№38. 万物の意思
「万物には意思がある。森も、海も、大地も。ましてや主を選ぶ聖剣ともなれば、その意思の力は強い」
「意思……?」
「そうだ。聖卿とはつまり、その意思を従え、聖剣の真の姿を引き出すこと。その境地だよ」
ルヴァルクの聖剣、アランレームは姿を元の剣に戻したかと思えば、キンと鳴る高い音と共に、鞘に収めた。意思、なんてものが……万物に? 少し信じ難いな。生物ならまだしも、無生物なんて……でも、魔法の世界だし。あり得るのか?
「もちろん、そう簡単なことではない。中には主として選ばれず、ただの一度も声を交わさずに生を終える者もいる。もっとも、今の時代の聖剣持ちは君を除いて皆、聖卿と呼ばれる者達だが」
「ボクだけ置いてかれてるんですね」
「はは、無理もない。君は新人だからね。そもそもアマテラスは新しい聖剣、特性もよく分かってないなら仕方ないだろう。剣聖の聖剣、だったか」
「はい。意思というのもよく分からず……。まぁ今初めて知ったのですが」
声でも聞こえるのだろうか。あるいは意思の力、みたいなものがあるのか。何にせよ、今のボクには分からないことばかりだ。必要なのは力と成長。それから魔剣ツクヨミ。参ったな、やることが多いか。
「仕方ねぇっス。魔物も斬ってもらえたし、あたしらは帰るっスわ。ルヴァルク、魔石が取れたらまた持ってくるっスね」
「あぁ、気をつけて帰れよ」
そんなことを軽く言いながら、イェラティとユラエルはどこか、森の奥へと帰っていった。いや、森の向こう側か? 海辺に住んでるって言ってたもんな。……結局、よく分からんヤツらだったな。
「さて……時に三方、今日はこちらに泊まっていくのだろう? 出発はいつだ?」
「ふむ……メルナも話は終わったらしいからな。長居する理由も特にはないか。忙しなくて悪いが、道中が長くてね。明日の朝には出ようと思う」
「そういうことなら私の家にでも泊まるといい。今夜は温泉に案内しよう」
そのまま、引きずられるようにトリュネルの家へと連れて行かれた。そうか、そうだよな。たぶん、宿よりは彼女の家の方が広くて良いところだろうし、女子四人、キャッキャうふふな女子会だもんな。
「温泉ですって! メルナ様も楽しみですね!」
「あっ……ゼル、お前は温泉には入るなよ。部屋で待ってろ」
「ちェッ」
「契約悪魔だったか。私は別に構わないのだが……そうだな。メルナがそう言うなら大人しくしておけ」
こいつは見た目が可愛いものの、中身はただの変態だがな。ボクは……うん。ボクは仕方ないんだよ。中身はまだ立派に男子だけどね、あまりに外が可憐な女の子過ぎるから。そんな言い訳を胸に。
ボクが寝る頃には遊ばれ尽くされていたのだから……やっぱり、可愛がられるのも幸せばかりではなかったな。
◇◇◇
その翌朝、国王のハイエルフに一度顔を合わせてからボク達はエルフの国、世界樹の森を出て。えーと……何日経ったかな。とにかく、バラムランデ王国に帰ってさらに翌日のことだ。旅の疲れもまだ癒えてはいなかったが、呼び出しに応じてボクは城の訓練場に赴いていた。
「……おはよう、メルナ。良い朝だな」
「はい。あの……呼ばれた理由を尋ねても?」
質問にアルさんはコクリと頷き、剣を磨いていた手を止めた。やっぱり、彼女の立ち姿は美しい。絵になるというか、なんというか。芸術的と言えるほどに無駄がない。
「父上……陛下から許しが出た。近いうちに旅に出るぞ。メンバーはお前と私、それからナナだ。……あぁ、あとゼルシアスもだな。流石にタロンは歳だからな。連れ回すのは酷だ」
「え、いいんですか? いや、お願いしたのはボクですが、まさかこうもあっさり国を空ける許可をいただけるとは。思ってませんでした」
「もちろん、いくつかの条件付きだ。しばらくはこの国に危険が及ぶこともないだろう。兄上もいるしな。そんな状況で聖剣持ちの成長な必要な旅、止める理由がないだろう。お前はまだ分かってないのかもしれないが、それほどまでに聖剣とは特別な資質」
アルさんの言葉に耳を、意識を傾けつつ、視線は注意深く彼女の動向に向けていた。鍛えられたことで身についた習慣とも言えるだろう。さりげなく構えられた剣を見ると、ボクも身構えずにはいられない。いや、まさか……嫌な予感がするな。
「まぁ、詳しいことは後で話すにして。……ふふ。私はな、お前が好きだよ。可愛いし、素直だし、飲み込みも良い。無茶をすることも多いが、それだけ正義感に満ちているという証拠でもある」
「あ、はは……買い被りですよ。ボクはただ、自分がやりたいように生きてるだけ。わがままなだけで——」
「わがままで結構。そんなお前を認めてるんだ。……で、お前を鍛え始めて随分と経った。どうだ? ここで一つ、私と勝負をしないか? 旅の前の現状確認というやつさ」
い、嫌だぞ。そんなの。そんな……要はいつも以上のしごきじゃないか。参った。なんとか逃げ出さなければ……半殺しにされちゃうぞ。あぁ、でも逃げてもまた怒られるな。……あれ、詰んだないか?
「ははっ、おいおい、緊張するな。シアやルヴァルク殿と比べれば、私なんて大したものじゃない。お前も聖剣持ち、私はただ超えるべき壁でしかないのだぞ?」
「そ、そうは言いましても……」
「安心しろ。勝てとは言わんよ。だが、今の強さを見せてみろ。お前の潜在能力は恥じるものではないはずだ」
そう言い終わると同時に、彼女の細く美しい剣は確かに構えられた。ダメだ、逃げられない。こうなったらボクだって腹括ってやるよ。魔法でもなんでも使って、ちょっとでもカッコよく見せてやろうじゃないか。
「……一応、少しだけ教えておこう。私の加護について。私が持っているのは『勝利の加護』、少し違うが……ちょっとした未来予知による戦闘能力の上昇、とでも思ってくれ」
「化け物じゃないですか……」
「メルナ、お前はお前自身には加護がないとはいえ、聖剣には四つも加護があるんだ。卑屈になるな。お前だって十分に強いしズルいよ」
鞘から抜いて、刃を向ける。そうすると改めて、彼女の大きさが分かった。確かに加護は一つかもしれない。けれどそこにあるのはそれだけでなく、経験と鍛錬が山のようにあるんだ。ちょっとのズルで対抗できる相手じゃ……。いや、いいんだ、コレで。
「剣技、魔法、なんでもいい。メルナ、お前の力を発揮するんだ。アマテラスを私に魅せてくれ」
「はい……っ!」
ジャリ、と踏み締める音が小さく響く。これは試練だ。アルさんに叩き込まれたものを、これまで積み上げてきたものを見せる試練。恐れるべきは負けじゃない。今、恐れるべきは中途半端。ただそれだけだ。




