№21. デートと言っても過言じゃない
「んん……。長いですね」
「走っていけば早く着くんだがな」
「はは、流石に疲れますよ」
披露目の儀が終わって数日。ボクはアルさんと二人で馬車に揺られていた。御者こそいるものの、この小さな箱の中には二人だけだ。実質デートと言っても過言ではない。もっとも、これは国王様から与えられた任務。そう気楽なものでもないのだが——
◇◇◇
例の儀から翌日のこと。王宮は日常を取り戻していた。昨夜は貴族から見合いの誘いがあまりに多く、それを捌いていた記憶しかない。残念だったな。ボクは中身は男だからな、野郎に興味はないんだ。
「……あれ。ナナー!」
「はい、お呼びでしょうか?」
「うん。あの、シアはどうしたの?」
三週間、私のベッドには彼女も入り込んで、それは狭いものだったが。今はその姿がない。空間が広くなって快適ではあるものの、急にいなくなる寂しくもある。
「シア様は早朝に出立なさいました。起こすのも悪いと、何も残さずに」
「そっか……。世話にはなったし挨拶はしたかったけど……まぁいつでも会えるか」
ボクのあの人も聖剣持ちだ。ボクがもっと強くなれば、いつか会うことにはなるだろう。あまりにあっさりし過ぎでは、と思わないでもないが。まぁシアらしいか。
「メルナお嬢様。本日は国王陛下がお呼びです。九の刻になりましたらお向かいください」
「お父様が? 分かった。それまでに準備を終わらせとこうか」
「はい。朝食とお召し物は用意済みでございます」
「はは、流石だね」
顔を洗ってくるから待ってて、と立ち上がり、ボクは洗面所に向かった。国王様が……披露目の儀に関する話だろうか。だが終わった話だもんな。分かんねーや。
清潔な水と柔らかい布、用意されたそれを使って顔を洗う。肌に気を使う性格でもないのだが、心地が良いのは嬉しいものだな。
「……それでナナ、詳しいことは何か聞いてるの?」
「いえ、私は指示を聞いただけですので。詳細は存じ上げておりません」
「そっか。まぁ聞けば分かる話ってことだね」
スープとパンを食べながら、そんな会話を弾ませる。今は七の刻と少し、分かりやすく言えば七時半くらいだ。もっとも、この世界は一日が地球のそれより少し長いから、厳密には少しズレるだろうが。
「ごちそさま。さ、じゃあシャワーでも浴びてくるよ。服、準備しといて」
「浴場ですか?」
「いや、ここの個室だよ」
あそこに行くと誰に捕まるか分からないからな。風呂に浸かるならあっちの方が広くて好きだが、朝はその必要もない。
ふぅ、と息を吐きながら、冷たい水で全身を流す。汗が綺麗さっぱり、肌から離れる感覚が清々しい。シャワールームを後にし、大きいタオルで水気を拭う。そして薄着を身に纏い、リビングへ向かえばすでにボクの制服が準備されていた。
「お嬢様、こちらにお着替えください。その後は御髪をお梳きしますね」
「うん、頼むね」
そのまま椅子に座り、長い黒髪を梳いてもらう。こう……なんというか。あんまり良くされるのもむず痒いものなんだけど、ナナはなんか楽しそうだし……甘えちゃうな。堕落しちゃうよ。
「さ、仕上がりました。少し休憩したら向かいましょう。謁見室の前まで同行しますね」
「うん、ありがと。ボクもそろそろ構造が分かってきたけどね、やっぱり案内してくれた方が安心だよ」
そんなこんなで数十分、九の刻より十分ほど前、やっとボクは部屋を出た。ナナに先導してもらいながら広く長い廊下を、羽織を靡かせながら歩く。あんまり難しい話はヤダな、なんて考えていると。扉の前、アルさんの姿が見えた。
「アルお姉様、おはようございます。……お姉様も?」
「あぁ、メルナか。おはよう。……そう、私も呼ばれたんだ。恐らく、私達二人に話があるんだろうな」
「ではお二人とも、どうぞ中へ。メルナお嬢様、私はこちらでお待ちしておりますね」
「分かった。待っててね」
◇◇◇
——それからまぁ、国王様からの話があって。ボク達が向かっているのはヴァルタリオ侯爵領だ。なんでもそこの森に人を操る悪魔だかなんだかが現れて大変なんだとか。
「——で、その悪魔がだな。魔力の少ない者の理性を溶かし、支配するのだ。並の騎士ではかえって邪魔になる。だから私達二人で来た、いいな?」
「……アルさんはともかく、ボクは大丈夫なんでしょうか?」
「聖剣には対魔の加護がある。加えてそれだけの魔力だ。問題なかろう」
そうは言っても……多少の不安はあるよな。とはいえ龍ともそれなりに戦えたんだし。搦め手の敵は本体が脆いってのが相場だ。まぁ当てにはならないが。
そんなことを考えながら、ふと資料に目を通す。領民二〇万、平年の領内の死者は五〇〇〇人ほど、行方不明者は二六〇人。そこまではまだいいとして。二年前からその数が急激に上昇、不審に思った侯爵が騎士団を五〇人動かしたところ、全てが消息不明に。うち十六人が帰還したものの、その後死亡。
「この帰った人達が話したのが悪魔に操られた、ってことですか。現状、彼らの証言しか参考にできないんですよね」
「とはいえ仲間同士で戦闘になったのは事実らしいし、およそ間違ってはないだろう。多少の差異はあったとして、注意するべきはそこだ」
まぁ……そうなのだろう。操る能力を持った悪魔なら。ただ違和感があるような……いや、違和感があるというより直感的な、何か深いものがあるんじゃないかと。もっと……もっと何かが、とも思う。
「姫様、見えましたぞ。ヴァルタリオ侯爵邸にございます」
「あぁ。ご苦労だ、タロン」
タロン、という老人はアルさんの執事、ボク達の唯一の同行者だ。老いて足腰が弱いのでは、とも思うが、ただ一人世話係に選ばれたということは、それなりに腕も立つのだろう。
そんな御者、タロンの声に外を見ると、大きな屋敷が見えてきた。風は爽やかで、木々の香りも軽やか、そこに広がる街は王都にも劣らぬ活気。——そんな土地だ。屋敷はといえば、流石に城とは比べられないが、大きいのも確か。いかにもな景色を前に、ボクも少し、やる気が滾っていた気がする。




