№30. バラムランデ王家の一日
「メルナ! あと五〇本だぞ!」
「はっ、はひぃっ!」
一つ、二つと訓練用の真剣を振り下ろす。流石にしばらく素振りを繰り返してるんだ。一振りごとが鋭く、重くなり、どれも空を裂く音が聞こえるほどではあるが……。
「いちっ、一万っ! ぷはっ、はぁっ、はぁっ!」
「よぉし、お疲れ様だ! 身体強化も上手くなってきたな」
褒められるのは嬉しいが、それ以上に今は限界だ。一万本、ノルマの素振りを終えるとすぐに剣を手放し、地べたと背中をピタリと合わせる。ジワジワと染みる雫が、不快でもあり達成感もあり。そうやって深呼吸を繰り返しているところに、ヤツが飛び込んできた。
「だぁー! 暑いんだよ、毛玉てめーこの野郎! 毛皮剥いでから乗っかれよ!」
「はァーあ。だらしねェ娘だな、お前は。俺様のモコモコを楽しみやがれや」
「このやろッ!」
「うにャッ!?」
腹の上にすっぽりと座り込もうとしたゼルを、首根っこを掴んで放り投げた。もちろん、アレが正真正銘の猫だったらこんなことはしないよ。むしろ抱き寄せるさ。でもアイツはダメだ。
「はぁ〜……もうっ。……ねぇ、アルお姉様、今日の錘、なんか重くなかったですか?」
「ははっ、身体強化も慣れたようだからな。合計で二〇〇キロだ」
「バカの重さじゃないですか」
二〇〇て。ボクの体重の四倍以上じゃねぇかよ。なんてもんを強制させてるんだ。……いや、それで真剣を振り回してるボクも大概だな。嫌なことに気づいちまったよ。
「……お、メルナ。ここにいたのか。ちょうど良かった」
「ベルアルドお兄様? おはようございます。どうかなさいましたか?」
「ぐはっ!」
そんな暑苦しい訓練場に、珍しくベルアルド殿下がやってきた。相変わらず『お兄様』という言葉には打たれ弱いのがなんというか……面倒なところではあるが、一体何の用だろう。王太子として、いつもはてんやわんやとしてるのに。……いや、割とのらりくらりか。
「ふぅ、相変わらずの殺傷力だな。いや、君宛てにな、見合いの手紙が大量に届いてるんだ」
「あぁ、わざわざすみません。全部断ります」
「早いな。内容も見てないのに。まぁ俺が先に焼き捨てておいたが」
「何してんすか」
ボクがボクだから良かったが。どうするつもりだったんだ、ボクが絶賛婚活中だったら。……なんか自分で考えてて気持ち悪くなってきた。やめよ。
「ただその中に無視できないものがあってな。エルフの国から一通来てたんだよ」
「エルフ!! ボク、会ってみたいです!」
そうだよ、こういうのだよ! 異世界に来て、悪魔がどうとか戦闘がどうとか、そういうのは求めてないんだって。ロマンだよ、ロマン。長耳、長命、美形! そういうのだよ!
「そうか。じゃあ招待に応じようか。というのもな、その者の名前はルヴァルク・アランレームと言うんだが……」
「暴風の!」
「そう。よく覚えてたな」
第七の剣が暴風の聖剣アランレームだったはずだ。ボクの記憶では。そうかそうか。……いや、そうだよな。勝手に聖剣を持ってるのはみんな人間のイメージではあったが、そりゃあ他種族だっているか。
「ただ俺としても、可愛い妹を一人で向かわせるのも不安なんだ。だからメルナも不安だったら、俺が——」
「アルさん、一緒に行きませんか?」
「あぁ、いいぞ。ナナも連れて、近々行こうか。前はタロンだったから、拗ねてたぞ」
「おーい、妹達。俺を無視しないでくれ。悲しくなる」
流れるように許可してくれたが、騎士団の仕事とかは大丈夫なのかな? まぁ大丈夫なんだろうな。きっと。副団長はドーロさん、だっけか。ボクはあんまり会ったことないけど、その人とかに頼むのかな。
「お兄様っ、落ち込まないでください! ほら、ボクのとびきりスマイルをあげますから!」
「ぐはぁっ! やめ、やめてくれ……ぐはっ!」
上目遣いのキャピキャピな笑顔、それ一つでベルアルド殿下は撃沈した。あんまりこういう武器を乱用するのはどうかと思うけど……うん。使えるものは使わないとね。
「あらあら、元気そうね、メルナちゃん」
「ハッ……!!」
「じゃ、私と魔法のお勉強に行きましょうか。それとも……ふふ、秘密の特訓でもしてあげましょうか?」
「あ、あ……お手柔らかに……あぁーっ!」
肉体的にはすっかりヘロヘロだと言うのに。ボクの回収にやってきたミリア殿下に抱き抱えられ、そのまま連れて行かれる。この王家は女性陣が強すぎるんだ。こう、なんというか……押しが。……ルーク殿下を見習ってほしいよ。
「かッはは! みッともねェな、おま……にャッ!?」
「お前も来るんだよ、ドラ猫がっ!」
「やめろ! 俺様は……あァーッ!」
逃げようとするゼルの尻尾をしかと掴みながら。ただ次の修行場に連れて行かれていた。逃げようとしたら逃げられるだろうが……もし捕まったら。考えるだけで悍ましいよ。
それからどれほどか。日が暮れるまでずっと、魔力を練り続けていた。一つずつ、魔力を紐解いて、出力を底上げするために。そして何より、魔力効率と魔法の精度を高めるための訓練。
「あっ、あぁーっ……限界です。も、もう……死ぬぅ……助けてぇ……」
「ふふ、はいはい。お疲れ様。もうすぐアルが来るからね、それまでは私が引っ張り出してあげますよ」
「うわぁっ、あぁーっ!」
「にャーッ! 俺様の尻尾を握るんじャねェッ!!」
絞り取られるように、全身が酷く引き攣るまで。ただずっと、まさに雑巾のように扱われ。それからアルさんに回収されて、ナナに全身マッサージをしてもらったときには魔力はほんの少しも残ってはいなかった。




