。ただ、多少の希望はあるかもしれない。アルさんが劣っているというのが腕力や魔力量だけなら……ボクの方は聖剣込みで、その二つは補えるのだから。
「となれば、善は急げ。荷物は私が持ちますよ。戦いではみなさんほどお役に立てないので」
「うん、ありがとっ。でも助かってるからね」
◇◇◇
茶屋を出てすぐ、ボク達はすぐにヤタノ大山に踏み入った。これといった違和感もないが、確かなのは強大な魔力が集まっている、ということ。山の反対側に一つ、頂上付近に一つ、そして…….近くに二つ。
「……なぁ、おい、シェリン。魔剣ってのはどんな風にあるんだ?」
「さぁ、分かりかねます。ツクヨミという魔剣が眠っている、ということしか」
「クソッ。なんだって探すのが面倒なんだ。やっぱり上に行くか? 悪魔みてぇな魔力はあるが……アルスメードとは会いたくねぇよ」
(アレが……)
木陰に隠れ、彼らを覗いていた。一人は赤髪に白黒服の騎士のような風貌の若い美人さん。そしてもう一人はその主らしき、紫の髪の青年。二人とも剣を差しているが、男の方は聖剣だ。つまり彼が——
「……客もいるみてぇだ。お前らよォ、コソコソしなくたっていいだろォ!?」
「うっ、わわっ!」
魔力は抑えていたのだが、流石の感知力だ。男が剣を抜いたかと思えば、辺りの木々は円を描くように薙ぎ倒され、身を隠す場所もなくなっていた。剣の長さには不釣り合いの破壊規模、挨拶代わりの斬撃がこれか。
「……一、二、三、四。なんだ、思ったより多いじゃねぇか。よし、俺はロキ! ロキ・ラグナロクだ! 貴様らはなんだ!」
「ぐっ……! ボクはメルナ! メルナ・アマテラスだ!」
ロキの聖剣がボクに向き、気づいたときには目の前まで迫っていた。咄嗟にアマテラスを抜き、互いの聖剣がぶつかり合う。防御はなんとか間に合った。が、その隙にアルさんと藤玄が彼の首元に刃を向けていた。
「くっくっ……これは一体、どういうつもりだ?」
「貴様こそ、メルナに刃を向けて、黙って見ていると思ったか?」
一触即発、今どちらかが動けば間違いなく斬り合いになる。そんな緊張が走った。何にしてもこの刃が邪魔だ。押し返そうにも力が強い。冷や汗が頬を伝い、アマテラスがロキの突きに押されつつある。どうすればいい。戦いでは勝ち目が薄い。だがこうなった以上——
「そこまで」
「っ……!?」
パチン、と音が鳴った。互い音だが、柔らかさもある音。一瞬分からなかったが、たぶん、手の叩いた音だ。……いや、分からなかったのはそこじゃない。ボク達は先の姿勢のまま、いつの間にか位置がズレていた。
「ロキ様、彼女を斬れば問題になります。そちらはバラムランデの姫君、アルナリュート殿下でしょうし、メルナ様においてもバラムランデの者。あなたは聖議会の一員なのですから気をつけてください」
「チッ、ちょっとした戯れじゃねぇかよ。……まぁいい、互いに戦うのは得がねぇな。ここは剣を収めてやらぁ」
鞘に収める音が響く。魔法だろうか。それか何かしらの加護? いずれにしても、強いのはロキだけじゃない。この付き人、シェリンとやらもそれに準ずる強さはあると見た方が良さそうだ。
「メルナ、大丈夫か?」
「あ、はい。傷はありません。……あなたはシェリン、と言ったっけ。止めてくれてありがとう。危うく争いになってたところだ」
「いいんですよ。むしろこちらの主がご迷惑を。少し、お話をしませんか?」
「……あぁ、こちらとしてもお願いしたい」
シェリンの浮かべた笑みは妖艶で、そしてどこか意味ありげなものだった。いがみ合って何が起こるでもない。アルさんと藤玄の確認を取ってから歩み寄った。今度は剣を鞘に収めて。




