№34. 我は偉大なる竜王である
「道中暇だろう。少し、昔話をしてやろう」
「はぁ。昔話、ですか」
「ふにャ、くるるる……」
ボク達はまたも世界樹を上へと登っていた。目指すのは頂上、骨が折れるな。トリュネルは面倒だからと、そしてアルさんも疲れるからと下の街に残った。こんな苦行に直面してるのは、つまりボクとナナ、それからルヴァルクだけだ。……あ、あと眠りこけてるゼルね。
「およそ七〇〇〇年ほど昔のことだ。僕達エルフから見ても相当昔のことさ。まだまだ悪魔が世界を支配していた時代。まだ若い国王の統べるこの国も大魔公達の手によって落ちかけていた」
「……あれ? 原初の聖剣が悪魔に対抗するために誕生したのもその時代じゃありませんでしたっけ」
「厳密には少し違うな。最初の三本が現れたのは六五〇〇年前、だからそれから少し後のことだよ」
つまりこの話は聖剣が生まれる五〇〇ほど前の話ってことか。……五〇〇年はちょっとじゃないんだけどな。彼らにとっては数十年くらいの誤差なのか? それもボクからしたら誤差じゃないんだけど。
「まぁその、つまり七〇〇〇年前のことね。この森にも悪魔の軍勢がやって来たわけさ。当時は大魔公と呼ばれる者達の数も多くてな、エルフの戦士達では少し、手に余る相手だったんだ」
「ええと、その話からするに。その竜王が……?」
「そう、我らエルフを、そしてハイエルフの国王を軍勢から救ったのがその方なのだ。名をゼノヴィオ・ジアス=パファルヴェーテと言う、それは偉大な竜だよ」
「ぱふぁ……ふーん」
なんか言いにくい名前だな。長いし、覚えられないかもしれない。ボクみたいにシンプルで呼びやすい名前の方がいいのに。……たぶんコレ不敬だな。
「しかしその、竜は私でもたまに話にも聞きますが、竜王というのは聞いたことがないですね」
「そうなのか? まぁボクも聞いたことはないけどさ。ボクの場合は歴史とかほとんど知らないし」
「王宮の書庫を掘り起こせば何かあるかもしれませんが……。そもそも竜の存在自体、割と珍しい部類ですから」
ナナのことだ。半端な知識ではないだろうに、それでも知らないとは。エルフの国だけの伝承のようなものか? そもそも竜って何だ? トカゲかな……。違うか。
「はは、知らないのも無理はないよ。そも、竜とは真世界の住人。基本世界には出てくることの方が少ない」
「……真世界?」
「あ、そうかそうか。そりゃあそこからだよな。えっと……まぁ知りたければ後で話してあげるよ。今は、ほら。見えてきたぞ」
ルヴァルクのその声に空を向く。気づけば空を覆う緑も、目と鼻の先だ。いつの間にこれほど……登ってたのか。仕方ない。この話はひとまずお預けだな。
頂上というだけあって歩けるような場所は少ないものの、それでもやはり世界樹だ。ほんの小さな枝がボクらからすれば木の集まりで、まるで森の中を歩いている気分だった。
「さぁ、ここから進むと開けた場所に出る。彼はそこにいるはずだ」
そう指差したのは変わらず深い森、もとい枝の奥だった。険しくはないが、これが一つの木の上なのだから、流石にビビるよな。歩く面が樹木だというだけで、他は大地を歩くのと変わらないのだから。
「それと、竜王様はメルナ、君だけと会いたがっている。悪いが僕とナナほ同行できない」
「なっ、それは困ります! 何のために私がメルナ様に着いてきたとお思いですか! 竜、ましてや竜王との面会なんて、どんな危険があるか——」
「いや、いいよ。ナナはここで待っててくれ。ボク一人で行ってくる」
「しかし……いえ、仕方ありません。お待ちしております」
ナナからしたら気が気ではないのだろうな。悪いが、向こうの望みを無視するわけにもいかない。大丈夫、ルヴァルクが言うのだから危険な相手ではないだろ。たぶん。しかし七〇〇〇年かぁ。……ジジイだな。
そんなことを考えながら足を進めると。あるときピタリと止まった。そこは木……いや、枝が生えていないんだ。百メートル四方くらいかな。ザックリだけど、まぁそのくらい開けてて。そしてそこには見上げるほど大きな黒い岩が——
「ヌッ……」
「うわっ!」
突然、岩から低く大きな音が出た。いや、音じゃない。岩がぶつかるとか、擦れるとかいうのではなく、確かな発声。岩が少し蠢いたかと思えば形が変形し……見上げても全体が確認できない高さまで顔を上げていた。
「むっ……人? ……あぁ! そういう話だったな。すっかり忘れてた」
「え、えと……」
酷く流暢な声と共に、滝のような魔力がとめどなくボクに押し寄せる。息が詰まりそうだ。悪魔じゃない。当然、人間でもない。強さは分からないが、少なくとも魔力の質が根本から違う。熱い冷や汗が背を、全身を濡らした。
「くく、そう怖気付くな。聖剣持ちなのだろう? ならば届かない相手でもないだろうに。……ん? あぁ、いや。お主はまだ未熟なのか。はっはっ、仕方ない」
「あ、えと……はい」
トントンとボクの頬を叩く爪に引き裂かれるのではと、肝が冷えるが。そのつもりはないのだろう。それでも怖い。なんか……襲ってきそうで。
彼の姿は見るからに竜だった。全身を覆う鋼のような黒い鱗、反対に裏側……腹や胸、尻尾の一面は白っぽい剥き出しの肉体。そして象徴のように立つ二本の大きな角に空を覆うほど大きな翼。怪物のようで、神のようでもあった。
「しっかし、ど偉い美少女だの。メルナ・アマテラスと言ったか。覚えやすくて良い名前だ。まだ幼い方だが、引く手数多で大変だろ。我の名前は知ってるか?」
「えと、ゼノヴィオ・ジアス=……パフェ……みたいな」
「わっはっはっ! パフェか、くくっ。なかなか美味しそうな名前にしてくれる」
なんか意外と愉快だな。威圧感と巨大に反して、愉快な爺ちゃんだ。いや、思えばこの世界の頂点、ホルネィ様が軽いタイプの神様なんだ。もう誰がこんな感じでもおかしくはないぞ。そう思って身構えた矢先。思いもよらぬ自己紹介が始まった。
「よし、これで覚えるがよい。我が名はゼノヴィオ・ジアス=パファルヴェーテ、偉大なる竜王である! ……が、もう一つ、昔はこうも呼ばれていた。この世界に知る者はいないが、こっち風に言うと『ハルヒ・ユキムラ』、とな!」
「……な、え?」
「くくっ、アマテラスなんて聖剣を貰って、まさか無関係ではなかろうよ。お主ももう一つの、『前の名前』を持ってるクチなのだろう?」
ハルヒ・ユキムラ……つまり雪村春陽、そう言ったのか? もちろん、ボクの知った名前じゃないが……間違いなく、元は地球の、日本の人間だ。
転生者がいるのは分かってた。ボク以外にもいるだろうと、それは分かっていたさ。それがまさか……まさかこんな化け物として君臨してるとは。ボクじゃなくても予想しなかったはずだ。




