№27. その者の名はゼルシアス
そこは鉄の匂いが凄まじく、ただひたすらに薄暗かった。光という光もなく、ライトの差し込む光だけが足元を照らしている。
「……まぁ、予想はしてましたが……。捕らえられていましたか」
「そうだな。戦闘にはならなそうで安心したよ」
壊した扉の先、広めの空間の更に先には一つの牢屋と鉄の扉で塞がれた部屋がいくつかあった。そしてその牢に囚われていたのは、やはり人の姿に近い悪魔だ。五メートルほどの体躯で、特筆すべきなのは腕が四つあること。そのどれもが魔障石の鎖に繋がれ、自由を奪われている。
「……あ? キースの野郎じゃねェな。良い女が二人してどうした? 抱かれに来たか?」
「流暢な口だな。アイツなら私達が捕らえさせてもらった」
キースというと……侯爵の名前がそんなだったか。いや、そんなことはどうだっていいんだ。恐らく扉の向こうの部屋にも悪魔はいるんだろうが、そいつらとこの悪魔では何かが違うのだろうか。
「なぁ、お前はなんだ? 侯爵とはどんな関係だ?」
「どんなッて、見りャ分かんだろうが。俺様は囚人、アイツは看守ッてところか。いや、看守ッつーよりマッドサイエンティストだな。はッはッ、にしてもやられたのか。ざまァねェぜ」
まぁ……うん。そうか。分かりきった質問だったな。つまりコイツはモルモットってわけだ。腑に落ちないのは、なぜこんな悪魔がヴァルタリオ……キースに捕まったのか、だが。
「俺様はゼルシアス、あの野郎には血液やら何やらを取られてな。たまったもんじゃなかったよ。で、お前らの方こそ何モンだ?」
「……ボクはメルナ・アマテラス。こちらは……王女様だ。お前なんかが呼んでいい名前ではない」
「だはッ! お堅ェこッて。物騒な姫様もいたもんだな」
なんとなく、見えてきた。この悪魔……ゼルシアスから悪魔の因子を採取し、他の部屋に閉じ込められたヤツら……下級の悪魔を人と交配させたんだ。……知ったところで、だな。
「……どうしましょう、お姉様。悪魔は殺すのが鉄則でしょうが……」
「身動き取れない者の首を落とすのも気が引けるなぁ。……いや、仕方あるまい」
「おォッと、待て待て! ちッたァ俺様の話を聞いてくれや」
聞いていたんだが、と、明らかに顔を歪ませながらそちらを振り向く。何かを企んでいそうな目つきが気に入らない。が、別に今は急ぎでもないからな。話くらい聞いてやるか。
「なんだ。少しは聞くよ」
「ふふ、気前がいいな。……結論から言うが、俺様と契約しようぜ? 俺様は殺されたくねぇ。お前さんらは悪魔を見逃すわけにはいかねぇ。要はそんなとこだろ?」
「契約?」
「『悪魔の契約』、つまり血の契りだよ。それはただの口約束ではなく、魂同士を結びつける儀式。……受けるかどうかは任せるが、メルナ。慎重にな」
ふむ……。まぁいわゆる悪魔とのやり取りみたいなもんか。血の契りと言うには、破れば死ぬか隷属されるか。いずれにせよ危険も伴うものか。
「ゼルシアス、話してみろ。内容によっては受けてやってもいい」
「いやァ、俺様もこんな目に遭っちゃあ懲り懲りよ。一つ、『お前らは今、この俺様を見逃すこと』。二つ、『俺様は今後一切、人間を傷つけないこと』……これでどうだ? 悪くないだろ」
「なるほど……」
人間に害は及ぼさないから今は見逃せってことか。こっちに課せられるものは少ないな。今見逃せば契約成立。以後出会ったとて、そのときは殺すことも許される、か。
「ふふっ。ノー、ノー。ダメだよ、ゼルシアス。そりゃあ釣り合ってない。そもそもお前を殺せばお前に殺される人間も出ないんだ。少し条件が足りないな」
「……はッ、そりゃそうか。できるだけ安価に、と思ったがなぁ。……じゃあもう一つ。『俺様はお前らに情報を与える』、これでどうだ?」
「内容によるでしょ」
「特ダネだよ。契約内容だ。そう簡単にゃ教えられんが、お前らにもそう無関係の話じゃない。約束しよう」
……どうしたものか。ぶっちゃけたところ、人を襲わないならコイツを殺す必要もさほどない。ただその特ダネの情報とやらがどれほどのものか、それが分からないには……なんともなぁ。騙されるのは癪だし。
「アルさん、いいですかね?」
「メルナがいいならな。損のある内容ではない。お前に任せるよ」
「……よし、その条件で飲もう。『ボク達が今、お前を見逃すこと』『お前は人間を襲わないこと』『お前の持つその特ダネとやらを話すこと』。この三つだ」
「よしっ! じゃあ血を一滴、俺様の口に垂らせ」
言われた通り、アマテラスで左の親指を浅く斬った。ツゥと一滴、赤い鮮血が滴る。重力に引っ張られ彼の口の中に。ちょっと痛いが……まぁ先のこととと比べればまだマシだ。
「……クハハッ! よォし、契約成立だ! よし、よし……フハハッ!」
「いいから話せ。斬るぞ」
「ぐあァ! 待てッ! 待てッつッてんだろ! テメッ……面が良いからッて許されると思うなよ!」
鎖に繋がれたままのゼルシアスの腹を蹴りで小突きながら。何も彼に用があるわけじゃないんだ。ボク達にも関係ある話があるって言うから契約を結んだんだから。実のない話だったら斬るぞ。ホントに。
「俺様ァよ、魔王ッつーな、そりャあ偉ェ悪魔なんだよ。大魔公の一つだけ下だ。分かりやすく言えばな。どーだ。ビビッたか?」
「それで、なんでその魔王サマが捕まってんだよ?」
「はァ〜、つまんねーな。えッと……いつぐらいだったか。ずッと昔、こッぴどくボコボコにされてなァ。なんとか逃げ出したもんだが、そこで倒れちまッて、気づけばここにいたッつーわけよ」
何かと思えば、そんな話か。過去の話には興味がないんだがな。騙されたんなら……一旦斬ってやろうか。そう思った矢先、飛び出した名前に手が止まった。
「第一の聖剣……つまり筆頭聖卿。『堕天の聖剣』アルスメードの主、ロード・アルスメード。今はどこにいるのか、そんなことは当然知らないが。お前も聖剣持ちなら、こういう話は興味があろう?」
「気づいてたのか。……興味はない、こともないけど。どうせお前がその後のことを知らないなら、そんな話に意味はないじゃないか」
「ふふ、んなこと言ッてんじャねェのよ。俺様みてェなモンも抵抗できずにやられるッて話をしてんだ」
それはそうだろうが……。確かにゼルシアスは強い。魔障石に繋がれていても、威圧感だけは存在する。もし自由な状態なら、その威圧だけでこの部屋は崩れるだろう。ただこちらとしても、前に龍を屠るシアを見てるんだ。驚きは大きくない。ボクとしても、目指す高みではあろうが……。
「あの男は人間の味方じャあねェぞ。悪魔の味方でもねェがな」
「……つまり?」
「お前も有名人なんだろ? 何らかの形で狙われるかもしれねェッてんだ。人類最強の男によォ」
その言葉はボクの心臓を抉るような。ただでさえ異世界で手一杯なのに、人間にも……いや、分かってはいたことか。でも、今は戦闘後なんだ。散々悪魔の因子に苛まれ……なんか腹立ってきたな。
「お前のせいなんだよ!」
「痛ェ! おい、蹴るんじャねェッて! てか手錠外せよ! 俺様はもう話したろうが!!」
コイツがいたからボクに因子を埋め込まれたんだ。痛かったんだぞ。馬鹿みたいに。思い返すだけで腹の底が蠢き、逆恨みに近い蹴りを喰らわせ続けた。




