№41. 正義の味方
「捕まっちゃいましたね」
「捕まっちゃったな」
「あ、トランプ持ってきたんですよ。やりますか?」
「……やる」
ガタガタの馬車は揺れながら、荷車の中で運ばれていた。明かりも少なく不安を煽るが、それよりも。なんでこの二人はこうも落ち着いているのか。確かに剣は手元にあるが、もっとこう……あるだろうに。
「ババ抜きでもしましょうか。少しお待ちを。準備しますので」
「あ、うん。……お姉様、どうするのですか? まぁ質素な壁、逃げようと思えばいつでも逃げられますが」
「いいではないか。無料の馬車とでも思えば、これほど快適なこともない。息を抜いて、向こうに着いたら飛び出そう」
「あ、紅茶も準備させていただきますね」
なんでナナはこんなにも普通なんだ。攫われてるんだぞ、今。攫われてる最中にババ抜きしながら紅茶を飲む人間がどこにいるよ。
「……そうだ、ゼル。お前、適当に荷物に詰まっとけ」
「荷物扱いかよ。まァいいや。歩くの面倒だし。おやすみ」
この悪魔もなんなんだ、一体。なんなんだ、この状況は。なんて思いながらも、ナナに渡されたお茶と手札を手に取った。ボクだけ困惑しててなんか負けた気になっちゃうし。馴染んでる風を装うことにしよう。
「ヴァテリアは……というか、西方は奴隷制度を取り入れている国や街が多いからな。恐らく、向かうのはヴァテリアの奴隷市場だろう」
「……違法じゃないんですか? 奴隷制度は分かりましたが、ボク達はただの旅人でしょう?」
「儲かるからな。上は見て見ぬふりをしているんだ。……あぁ、あまり下手な考えは起こすなよ。ここは異国、私達の出る幕ではない。それに組織が相手では骨も折れる」
納得はできないけど……納得だけで通る世界じゃないのかな。奴隷といえば雑用か何かが思いつくが、たぶんそれだけじゃないだろう。むしろ戦闘奴隷の方が多い気もする。いずれにせよ、人攫いは人道の欠片もないか。
「……あ、メルナ様、ババを引きましたね」
「え、そんな顔に出てたかな」
確かに、アルさんの手札からジョーカーを引きはしたが、まさか読まれるとは。ナナの観察眼が相当なのか、あるいはボクの顔が分かりやすいのか。……前者ということにしとこう。人を褒めるのはいいことだからな。うん。
「ヴァテリアに着いたら船で移動ですよね? 西の大陸に」
「あぁ、それからホノヤマ王国という国に入る。鷹丸はそこにいるからな」
「情報屋、ですよね。知ってるんでしょうか。ツクヨミのこと」
「さぁな。だが、知ってるとしたら奴くらいだ。彼は知識だけは無駄にある男だからな。上がりだ」
えっ、という声がナナと重なる。もう手札がないじゃないか。早いな。……いや、早いなんてものじゃないぞ。くそぉ、この人はトランプも強いのか。じゃもう何が弱いんだ。
「おーい、お嬢ちゃん達。夕飯の時間だ。これでも食べるといい」
「はぁーい。ありがとうございます」
そう言って渡されたのはスープとパン。まぁ、いかにもな献立だが栄養素は確かだな。やっぱり奴隷として高く売るために状態は良くしておきたいのか。そんな魂胆が透けて見える。
組織、それも単一ではなく巨大な闇市場ともなれば、確かに相手にするわけにはいかない。そもそもボクだって正義の味方というわけでもない。冷酷かもしれないが、わざわざ危険を冒すつもりなんて……ま、コイツらをぶん殴るくらいだ。
「船はなぁ……ボク初めてですよ。酔わないといいな」
「そう気に病む必要はなかろう。だがまぁ、もしかしたら酷く酔うかもしれん。酔い止めの薬くらいは買って行こうか」
「それなら私、持ってますよ。いざというときのために。殿下やお嬢様が不調になられては大変なので」
「おぉ、それは流石だな」
なんだかんだ、ナナはメイドとしては優秀なんだよな。ときどき変だったり、根っこが大物だったりするだけで、仕事は確かなんだ。そこにちょっと強引ながらも誰より頼りになるアルさん。振り回されることはあれど、結局、苦労することはないのかもしれない。
それからガタゴトと揺られながら、一週間ほ経っただろうか。流れてくる磯の香り。前世ではさんざん嗅いだ香りが、聞いた音が、砂漠の後では……この世界ではあまりに特別に思えた。
「じゃ、気をつけるんだぞ〜。女旅なんてどこの人攫いに狙われるか、分かったもんじゃねぇんだからよ」
「はいっ。お世話になりました。……?」
あれ? なんか、何事もなく到着したな。それでもって何事もなく降ろされたな。おかしいな。今頃は奴隷市場へと連れて行かれて、その道中であのおじさん達をボコボコにしてるはずなのに……。
「いやはや、まさかただのお人好しだったとは。一層儲けものだったな」
「助かりましたね。危険も面倒ごともなく着きましたよ」
「……え? あの人達、ただの行商人だったんですか? 顔が怖いだけの……?」
なんなんだよ、それは。拍子抜けとまでは言わないにしても、こちとら多少の緊張はしてたんだ。それが、そんなオチってないだろ。……まぁアレか。ボクの日頃の行いが良かったんだな。ツキが回ったんだ。
「さ、そういうことならいよいよ構うまい。せっかく、ヴァテリアに来たんだ。進むとしようか」
「はいっ!」
そうだ。平和的に終わったことならひとまず置いておいて。まだまだ旅は始まったばかり。準備段階の準備が終わったようなものなんだ。
ゼルの入ったバッグを担ぎ直し、外套のフードを下げた。さらに西から聞こえるのは砂が叩き合う音。ザザァ、ザザァ、と。砂が転がり、打たれる音がここまで響く。久方ぶりに見た海は、すっかり水平線の向こうまで続いていた。




