№37. 暴風の聖卿
世界樹を駆け下りて、のことだ。息を切らしながらも、なんとかその脚を回して下へ下へ、と。そこに広がっていたのは予想していたものとはかけ離れており……いや、悪いことはないのだけれど。意外、その一言に尽きた。
「姐さん、あたしらを弟子にしてくれっス!」
「姐さん!」
「む、弟子は取らぬぞ。そもそも、お前達はなんだ?」
斬り伏せられた巨大な魔物。巨大なヘラジカ……それに鳥の顔を合わせたみたいな、そんな姿が転がっていた。その紫色の身体からは、みるみるうちに瘴気が失われていっている。死んでるのは間違いないが、気になるのはそこじゃないな。
「……トリュネル、これは一体どういう状況?」
「ダークエルフがこちらに来る道中、あの魔物に襲われててな。それを見つけたアルナリュートが倒してしまってな。おそらく、Aランクの魔物だったと思うんだが」
「……それで、なんでこう?」
「ダークエルフというのはね、私達とは違って海辺に国があって。少々荒っぽいところがあるんだ。そのせいで、見ての通り不良気質なところがあってね」
上品さのないヤンキー種族ってところか。魔物の階級はよく知らないが、つまり化け物を退治してくれたアルさんに惚れ込んでしまった、てなところか。なんでここにきて面倒なことになるかな。
「えーっと……誰かな、あなたは。アルさんは悪いけど、国があるから連れて行けないよ」
「あたしらは見ての通りダークエルフっスよ。あたしはイェラティ、コイツはユラエル」
「っス」
褐色肌に尖り耳。イェラティと名乗った方は背丈の高い女のダークエルフで、もう片方は少年だろうか。どちらも白い髪を持っており、気性の割には美しい姿だ。
「アルさんって言うんスか? あたしら、姐さんに惚れちまったっス。舎弟にしてほしいっス!」
「だから言っているだろう。舎弟になどできない。諦めてくれ」
「ほら、本人が言ってるんだから。下がりなさい」
「うっせー! 黙ってろっス、チビ娘」
これは……なんだ。斬ってやろうか、コイツ。人が優しくしてると思ったら。アルさんの妹分はボクで足りてるってんだ。それにチビってなんだ。ボクはチビじゃねぇよ。
「……なんスか、アンタ。文句があんならその腰の飾り、抜いてくれっスよ。アンタが勝ったら大人しく引き下がってやるっス」
「不良がよ、お前。上等だコノヤロー。二言は無しだからな」
「……え? メルナ様? 何やる気になってんですか?」
困惑するナナにゼルを抱えさせながら、ボクは聖剣を抜いていた。ボクは優しいからな。大抵のことは見過ごすが。アルさんを困らせるなら重罪だ。
「てりゃーっ!」
「ふんっ」
槍を握って襲い来るイェラティをいなし、そのまま得物を払って刃をその首に押し当てた。もちろん、魔力は通してないから斬るようなことはない。
「へ……?」
「ほう」
彼女にとっては一瞬だったのか。ボクの刃に触れている恐怖より、弾かれた手の痺れを見つめていた。外野からはルヴァルクの感嘆に近いような短い声が漏れていた。
「ひぃ……っ! あ、あたし、負けて……っ!?」
「ボクにすら手も足も出ない者が、アルさんの弟子になれるわけないだろ。一昨日来い」
「一昨日は行けないっスけど……?」
金属の触れ合う、小気味良い音を響かせながら鞘に収める。イェラティはといえば、すっかり戦意を失って呆けているだけだ。ユラエルは呑気に蝶々を見つめているが。
「君、イェラティと言ったな? まぁ彼らとのことは一件落着のようだが、なぜまたこんなところに? 森は焼けないからと奥までは入りたがらないだろ」
「……へっ? あ、そ、それはっスね……」
焼け……ん? 焼けない? まさか燃やすという意味ではない、なんてことは分かってるが。もしかしてダークエルフの褐色肌って日焼けなのか? 実はめっちゃスポーティな種族ってこと……? なんか、それは種族がどうのというより趣味の話だろ。
「アンタに会いに来たんスよ、ルヴァルク。あたしらの集落よりずっと北東の山に、大蛇の魔物がいるんスけど、分かるっスか?」
「……あぁ、アレか。なかなかにデカい魔物だね」
「アレがいるとさ、木の実を採りに行けないんスよ。討伐してもらおうって、遥々《はるばる》やって来たっス」
「なるほど、素材は僕にくれよ。また後日でいいからさ」
当たり前っスよ、なんて何事もないように笑っているが……ボクには何がなんだかさっぱりだ。もちろん、ナナとアルさんも。その魔物がどれほどの魔力を持っているかは知らないが、相当に魔力感応力に優れたボクでも捉えられない。イェラティはそもそもその場所を知ってるとして、なんでルヴァルクは……。
「……あぁ、不思議そうな顔をしているね。無理もないか、これは僕の聖剣の力さ。暴風の加護って言って、風の流れを読んでるに過ぎない。見てるのは魔力じゃないが……ちょうどいい。メルナ、そこで見ているといいよ」
「見てるって、何を……っ!?」
「巻き起これ、『アランレーム』!」
それはまるで寝ている仲間を呼び起こすような、そんな穏やかさと勢いのある声だった。そしてそれに呼応するように彼の聖剣の姿は消え……いや、違う。本来の姿に変わった、のだろうか。彼が握っていたのは光を透過する風の剣だった。
「後輩の前だ、気張れよ。暴風の聖剣の力、よーく収めろ……ッ!」
「……っ!」
後輩、というのがボクを指すのかアマテラスを指すのか。そんなことはどちらでもいい。見えない刃は振られ、そのまま風に乗って……ボクは感知できないが、確かに何かを遠くで斬った。
森の木々は斬り倒さず、透過するように目標だけを。鞘に収められたとき、アランレームは綺麗な剣に戻っていた。聖卿、今まではよく分からなかったが、ボクは確かにその力の一端を見ていた。




