№43. 鳩屋の鷹丸
コダマ峠は一風変わった町だ。周りは高い山脈に囲まれており、古来から孤立した町だったらしい。近頃はその天然要塞のような形状と美しい風景に呼ばれる者も多いのだとか。その美しい風景というのが——
「はぁー! 桜かぁ!」
「おぉ、桜を知ってござるか。西では有名な花だが、外国じゃあ見ない品種なんでござろう?」
「サクラ、私達も話にしか聞いたことはないが……。なかなか壮観だな」
馬車は山脈の外までしか連れて行ってくれなかったため、ボク達は徒歩でその壁を越えた。その先にあったのは、町を囲む桃色の山々だった。明るい桃色が町を覆い、花びらを散らす。日本でも見たことないような、あまりに大きな桜の世界だ。
「メルナ様、みてください。この花なんか、綺麗に形が残ってますよ。後で栞にでもしましょう」
「へぇ、そんなことできるの?」
「もちろんです。嗜みのようなものですよ」
ナナはニコニコとしながら、地面に散らばった花を集めていた。大抵のものは砕けてしまっているものの、中には傷の一つもなく、美しく散っているものもある。本を読む性格でもないが、ナナが作ってくれるなら欲しいな。
「ん……なんだ。甘い香りがすんな。おい、小娘。俺様は腹が減ッたぞ」
「おぉ。雑草でも食ってやがれ」
荷物からひょっこりと頭を出したゼルを押し込みながら、藤玄とアルさんの後を追った。先に聞いた話だが、彼は鷹丸を求めて来たのではなく、西の国をひたすらに回っている最中らしい。もっとも、それでもツクヨミの手掛かりが見つけられないから結果的に鷹丸を訪ねることになったようだが。
「拙者は詳しくないのだが、鷹丸とやらは何やら特別な力を持っているらしいぞ」
「特別な……加護ってことですか?」
「いや、神の寵愛ではなくてだな。技能、とでも言うべきか」
加護じゃないのか。……この世界で加護じゃない力ってなんだ? 魔法、とかかな。でも特別かと言われればどうだろう。アルさんは多少のことは知ってそうだが、会えば分かるって寸法なのか。まぁ鷹丸とやらは手段であって目的じゃない。あんまり意識を割くのはやめておこうか。
「ええと……ガラクタ屋か。この鳩屋がそうかな」
「うわぁ、また遠いですね。いや、ここまで来たら誤差か」
「ふふ、疲れたな。後で茶でも買ってあげるよ」
「やった! 流石お姉様!」
やれやれと笑うアルさんに抱きつきつつも、またまた歩みを再開した。鳩屋と呼ばれる修理屋があるのはこの町のさらに西端、半ば森に包まれたような場所のようだ。地図で一目見て分かるほど、住宅街や店からは離れ、ポツンと建っている。
「貴殿はメルナと言ったか。十番目の聖剣持ち、にござるな?」
「あ、はい。メルナ・アマテラス、確かにボクです。こちらでも有名ですかね?」
「それは当然、新しい歴史の誕生でござる。たとえ離れた土地でも耳には入るに決まってござろう」
まぁそりゃそうか。聖剣の始まりが六五〇〇年前、それからたったの十本。聖剣保持者はその間、何代にも渡って存在しただろうが、聖剣そのものが増えた記録はそうないか。
「メルナ殿はなぜ魔剣を探す? 二刀流に憧れてござるか?」
「あぁ、いや。ボクが欲しいってわけでもないんですが……その、運命って言うんですかね。そういう引力みたいなのを感じるところで」
「なるほど……はっはっ! それは何よりの根拠にござるな!」
うん、嘘は言ってないぞ、嘘は。多少は命令みたいなところでもあったが、結局のところ最終的な決め手は魔剣が『ツクヨミ』だってところだもんな。背中を押されつつも、これがよく分からん名前だったらもっと渋ってたかもしれない。
「メルナ、トウゲン。話のところ悪いが、もう着いたぞ。……もしもし! 鷹丸はいるかぁ!」
「わっ、急!」
すっかり町を通り抜け、コダマ峠の西端まで来ていた。他の建物よりは縦に長い、レンガ造りの家。アルさんは遠慮を知らずに……というよりは確かな意思を持ってノックを繰り返す。なかなか返事はない。本当にいるのか、そう思ったところだった。重厚な扉は開き、そこから顔を出したのは——
「……おや、お客様ですか。どうぞ上がってください」
「え、と……鷹丸さん?」
「いえ、ご主人様は奥におります。私はルリ、ただの雑用係ですので」
誰もがその姿に絶句していた。いや、店員だとか、あるいはナナみたいにメイドとか。そういう人はいてもおかしくないよなぁ、とは思ってたよ。まさか出てきたのが紺色髪のショートのバニーガールだなんて、誰が予想するか。ありがとうござ……じゃなくて。幸先が不安になってきた。
「まぁ、趣味は人それぞれにござるからな。本人に会ってみないことには……」
「まさかこんな本性だとは。……まぁ構わないか」
「メルナ様、足元にお気をつけて」
なんだかんだみんな、逞しいのには変わらない。こんな動揺なんてなんのそのだ。ゼルはルリと言った彼女の姿に興奮気味だが、目ェ潰してやろうか。なんて言うのは後回しにしとこう。今は。
ひとまずは大人しくルリの案内に従い、二階へと上がっていった。道中、どこもかしこもガラクタばかり転がっていた。機能しない魔導具や、あるいは修理中と思しき時計なんかも。とにかく多種多様で。そんな先に座っていたのは、思いの外ガタイの良いおっちゃんだった。
「よく来たな、アルナリュート殿下。そして侍、メイドに……メルナ・アマテラス。ワシは鷹丸、鳩屋のタカさんとでも呼んでくれ」
まるで来るのが分かっていたかのように、けれど藤玄やナナの名前は認知していないらしい。齢は五〇かそこら。白髪混じりのやや長髪。そこにいたのはまさに頑固親父感が満載の、けれどどこか愉快そうなおっちゃんだった。




