№40. ヴァテリアに向けて
旅というのだから、ボクはてっきり馬に乗るか、あるいは召喚獣でも呼んで乗っていくのだと思っていた。そうでないにしろ、文明の中を歩くだろうと。いや、ボクじゃなくてもそう思うはずだ。
「あづ〜い……」
「ふふ、これも修行と思え。直射日光はちとキツいが、夜になれば寒くなるさ」
「いや、それ以前の話では……。ナナも、よく音を上げないね……」
「メルナ様が少し、光に弱すぎるのでは?」
外套のような大きな布で全身を、そして背負ったバッグを覆いながら。ボク達が歩いているのはバラムランデ王国を西に出てしばらくのところにある『ワルテリッヒ砂漠』という、それは大きな砂漠のど真ん中だ。西に行くには『ヴァテリア』という港町に行く必要があるらしいが……。
「ボ、ボクが弱いのかなぁ……。お姉様、なんでわざわざ迂回してまで……砂漠を通るんです……?」
「……確かに、真っ直ぐ迎えばいくつか街を経由することはできるがな。周辺は紛争地帯だ。バラムランデには無縁だが、そんなところを通るわけにもいくまい。こっちのルートなら険しいものの、危険は少ないんだよ」
「はぁ……そういう……」
舌を出しながら、あるいはちまちまと水を飲みながら。なんとか身体を冷やせないかと格闘するも、なかなかそうはいかないな。何が暑いって、ボクの外套の中にはゼルがいるんだよ。自分で歩きもせず、肩に乗りやがって……この暑さでは怒る気力も湧かない。
「ええと……確かこの先にオアシスがあるはずだ。小さいが、そこで少し休もうか」
「オアシス……!」
アルさんはこまめに羅針盤を覗きながら、ボクはそれに追従する。なんでアルさんはこんなに余裕なんだ。ナナも余裕そうだし。……やっぱりボクがおかしいのか? いやいや、砂漠だぞ。気温も五〇や六〇ではなさそうだし。
「はぁ……『氷膜』」
「ぬァッ! 冷てェッ! 急に皮膚を凍らせるんじャねェよ!」
「うるさいなぁ……冷たくていいだろ。嫌なら点火してやろうか」
「……いや、このままでいい」
体表を凍らせればずっと楽になるな。微妙な出力には苦労するものの、そんな苦労もこの暑さに比べればなんてことない。少し視界が白くなるのが欠点かな。
「……メルナ様、私にも少し、氷を分けていただけますか?」
「ん? うん。いいよ。ほら」
「ありがとうございますっ! ふぅ〜っ、冷たいっ!」
良かった。普通に暑いんじゃないか。ボクより耐性があるってだけだったんだな。ボクが氷属性を扱えて得したというか……あれ。なんでアルさんは平気なんだ?
なんて恐怖……いや、疑問を胸に。何時間歩いたか、視界が捉えたのは彩りだった。黄色ばかりの砂漠の中に、緑がそこにはある。
「少し休もうか。水分補給をちゃんとしておけ」
「はぅ……。アルお姉様はそんなに堪えてませんね」
「私は冷え性なんだ」
「そんなレベルの話じゃないでしょうよ」
オアシスのそばに座り込んで、そこの水を汲んだ。暑いのは暑いが、確かに人っ子一人いない空間。平和であることに違いはないな。地中に潜む魔物の気配もないし、悪いことばかりでもないのか。
「二人とも、地図を見てくれ。今私達がいるのはここ、ヴァテリアはここだ」
「うーん……まだ全然進んでませんね」
広げられた地図を覗き込みながら、そんなことを漏らす。まだ五分の一も進んでない気がするな。いや、もっとか。やっぱり、徒歩は無理があるんじゃ……。
「で、私達はしばらくここで休むことにする」
「はい。……え?」
「どうかしたか?」
「だって、まだ全然進んでないじゃないですか。夜はまだしも、進めるときには進んでた方が……」
ヴァテリアに着くのがいつになるか、そんな不安を伝えたボクを、彼女はやれやれといった具合に表情を綻ばせた。そんなドヤ顔も美し……いや、そんなことはどうでもよく。
「いいか、メルナ。落ち着いて考えてみろ。ここはオアシス、砂漠の旅人ならここを通る。そしてここには人目がないな?」
「……はい」
「私達は三人、よそから見たらただの女子だな?」
「はい。……え?」
いや、まさかとは思うが。だとしたらあまりに……いや、そんな豪快な手段は取らないと信じよう。アルさんのことだ。もっと穏やかな作戦を考えているであろうことを願う。
「それと、一応ギルド証は持ってるな?」
「それは問題なく。ちゃんと持ってますよ。……ナナも?」
「はい。忘れておりません」
旅の最中、できるだけ王家の関係者には知られたくないと、そう言われたからギルド証はバッグに仕舞ってある。魔法の世界なのだから、なんか四次元ポケット的なアイテムがあればとも思うが、なかなかそういった代物は希少らしい。あるにはある、とのことだが。
「セレス……あの魔女なら作ってくれたのかなぁ」
「アイツなら確かに、作れたかもな。だが借りは作りたくないだろ」
確かに、と苦笑をしながら、もう一度深く息を吐いた。やっぱり、氷を纏っても日に当たってる箇所は暑いな。ゼルは変わらず密着してるし、毛皮がモフモフだし。コイツが美少女悪魔だったら良かったのに。
と、そんなくだらないことを考えてたときだ。砂の山の向こうから、荷車を運ぶ集団が見えた。行商人、というやつか。旅人というよりは商人に近い風貌だ。そんな男達が五人はいる。
「お嬢ちゃん達。女だけで旅なんて危ないぜ? しかし良かったな。これも何かの縁だ。ちょうどヴァテリアの方まで向かうつもりなんだが、乗せてってやろうか?」
そう声を掛けてきたのは、その団体のリーダーらしき中年の男。言ってることは優しいようで、その節々からは確かな悪意が漏れ出ている。奴隷商か人攫いか、そういう類の者のようだ。……まさか、だとは思いつつ、そっとアルさんの方を向く。
「なんと、お優しいおじ様方だこと。暑さに参っていたところなんです。お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
「へへっ、もちろんだぜ。さぁさ、乗んな」
気づけよ、明らかに旅人の口調じゃないだろうに。呆れ半分、驚きも半分かな。まさかとは思ったが、アルさんがここまで大胆な策に出るとは。横で落ち着いているナナの様子が、余計にボクを混乱させていた。




