№23. 悪魔の違和感
「どうだ、メルナ? 魔力か瘴気の痕跡は見つかったか?」
「……はい。微弱ながら、山の方に向かってそうです。たぶん……登ったんじゃないかな」
「でかしたぞ。案内してくれるか?」
「はい、もちろん」
指差したのは獣道のような……要は道なき道だ。その中に少し、魔力の残りがある。足跡とはまた違う……見えない血痕のようなものだ。見たところ新しいと思うが……探偵じゃない。いつ頃のものか、そこまではボクには分からない。
「険しい道にございます。私が先導いたしましょう」
「悪いな。頼むよ」
タロンが前を行き、木の枝や土を払う。その様子を見ながらも、ボクの眼はその魔力の痕を追いかけていた。予想できるのは麓での戦闘で魔力を使い、山の中腹辺りに帰った、といったところだろう。あるいは……いや、ないか。ないと思うのだが——
「……どうした、メルナ。しかめっ面をして」
「いえ、大したことでは。……ただ少し、違和感があって」
「違和感? どうかしたのか?」
「なんとも言葉にはし難いのですが……」
確かに、先ほどの魔力は人間と悪魔のものが混ざった、つまり戦闘の痕ではある。ただ何か……何かが違うような。悪魔がいたというのは事実だろう。それに騎士団が操られた、というのも。それでもどうにも、何かが引っ掛かる。
「よく分からないんですよ。何が違和感なのか。とりあえず、例の悪魔を討つこととしましょう。ほら、近づいて来ましたよ」
「そうか。……ここまで来ると私でも感知できるぞ。タロンも気をつけてくれ」
「お気遣い感謝します」
ゆっくりと、重いエネルギーが流れてくる。魔力だけじゃない。瘴気だ。魔のモノ特有の、精神を揺さぶる力。恐らくコレに、理性を溶かす作用があるのだろう。ほんのりと甘いような香りが漂っていた。
「……少しフワフワしてきた。タロン、アルお姉様、大丈夫ですか?」
「えぇ、確かに多少の影響はありますが……。ご安心くだされ、この程度なら私の魔力を揺らすほどではございません」
「私も同じだ。問題ない」
人を操るという性質上、この瘴気は初期段階、つまり誘惑のような効果といったところか。この段階で問題ないということは、どう転んでも催眠に嵌まるようなことにはならないはずだ。まぁアルさんに関して言えば懸念もなかったが……。
「……見えてきましたぞ。……メルナお嬢様、アレが例の悪魔で間違いありませんか?」
「うん。魔力の元はアレだよ」
視線の先に現れたのは、紫色の肌をした、人型の悪魔だった。特筆すべき要素とすれば、体長およそ三メートルの巨体に黒い片翼、角が一つ。そして知性があるとは思えないような濁った瞳に牙を覗かせるような半開きの口。
「……アレが悪魔か? とても賢そうには見えないな。おい、貴様! 貴様は鬼の類か!?」
「ギャウ……ガッ、ガッ……」
「反応がないな」
アルさんの呼びかけにも応じない。悪魔は魔物や魔獣と異なり、確かな生命体だ。魔力や瘴気の澱みによって形成された怪異である魔物や、澱みが宿った元生物である魔獣に対して、悪魔は『そういう』生命として生まれたもの。だからこそ、どれだけ低級であれ多少の知能はあるはずなんだが……。
「はぁ……。とんだ拍子抜けですな。お二人はそちらでお待ちください。あなた方が手を汚すまでもない。私が片付けましょう」
「え? あ、はい」
少し強気な口調のまま、タロンは細長い剣を抜いた。彼から立ち昇る魔力からは大した圧も感じられないが、その反面、洗練された……まるで絹のようでもあった。
「『鳥の囀り』!」
「ギャッ……!?」
「っ……!」
一瞬のことだった。タロンが跳ね上がったかと思えば、まるで独楽のように回転したと同時、その剣の刃が無数の斬撃を飛ばした。ボクもその全てを目視できたわけではないが……それは嵐のような魔力だった。たぶん、風の魔力による技だ。
「ふぅ……いけませんな。歳を取るとこれだけで節々が痛んでしまう」
「だがキレは衰えていないぞ。流石だな、タロン」
「ふふ、お世辞でも嬉しゅうございます」
すっかり息絶えた悪魔をよそに、タロンとアルさんはそんな言葉を交わしている。爺さんのくせに……化け物みたいな強さだな。確かにこの一振りで息を上げてはいるが、若い頃は何者だったのか。……だが、それは一旦後だ。
「少し、この死体を調べさせてもらいますね」
「検死か? 何か気になると言ってたな。分かるものなのか?」
「さぁ……。見てみないことには……」
そう言いつつも、ボクはその巨体に近づいていた。心臓も息も、魔力の流れも止まっている。呆気なかったが死んでいるのは確かだな。そして身体の崩れも少ない。……生命体であることも確実だ。
「瘴気も消えて、誘惑の効果も消えてますね。この山には他の魔力も見当たらないし、例の悪魔っていうのは確かにコイツでしょう。……ゔっ、おぇっ」
「おい、メルナ! 無茶をするな!」
「げふっ……い、いえ。……この程度……っ」
アマテラスを肉に突き刺し、掻っ捌く。内臓やらなんやら、そういうものに詳しくはないが。体感で知っていることはある。腹にある魔力の源、死後まもない今なら感知くらいはできるだろう。それを感じるには、肉の壁は邪魔だ。
「……やっぱり、妙だとは思ったんです。騎士団を壊滅させたという悪魔、同士討ちをさせたとて……本当にこの程度の相手に手も足も出なかったのか。……元からその騎士団もマトモじゃなかったんじゃ、って。よく考えればこの街の行方不明者が増えたことに……この魔物がどう関与してるのかも分からなかった」
「つまり、何が言いたい? メルナ、お前は今、何を見たんだ? その悪魔の中に……何があった?」
「コイツは悪魔じゃない。いや、悪魔ではあるんですが……悪魔ではないんです」
自分でもおかしなことを言っていると自覚はしている。歪な現実だと分かってはいる。だからこそ、脳が理解を拒むようだけれど。ボクは仇討ちなんてのは柄じゃないが、こうなってくると……マトモな感性の人間ならば、殺意の一つや二つは湧いてくるだろう。




