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№02. アルとメルナ

 まずは一旦落ち着こう。うん、あるのもないのも後回しだ。まずは現状をちゃんと。


 柳木颯太、十七歳。車に轢かれて死亡、神様によって異世界に転生させられたと。よし。記憶はちゃんとあるな。そこまでは問題ない。


 変わったのは肉体だ。体格も筋力も。生前……というより前世のものとはまるで違う。が……。


「うーん。剣の重さはあまり感じないな」


 試しに振り回してみるけれど、これが鉄の塊とは思えないな。紙切れ、とまでは言わないが。木の枝か何か、負荷にもならない重量のものを持っている気分だ。


 この世界に適応するためか、筋力は相当高くなっているらしい。これは聖剣の加護とやらなのか、肉体に備え付けられたものなのか。いずれにせよ、剣を振るにも旅をするにも困ることはなさそうだ。


「さて……となると。まずは外に出ないとな」


 生きるために必要なもの、衣食住を得るためには街に行かなきゃいけない。サバイバルなんて……できる自信もないし。そしてそのためには言わずもがな、誰かとの交流も必要か。……ははっ、異世界に来ても怖いなんて、呆れちゃうよ。


「いやしかし! 気分は絶好調だ! 心機一転、心機一転!」


 先の不安と寂しさを紛らわすように、ボクは声高々にそう叫んだ。聖剣を握っていれば不思議と心も落ち着くし、力も湧き出てくる。神の加護ってのはこういうことか。いや、まだまだあるんだろうけど。


 緊張しつつも、どこかピクニック気分で一歩一歩と外へ向かう。険しい岩壁を登っても、疲れは塵ほども積もらない。しかも身体も柔らかいし、案外良いものだった。


「ふふーん。いやぁ、どうしよっかな。せっかく転生したんだもんなぁ」


 ただ一人、少し頭を悩ませた。ボクだって健康的な男子なわけで。こんな身体を与えられて。そりゃあもう……ねぇ。試さなきゃ失礼といいますか。罪悪感みたいなものを抱きかけたけども。神様が与えてくださったボクの身体だもんね。うん。


「……ま、人と会わないと何も分からないからな。今は後回しだ」


 声が高く可愛らしいせいで、独り言さえも進んで発したくなる。慣れないな。慣れたくないな。そう思いながら、一つずつ、確実に登った。そして光が差し込んで……視界に入ったのは……。


「は……? なんだ、コレ……」


 見渡す限りの樹海。木ばかりか、蔦も何もかもが生い茂った。そして……魔法と魔法の大合戦。一方は鎧を纏った人間のようだが……もう片方の陣営はなんだ? 巨躯に翼、ツノ。個体差はあるようだが……悪魔、というものに見える。


「に、逃げよう、今のうちに」


 良くか悪くか、彼らは戦に集中しているようだ。転生して早々殺し合いなんて、冗談じゃないぞ。死んだばっかりなんだ。剣があったからって、ボクは生まれも育ちも日本の……っ!


「おい、誰かいるぞ!!」


「うわぁっ!」


 腰を低く撤退しようと、四つん這いで離れているところ。悪魔と思しきヤツの剣が、ボクの眼前に飛んできた。反射的に進行を止め、刺さることはなかったが。あと一瞬でも反応が遅れれば、脳みそが岩壁にぶちまけらていたことだろう。


「ひっ……!」


「あん? なんだ、ちっぽけな小娘じゃねぇか」


 伸ばされた大きな手、鋭い爪。肉を切り裂くような……人を殺すためだけの刃物のような。それが頬のすぐ隣まで……。抜くか? 聖剣を。いや、相手は戦い慣れた異世界人。ボクが戦えるような相手じゃ——


「卑俗な手で触るな!!」


「……くぁっ!」


 殺される、そうビクビクと震える暇もなく。気づけば目の前の悪魔は胸を貫かれ、紫色の血を吹き出して倒れ込んだ。生臭いソレが顔を汚し、嫌な匂いを貼り付ける。


「大丈夫か、お嬢ちゃん」


「は、はいぃぃ……」


 熱い塊が迫り上がり、瞼を濡らしていく。高い声が一層高く響き、ガタガタと激しく震える。死ぬかと思った。殺されるかと思った。目の前の若い女騎士が、ボクの目には神様以上に女神に見えた。


「くっ、ドゥーノがやられた! あの娘だ! 娘をやれ!」


「命を賭して守れ! 我々は騎士団だ!!」


 それからのことはよく覚えていない。ただ陣形が乱れた悪魔側が騎士団と名乗った彼らに押され始め、気づいたときには撤退していた、ということ。ボクはと言えば年甲斐もなく、ただ腕の中で震えていただけだ。


「あの……ありがとう。助けてくれて」


「構わないとも。我々騎士団は命を守るためにある。ほら、こっちを向いて」


「んっ……」


 温かい手に包まらたまま、白いハンカチが顔を拭った。ジワリと紫色が滲み、顔から生臭さが取れる。惚れるぞ。そんなに優しくされたら。


「私はアルナリュート・バラムランデ、騎士団長だ。アルと呼んでくれれば構わない。お嬢ちゃんの名前は? どうしてここに?」


「アル……さん。ボクは——」


 名前……? 柳木颯太、ではあるけれど。それは前世の名前だし男の名前だ。この世界がどんなものか、ボクと同じような転生者がいるのか。それが分からない以上、目立つような名前は避けたい。


「えっと、名前、なくて……。その、色々あって……」


「あぁ、そうなのか……。それは大変だったな」


「……っ!」


 優しく、けれど強く抱きしめられた。半分は嘘、半分は事実。それなのにこんなに優しくしてもらうのは罪悪感がありつつ。けれど見知らぬ土地にいるボクにとっては、これ以上なく頼り甲斐があった。アルさんの髪は銀色に輝き、ほんのり小麦と太陽の香りがした。


「君の漆黒の髪と瞳はどこまでも深く輝いているな。名前がないならメルナと名乗るといい。月の神様の名前だ。ぴったりだろう?」


「はい……っ!」


 彼女の不器用そうな笑顔のせいで、ボクの罪悪感は全て吹き飛んだ。もういいや、なんでも。アルさんのこの女神のような笑顔を見れるなら。


「さて、行く当てもないのだろ? 我が国まで連れて行ってやる。いいな、お前達?」


「はい! すぐに帰国の準備をいたします!」


 おぉ、なんか……軍隊みたいだな。まぁ騎士団なんどから似たようなものか。でもいいのだろうか。わざわざこんな深いところに来ていたということは、何かしら目的があったのだと思うが。もしボクのせいで帰ることになったのだとしたら……。


「あの……」


「帰りながら色々と話そうか。私達についてと、その聖剣についてな」


 アルさんはボクの腰のものを指差し、またにっこりを笑った。なんて悪魔的な……っ! いや、そうじゃなくて。なんで聖剣のことを知っているのか。あの神様が何かしたのか?


「? どうした、メルナ。ほら、馬は少し遠くにいるから、ちゃんと私の手を握ってなさい」


「……はい」


 まぁいっか。アルさんと話せるなら。そう言い聞かせながら、ボクは差し伸ばされた手を握った。足元が悪く、たまに躓きそうになるのを彼女が支えてくれる。この世界に来ていつからか、人と触れ合うことの恐怖は失くしていたようだ。

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