№35. 先の行方
ハルヒ・ユキムラ、目の前の竜王はそう言った。日本人の名前だ。間違いなく、この竜の精神は元・日本人。……つまり転生者。正直、気になるところもあるが。
「お主も転生者、それも同郷の者だろう?」
「……そう、だよ。うん、ボクも転生者、日本人だよ。ゼノヴィオ……さん?」
「ふははっ、やはりな。いやぁ、久方ぶりだな、同郷の者に出会うのは! メルナ、メルナ・アマテラス……ふむ、やはり良い名だな。我よりずっと分かりやすくていい」
どうやら、ボクを取って食おうというわけでもなさそうだ。ま、それなら良いか。変わらず愉快な性格のようだし。やっぱり深刻に考える必要はないかな。
「でもゼノヴィオさん、あなた七〇〇〇年前からいたんですよね? 相当の老人というか……一体、何時代の人間なんですか?」
「待て待て、我はそんな昔の存在ではない。いや、この身体はそうだがな、我が継承したのは最近のことだ」
「継承?」
「地球で死んだときにな、ホルネィ様の手でこっちの世界に転生させられたわけだが。ちょうどそのときこの肉体の主、先代の竜王が死にかけていたようでな。譲ってもらったんだ。ホルネィ様にゃ継承の加護ってのを与えられてな。だからその七〇〇〇年前の記憶はあるが、それは厳密には我ではない」
肉体を譲ってもらった。……そんなことがあるのか。ただこの肉体は確かに生きてるもんな。死んだのは先代の魂だけか? 竜は輪廻転生だとか死の概念が人間とは違うのか。それともその継承の加護のためか。……いや、大事なのはそこじゃないな。
「あなたが転生してきたのはいつ頃ですか?」
「えーっと、何年前だったかの。二〇……いや、三〇か? もう少し前だったかもな。……あまり暦を数えてないもんで、具体的には覚えとらんわ」
「結局ジジイじゃないっすか」
記憶は引き継いでいるようだから、そのせいで時間感覚も狂ってるのか。三〇年かあるいはそれ以上、相当な時間だ。竜の記憶に比べれば、そんなものは赤子の人生のようなものだろうけど。
「まぁいいや。しかしメルナ。お主、この世界を楽しんどるようだな。我もしばらくは楽しんでたが、なんせこんな身体だ。不自由もないと、こうのんびり過ごすのが趣味になってしまってな」
「やっぱりジジイじゃないすか」
「ジジイ言うなや。話題はそこじゃねぇんだよ」
岩より大きい身体を持ちながら、案外その感性は人間とそう変わらないものなんだな。元が人間なんだからそりゃそうか。でも……よくそれだけ強大な力を持っていて、大人しくしてるものだ。人によっちゃ世界を火の海にもしたがるだろうから、『良かった』ってところかな。
「我はなぁ、記憶もあればエルフのこともあるから、いつの間にか口調も先代に似通っちまってなぁ。まぁ悪い気分でもねぇが」
「悪い気分じゃないならいいじゃないですか。ボクなんか、結構酷い目に遭ってるんですよ。死に目に遭ったのも、一回や二回じゃないし……」
「我の転生は、まぁズルみたいなもんだからなぁ。しかしお主もめげることはなかろう。なんと言ったってアマテラスという銘の聖剣を与えられてんだ。ツクヨミも主人を待ってると聞く」
「何……?」
彼の言葉に、全身がビクリと波打った。ツクヨミ、それは魔剣の銘だ。ゼルが語った、聖剣と魔剣、その両方を持つ者が世界を……うんたらかんたらだったか。大事なところが分からないんだったが、間違いなく強力な力を得るのは間違いない。
「何か知ってるんですか……?」
「いや、詳しくは知らねぇのよ。ほとんどの魔剣がそれぞれ、大魔公共の手中にあるってことくらいしかな。だが加えて一つ、我が知ってることがある。……お主をここに呼んだ理由だがな。久方ぶりに同郷と話をしたいというのもあったが」
「ボクもまさか日本人と話せるとは思ってなかったから、ちょっとテンションは上がったけど。……その、知ってることというのは?」
「旅に出ろ。西の大陸だ。そこに魔剣ツクヨミはある。アマテラスを持つお主が、それを見つけるのだ」
それはあまりに突拍子もない……いや、抽象的過ぎるものだった。西、ただ分かってるのはそれどけか。ここは位置的には中央の大陸、それを跨ぐのは骨が折れるが。旅、ねぇ……。
「気は進みませんよ。ボクの……夢っていうのかな。この世界では順当に生きたいんです。もちろん、日本と違って危険な世界。多少の実力はつけるつもりですが……」
魔剣というのはどうもなぁ。そもそも聖剣持ちというだけで平和に過ごせる自信は少ないんだ。加えてツクヨミを拾ったならば、ボクに集まる敬意と敵意は跳ね上がるだろうし。……そもそもその道中が危険な匂いしかしないし。
「なるほど、もっともだな。が、それはなかなか厳しい夢だぞ」
「……なんでですか」
「近いのだ。混沌の時代が……戦乱の時代が。否が応でも巻き込まれる。逃げ続けるのは不可能だ。お主も……お主の大切な者も」
戦乱の時代か。……簡単に信じられる話ではない。確かに争いの多い世界だが、バラムランデは平和な国だ。いくら竜王といえど、予知能力があるわけでもあるまいし。けど、でも——
「大切な者、それを出されちゃ引けないじゃないですか。……一つ、教えてください。その予言の根拠は?」
「時代の変化と言うべきかな、蠢いているのだ。時代が。我はその変化を聞いているに過ぎない。だが近いうちに必ずだ。変化は起きるぞ」
「……分かりました。分かりましたよ。ツクヨミですね。ちゃんと魔剣を探します」
その返事を聞いてか、彼の顔は少しだけ綻んだ気がする。ボクは生きたいだけだ。死にたくないだけ。でも同時に、目の前の手は取りたいとも思ってる。
聖剣という力があるんだから、アルさんやナナ。そして国の人達。それくらい、ボクが守れるのなら守りたいんだ。全員じゃなくても、ただ目の前だけでいいから。




