№26. 悪魔の住む部屋
「はぁっ、はぁっ……すぅーっ」
「そうです。呼吸を深く。意識を手放してはなりません」
呼吸を繰り返す。肺が、全身を巡る血が熱く、痛い。それに耐えかねて目からは雫が垂れるけれど、それすら気にする余裕がなく。ボクの小さな手が一生懸命にタロンのシャツを掴んでいた。
「……姫様、そちらは……」
「そろそろ片付く。タロンはメルナをちゃんと支えてくれ」
「はっ」
遠くから聞こえるのは鉄が触れ合うような音、そして肉の裂ける音。それをよそに、一層抱えられる力が強くなった。ゆっくり、ゆっくり……。意識が少しずつ落ち着いていく。痛みは引かない。熱も引かない。けれど冷静さが次第にボクの手元に帰ってきた。
「ふぅ……ふぅ。すみません、少し……っ」
「な、何をするおつもりですか!?」
「仕方、ないでしょ……っ。このままじゃ……呑まれるから。聖剣には対魔の加護がある……っ!」
タロンに支えられたままアマテラスを持ち直し、その刃を自身に向ける。加えて炎の魔力も引き出し、刀身に纏わせた。詳しくはないが、この状況なら氷よりも炎で止血した方がいいかな。凍えちゃうもんな。
「ふぅーっ、ふぅーっ! ぐっ、あぁぅ……っ!」
剣の先端を浅く、けれど確かに自分の肩に突き刺した。ジュウ、と短く焼ける音。同時に今までの不快な熱とは違う、血液が巡るような温かさが全身に回った。痛みは大きいが、死ぬことはない。死ななければ、まだなんとか……っ。
「っ……。申し訳ございません、私めが無力なばかりに……っ」
「はっ、はっ……。気にしないで。……タロンが来なかったら忍びにやられてたから」
彼に肩を布で縛ってもらいながら、よろよろと立ち上がった。いつまでも休んではいられない。元凶を止めたとて、まだ終わったわけじゃない。できれば加勢も……と、そう思った矢先に。目元を拭っている間にユルヴァの背中は当然に緩み、そのまま床に倒れ込んだ。
「はぁっ、はぁっ。……メルナ! 平気か!?」
「わぷっ。私はなんとか。お姉様の方も?」
「あぁ、今終わったところだ。パワーは大したものだが、体力がなかったようでな。待っててくれ。魔障石の手錠か鎖を探してくる」
「あ、はい」
龍ほどではなかったにせよ、変異したユルヴァはそこらの魔物や悪魔よりもよっぽど強かったろうに。それでも傷一つ負わず、まだ走り回る元気があるとは……。彼女はパワーも技量も確かだが、素早さが突出してるのだろうか。と、そんな感嘆も束の間、いやらしい声をまた聞くことになった。
「くくっ……負けてしまいましたか。流石ですね……」
「……両脚を失っても、まだ余裕だな。こっちはいつでも殺せるんだよ。少しは慌てたら?」
「殺せる、ですか。それがどうしたのですか? あなた方に殺されるなら、私の命にも価値があるというものでしょう」
そうか。これがコイツの根本か。人の命はどう生きるかではなく、どう死ぬかにあると、本気でそう思ってるんだ。場合によっちゃそれももっともかもしれないが、免罪符にはなるまい。
「……これだけじゃないだろ、被害者は。アンタ、他の部屋はどこにある」
「さぁ、どこでしたか……」
「そうか。じゃあもういい」
「がッ……!!」
協力的な姿勢を見せないのなら。ボクは思い切りその顔面に拳を振り下ろした。床を叩き割りながら、頭蓋をも砕く勢いで。もちろん、こんな無抵抗のヤツを殺す趣味もない。白目を晒して気絶する程度に収めてやったさ。
「よしっ、よし! あったぞ、メルナ、タロン! コレでユルヴァと侯爵を捕らえておこう」
「早いですね、お姉様」
身動きが取れないように、そして魔力を練れないように。鎖は隙間なく身体に巻きつけ、手錠は背後で嵌めさせた。これで暴れることはないだろう。さて……あとは生存者がいれば、それだけ連れ出して——
「メルナは平気なのか? 身体に異変は?」
「あ、はい。思ったより大丈夫ですよ、もう。まだ少し痛みと怠さはありますが、悪いようなものはなさそうです」
「……そうか、それならいいんだ。いや、すまないな。ユルヴァのことがあったから、どうにも」
「いえ、仕方ないでしょう。とにかく、ボクは大丈夫ですよ」
できるだけ痛みを見せないように、柔らかい笑顔を向けて見せた。傷は痛いが。気分がいいというわけではないが、何か悪いものが体内にある感覚もない。綺麗なまでに今まで通り。……傷は痛いが。
「生存者がいたら王宮で保護しよう。隅々まで探すぞ」
「はい、もちろんです」
そう答えながら、部屋の一つ一つを開けていく。鼻を突く鉄の香り、床に張り付く体液。大半は内臓と骨を散らかして腐った肉片ばかりだが、中には死にかけの人間も……元人間もいる。全て、生きる気力は見えないが。
「今生きてる人達は、たぶん、すぐに死ぬようなことはないでしょう。見たところ、ボクに入れられたものより量は少なそうだ。急いで悪魔の因子を分解する必要はないし、そもそもボク以外に効果があるのかも分かりませんから……」
「そうだな。ひとまずは解放だけだ。タロン。悪いがユルヴァと一緒に彼らも連れ出してくれるか?」
「はっ、仰せの通りに。お二方……特にメルナ様は、くれぐれも無理をなさらないように」
「うん。肝に銘じるよ」
タロンはボク達から別れ、ボクとアルさんはそのまま探索を進めた。資料やら何やら、色々あるがそれはボク達には分からない。
ただ一つ、ここには悪魔もいるはずだ。協力者なのか、あるいは捕まっているか。いずれにせよ、因子を取り出すための、そして人と交配させるための悪魔が。
「……いかにもだな」
「……いかにもですね」
地下室の最奥、そこにあったのはボクの身長の二倍はあるであろう大扉。その中心には何重にもかけられた鍵に、そして向こう側から漂うドス黒い気配。ボクとアルさんは刃を抜き、一振り。その扉を斬り開いた。




