№28. ツクヨミ
高い音。手錠と鎖が断ち切られ、甲高い音が床を叩きつける。大きなため息を吐きながらゼルシアスは大きな腰を上げた。ボク達の三倍か四倍か、見上げてもよく見えないほどに大きい。そんな身体を捻りながら、準備運動だと言わんばかりに肩を回して——
「なぁ。お前って肩は四つあるの? それとも二つ?」
「真剣な顔しやがッて、んなこと気にしてたのかよ。肩は二つだ。脇が四つ」
なんか、こういうやついたよなぁ。なんだっけ。観音様……じゃなくて。えっと、阿修羅、も少し違うか。やっぱりアレなのかな。頭洗うのは二倍の速さだったりするのかな。脇の匂いも二倍だったりするのかな。
「あ、お前なんか酷いこと考えてんだろ」
「いや、別に」
単純な興味だからな。酷いことじゃないよ。そもそも悪魔の思う酷いことってのが分からないところだが。
「まァいいや。じャあ例の特ダネについて話すとするか」
「さっきの話じゃなかったのかよ」
「蹴るなッて」
話せよ、ともう一度軽い蹴りを入れながら。少し身体が浮いたような感覚に襲われる。そろそろ眠くなってきた。ちょっと酷使しすぎたかな。こんな華奢で可憐で可愛い身体を……。
「まァなんだ。悪魔の一部にャあな、ちョッとした伝承みてェなのがあるんだよ」
「伝承……?」
「細けェ話は忘れちまッたがなァ、『聖剣と魔剣、二つを統べし者、世界をうんたらかんたら』ッてな」
「大事なところが抜けてんじゃねぇかよ」
バカなんだな、コイツは。肝心なところが抜けてるが……それにしても魔剣、か。聖剣なんてものがあるんだから、そういうものがある可能性自体は考えなかったわけでもないが。
「お姉様、魔剣ってなんですか?」
「詳しくは私も知らないが……。悪魔が持つ強大な武器、という認識でいいと思うぞ。ただ、聖剣よりも記録は少ないな」
「なんだお前ら、姉妹なのか。似てねェな。……なァおい、無視すんなッて。……なァ」
それこそイメージだけなら、聖剣も魔剣も変わらない気がするんだけどな。そうじゃないのかな。……話からするに本質的には違わなそうだけど。
「魔剣ってなんなんだ、ゼルシアス」
「俺様が知ッてんのは一つだ。魔剣ツクヨミ、そいつだけは主を待って世界のどこかに眠ってるって話だぜ。他は大魔公の奴らが所有してるとかなんとか」
「ツクヨミ……」
なんというか、明らかに……うん。ボクの聖剣がアマテラスなら、たぶん待ってる主っていうのは……。探した方がいいのかな。でも手掛かりがなさすぎるし、そこまで興味があるわけでも……。いや、ロマンはあるけどね。
「俺様の話は終わりだ。じャあな」
「あ、おい……!」
そのまま、彼はその場から姿を消した。終わったからか、緊張の糸が切れ。倒れそうになるのをアルさんに支えてもらう。堪えていた熱が、この部屋の異臭が次第に身体を蝕むようで……不快、その一言で片付けられるものではなかった。
「おっと、大丈夫か?」
「ありがとうございます、お姉様。……でも他の悪魔を処理しないと。ゼルシアスとは訳が違いますから。……まぁアイツもこれまで、どれだけ殺したのかは知りませんが」
「そうだな。だがそれは私に任せておけ」
一つずつ鉄の扉を開けていき。一つずつ、首を落とす。どいつもこいつも、アルさんの顔を見るや否や醜悪な視線を向けていた。ヤツらは知能こそあれど、その醜い本能のままに生きているんだ。
そうして地下の解放と粛清は終わった。地上ではすでにタロンが準備を進めており、半分悪魔となってしまった被害者を乗せるための馬車を引き出していた。侯爵が捕らわれたことでこの領地は空いてしまうが、一時的に隣の伯爵に統治してもらうとかなんとか。
「姫様、申し訳ございませぬ。この長い道のりを歩かせることになってしまい……」
「いや、構わぬよ。私は元気なんだからな。それよりメルナの具合は平気か?」
「はい……ボクはなんとか。少し熱が出ただけで、変わらず悪いものはありませんよ」
「そうか。ならいいんだが」
タロンにおんぶをしてもらいながら、隣を歩くアルさんに返事をした。悪魔の因子が原因というより、それを無力化するために体力を使ったせいだろう。だから何も問題はなく。……いや、一つだけ問題があったか。大いに。
「ハハッ! 情けねェな、お前。自分の脚で歩けねェなんてよォ」
「黙れよ。お前がこの世にいなけりゃこんなことにはならなかったんだ」
「酷ェなァ。こんな愛くるしい俺様になんてことを言うんだ」
「ボクの方が愛くるしいに決まってるだろ」
ぐったりとタロンの背中に体重を預けるボクの肩から、ひょっこりとソイツは顔を出した。三〇センチかそれくらい。碧眼の黒猫だ。真っ黒な、それこそ魔女の隣にいそうな。顔だけは良い猫になっていた。
「なんでお前なんかが……」
「仕方ねェだろうが。お前が俺様に血を飲ませるから、魂が縛られちまッたんだよ。飲ませる必要なかったのに」
「てめッ……!」
「痛ェッ! 何すんだ!」
あーぁ、とため息を見せたそのドラ猫に頭突きを喰らわせてやった。猫のくせになんて生意気なんだ、コイツは。生意気なのは普通の猫の特権だってのに。この悪魔め。
「まぁいいではないか。メルナが猫といると絵になるよ。いつもより可愛く見える」
「……じゃあまぁ……はい。ドブ川に捨てるのはやめておきます」
「なんでお前、俺様にそんな冷たいわけ?」
そのままタロンの背中で揺られていると、ボクの頭はウトウトと船を漕ぎ始めた。瞼は震えて、少しずつ、少しずつ。不服ながら、猫は猫なんだ。そのフカフカにいつしか意識を委ねていた。




