№42. 噂は風に乗らず
港町ヴァテリアを出てこれまた数日。船に揺られながら時間を過ごし、西大陸のホノヤマ王国に降り立ったのはその未明だった。波の音が遠ざかる頃には、すっかり街は騒がしくなっていた。
「メルナ様、何を食べてらっしゃるんですか?」
「スルメだよ。干しイカ、食べる?」
「ここの固有の食べ物ですか。えと、じゃあ……一つだけ」
前世じゃ十七、酒を飲める年齢でもなかったから今みたいに齧ってるだけだったが、この世界じゃ十五から酒が飲めるんだもんなぁ。つまみって概念がよく分からなかったけど、試してみるのもいいかもしれない。
「おい、俺様にも食わせろ」
「バカ! 猫はイカ食っちゃダメなんだよ」
「俺様は猫の姿なだけだ、バカ野郎。……む、臭ェけどなかなかイケるじゃねェか」
まったく、飼い主の言うことも聞けないとは。そのまま腹壊して大人しくしてればいいんだ。……と、毒づくのは後にして。ホノヤマ王国、なかなか風情があるな。和風建築っていうのかな、木造の平屋、あるいはせいぜい二階建ての建物ばかり。屋根はほとんどが瓦屋根だ。
「西大陸は大陸と言う割には島国が多くてな。というか、ほぼ全ての国が島国なんだ。だから他の大陸とは違い、文化も独特なんだよ」
「……なんで大陸に数えられてるんですか?」
「なんでも、昔は一つの大陸だったらしいよ。と言っても何千年、あるいはそれ以上昔のことだがね。大陸が沈んで高台だけが残った。それが現代の土地というわけだ」
地理にも詳しいなんて流石はアルさんだ。……大陸が沈んだ、サラリとそう話したが。じゃあもしかして、この海の底にはかつての街だったり、人工物があるのだろうか。数千年前となると、少なくとも文明はあった時代だよな。……残ってるかは分からないか。
「これから私達が向かうのはコダマ峠と呼ばれる街だ。馬車でおよそ一日、盆地のような土地だ。周りが二〇〇〇メートルを超える山脈に囲われていて、景色がいいらしいぞ」
「……高いですね、それは。そこに情報屋……鷹丸がいるんですか?」
「恐らく、だがな。ガラクタ屋をやってるからな、旅にでも出てない限りはそこにいるだろう」
ガラクタ屋か。……ガラクタ屋? なんか、修理屋みたいなものなのかな。あるいは中古の品を扱ってるだとか、胡散臭い店という線もあり得るか。いずれにせよ、変わった男ではありそうだ。
「ねぇ、お姉様。お姉様はその鷹丸とやらと知り合いなんですか?」
「まぁ少しな。昔、バラムランデの王都近くを循環していることがあってな。そのときに盗賊に襲われていたアイツを助けた、というだけだが。特に関わりがあったわけでもないが、まぁアイツの持つ情報は確かだ」
「なるほど……」
じゃあ戦闘に長けているというわけでもなさそうだな。いや、こんな心配をしなければならないのも変な話だが、この世界はおかしな強さを手にしている者が多すぎる。ボクが言えた義理でもなかろうが、用心するに越したことはないのだから。
「ねぇ、ナナ。鷹丸っていうのは有名人なの?」
「いえ、少なくとも私の記憶には……。ただ西の国には優れた情報屋がいるとの噂だけは耳に入れたことがありますが」
知名度はさほどない、と。ただその噂は鷹丸のことなんだろうな。アルさんが当てにするくらいだから、相当の腕だろうけど……一般には噂程度か。西は忍びがいるって言ってたもんな。もしかしたらそういう人なのかもしれない。
答えは出そうで出ず、そんな考察もすっかり忘れていた頃。ボク達はコダマ峠に向かうという馬車に乗せてもらい、またもや大人しく揺られていた。移動ばかりで気が滅入るが、仕方ないことも……うん。仕方ないと納得しよう。
「……お嬢さん方は、コダマ峠にご用でござるか? あそこは雲を破るほど山が高く、そんな山々に囲まれているのだからそれはそれは壮観にござる。加えて空気も良いたぁ、文句もつけられねぇ」
「えぇ、まぁそんなところですよ」
そんな馬車に居合わせたのは赤い羽織の和服の青年。腰に差したのは日本刀。この世界じゃ西洋剣やら甲冑やらばかりを見ていたから違和感にもすぐ気づけた。侍だ。……侍だ!
「お兄さんは……観光には見えないか。立派な刀だな。旅の最中、といったところか?」
「侍を存じているか。確かに浮浪の旅人、藤玄とは拙者のことだ」
「トウゲン……か。ふふ、良い名だな。サムライといえば……詳しくはないが、鋭い太刀をお持ちだとか」
「そう言われると恥ずかしい。まだまだ未熟者にござるゆえ」
アルさんと藤玄とやらはなんか通じ合ってるな。武人同士、やっぱり通ずるところでもあるのか。ボクは侍に対するちょっとした憧れみたいなのしか湧かず、感じるものはなかったが。
「浮浪の旅人ならこんなことを尋ねるのも不粋だろうが……。そちらこそ、コダマ峠には何か用が?」
「まぁ……そうでござるな。拙者は流れの武人、多少の噂であれど、聞きつけては止まってられぬ性分にござる」
「……噂?」
「知らぬでござるか? 西には魔剣があるらしい。魔剣ツクヨミ、どれほどの武器か、見てみたいのよ」
それを聞いた瞬間、無意識に小指が跳ねた。知っているんだ、この藤玄とかいう人は。ただそれも、ただの噂に過ぎない。が、こっちでは誰もが知っているような口調だ。中央より東には流れていない噂。ともなれば、やはり……。
「藤玄さん、その噂、どこで聞いたんですか!?」
「さて……どこでござったか。酒場、ギルド、あるいは役人。……誰も知ってると思ってたゆえ、わざわざ記憶しておらなんだ。異国では聞かぬでござるか?」
「ええと……はい。たまに知ってる人はいたようですが、どれも一般的では……」
「なるほど、西だけで流れている噂。はてさて、これは真か偽か……」
結局、藤玄から得られた情報はなかった。無理もない。噂が回っているのなら出所を掴むこともできない。ただ一つ、分かったことはある。この地には魔剣がある。それだけは確実性が増したようだった。




