№24. ヴァルタリオ侯爵領
山を離れ、馬車に乗り込み。また侯爵邸へと戻る。最悪野宿も覚悟していたが、思いの外早く片付いたのは幸か不幸か……。ただ厳密には片付いたわけでもない。真に片付けるべきなのはその元凶なのだから。
「悪魔を討伐し、今帰った。侯爵はどこだ!」
「ア、アルナリュート殿下! お早いお帰りで……。主はただいま領内の視察、記録に赴いており……しかしすぐに帰られると思いますが」
「くそっ。間が悪いな。仕方ない。とりあえず通してくれるか?」
「は、はい! もちろんです!」
屋敷に戻り、簡単に門番と言葉を交わしながらその敷地に足を踏み入れた。この屋敷の主はいないものの、使用人達がテキパキと働く姿が目に入る。洗濯やらなんやら、忙しいところを悪くも思うが……ボクらとて同じだ。そのまま案内された部屋に腰を下ろして一息ついた。
「ふぅ……申し訳ございません。私めには少々……厳しいスケジュールになってしまって……」
「あぁ、休め。流石に馬車で走り過ぎたな。そろそろ八〇だろう? 無理もない」
「では少し……お言葉に甘えまして……」
ぐったりと、彼もまたソファに身を沈める。八〇だったのか。あんなに軽やかな身のこなしだから……外見を加味してせいぜい六〇後半か七〇ほどだと思っていたが。ご老体を労わるどころか、働かせ過ぎたかな。
「時にメルナ、お前はどう思うんだ?」
「……正直、証拠が少な過ぎるので直感に頼るしかありませんが……。もしボクの読みが当たってるのであれば、これは民間がどうこうできる範囲ではありません。ましてや侯爵お抱えの騎士団、それを動かすとなれば——」
「そうだな。行方不明者の急増というのは、そもそも偽りの報告なのかもしれない。……タロン、言うまでもないがお前はここで休んでおけ。ヘトヘトの状態では万が一のとき、守れないかもしれん」
「守るのは私の役目なのですが……釘を刺されては仕方ありません。嫌な気配を察知したらすぐに駆けつけます」
タロンにそう残し、ボクとアルさんは腰を上げた。あくまで可能性の域を出ない。証拠も少ない、直感の話だ。それでも……ここには不思議な箇所がある。
「……執務室、ここですね。この部屋だけは不思議なくらいに魔力を感じない」
「魔障石でも使われているのか? まぁいい、とりあえず……」
許可なく侯爵の執務室に侵入するのもどうかとは思うが、仕方ない。もし違ったのなら謝ればいいさ。幸いアルさんは王室騎士団長であって王女でもある。ボクにだって王妃の娘で聖剣持ち、加えて国家特異武官という立場もある。調査という名目で、一体誰が文句を言えようか。
「メルナ様、アルナリュート殿下! 困ります。旦那様のご不在時に……」
「安心しろ。何もなければ荒らしはしないし謝罪もする。ただ今は手を出すな」
「……そ、そこまで言われるのでしたら」
少なくともこんな風に、屋敷の使用人が強く出ることはそうない。制止されることもなく、その重厚な扉を開くと。広がっていたのはあまりに凡庸な、そして輝かしい部屋だった。怪しい物は見当たらない、普通の部屋。けれどやはり、異常に魔力の残りや漏れがない。
「……っ、ここです。ここだけ何かが変だ」
「よくやった。退け、私が開いてやる」
隠し通路を見つけたのは部屋の奥、本棚をずらした下に金属の蓋をされていた。カーペットで隠れてはいたが、そこは特に魔力を弾こうとしていたんだ。地下の魔力を隠すためには、地上の魔力も遮断することになってしまう。ボクがいたのが災難だったか。
「……じゃあ、降りるぞ、メルナ」
「はい。慎重に、お姉様」
蓋を開くと、人が一人、やっと通れるような小さな通路、そこに鉄梯子がかかっていた。一歩、一歩。慎重に降りるたびに、ドス黒い匂いが強くなる。まさか、とは思っていたが、こうなるといよいよ……犯人は一人しかいない。
「ゔっ……うぇ!」
「これは……っ!」
目の前の光景に息を吸うのもままならず、臓物が口から溢れそうなほどだった。それは地獄なんて生優しいものではない。死体も多いが、そればかりじゃなかったんだ。
みんな、その地下牢に閉じ込められ。ある者は吊るされ、臓物まで引き裂かれ。ある者は四肢を失い、虚空を見つめ。またある者は……まさに理性を溶かされ、身体が変異していたり。およそ人間のものとは思えず……そのとき。ガチャン、と、背後で何かが閉じた。
「っ……!?」
「誘惑鬼はなかなか成功していたのですが……まさかバレてしまうとはね。舐めていましたよ、お二人とも」
「あの悪魔には人間の魔力が混ざっていました。よく思い返せば、戦場と思われるところの痕もそうだった。……騎士団とやらも、すでに人間と呼べるようなものではなかったのでしょう?」
そう言いながら、ボクの眼光は侯爵を捉えた。優しかった柔らかい笑みも、今ではどこまでも憎たらしい。人の命に価値を見出していない……あるいは命を低俗な価値で決めているような下衆の瞳。
「街の行方不明者もそうだ。姿を見失ったのではない。攫って、実験体にしてるんだ。ここにいるのは死んだとされた騎士団員、消えた領民。全てだ。全てここにいる。……いや、『いた』はずだ。……お前はァ! ここで何をしてるんだ! ヴァルタリオ!!」
「ふはっ! 簡単な話ですよ。分かってるでしょ……ぶッ!?」
言い終わるよりも速く、ボクの拳はヤツの顔面を殴り飛ばしていた。地下の壁にぶつかりながら、侯爵は身体を削りながら転がる。手の骨は痛むし、ポタポタと血も流している。それがなんだ。今は斬るより殴るの方がボクの趣味だ。




