№01. 転生したら女の子になってました
いつからだろう。学校に行かなくなったのは。ことあるごとに笑われて、除け者にされて。そんなことで、と言われるかもしれないけれど、僕にとってはそれだけのことなんだ。何が怖いか、何がトラウマなのか。そんなこと、人それぞれだろ?
「おい、颯太。たまには父さん達と夕飯食べないか?」
「……いいよ。後で食べるから」
僕の名前は柳木颯太。なんてことのない高校生だ。いや、なんてことないと言うには少し、捻くれてしまっているが。
中学の頃はまだマシだった。勉強だけが取り柄の冴えない生徒ではあったけど、無難だったはずだ。少なくとも、友達の一人や二人はいたんだ。高校に入って、それが変わった。
何をされても反抗しないのが面白かったのかな。当番を押し付けられたり、教科書を隠されたり……水をかけられたり。いじめなんて酷い内容ではなかったかもしれない。言ってしまえばじゃれ合いみたいなものだ。だから僕を心配する人なんていなかった。
「なぁ、母さんも心配してるんだ。たまにはちゃんと、部屋から出てきてくれよ」
「うるさいなぁ! 僕がどうしようと勝手だろ!」
「なんだその言い方は! 人の心配を無碍にして! どうしてもっと……普通でいてくれないんだ、お前は!」
「っ、分かったよ! 出ればいいんだろ!? 普通じゃなくて悪かったな!」
勢いよくドアを開け、重い音が響く。父の表情はなんとも言えない哀愁があり、とても直視できなかった。そのまま視線を逸らしたまま、僕は家を出る。外はすっかり日が暮れて、闇が顔を出し始めていた。
「はぁ……」
正直になれない自分が憎らしい。でも仕方ないじゃないか。何をされても言い返せない。人の言葉が怖く、人の顔が怖い。そんな理由で……せっかく金を出してくれたのに、高校にも行けないで。その理由を親に話すのがたまらなく恐ろしいんだ。
仮に言ったとしたら。たぶん、叱られるか、責められるか。そんなことじゃこれからやって行けないぞとか。あるいはそんなことの何が怖いんだ、と。でも僕は怖いんだ。何が怖いのか、そう問われれば分からないけど。だから僕は、本当のことを話せない。話す勇気がない。
「……夜、か。……帰らないと、心配かけちゃうよな」
そんな独り言は、街を走る車のエンジン音に掻き消された。どれだけ歩いたのか、家からはだいぶ離れてしまったかな。空に浮かぶ月は、丸々と太っており、その金色は僕がどれだけ矮小かを叩きつけてくる。
……よしっ。帰ったらちゃんと謝ろう。まだ全てを、自分の弱さを話す勇気はないけど。せめて僕が、迷惑をかけてしまっていることに……。そう思った矢先——
キキィー、ガシャン!
「がっ……! ……ぁ?」
「キャーッ!?」
「け、警察だ! 警察と……救急を!」
何かが身体を圧迫していて、呼吸もままならない。熱い、異常に熱い。何かが身体の中で……いや、身体の中が外に流れて。何もかもを押し潰されるような、そんな感覚。
「か、がはっ……」
車だった。車が歩道に乗り上げて……それが僕の視界をいっぱいに埋め尽くしている。あぁ、なんか……寒くなってきた。はは、いやに冷静だな。これじゃあ実感も湧かないや。
ドロリとした熱が頭を流れ、視界を塞ぐ。何も分からないほどに混乱した風景が、その紅に遮られた。呼吸は薄れ、気分は冷凍庫に閉じ込められたようだった。
「父さん……母さん……」
まさか最期に交わした言葉がアレとは……神か仏か、いずれにしてもあんまりじゃないか。こうなると分かっていたなら、せめて親には……僕のことくらい知ってほしかった。
本当は分かっていたんだ。人が怖いと、言葉が怖いと、そう正直に話したとして。……父も母も、受け止めてくれたはずなんだ。こんな馬鹿な息子でも、ちゃんと……愛してくれたんだから。分かっていたのに……僕は……。ごめんなさい、せめてそれだけ、伝えたかった。
「……およ、不慮の死人がやってきたね。ははーん、随分と若いじゃない」
「え……は?」
死んだ、そう思った直後。僕がいたのは真っ白な空間だった。何もない、何も感じない世界。でも一人……この世のものとは思えないほどに見目麗しい少女がそこに……。
「おいおい〜。そんなに褒めたって贔屓はしないからなぁ? まったく〜」
「えっ、なんで褒めたって……?」
「私は神なるぞ。隠し事などできないと思え」
神。そう言った少女は長い金髪をだらしなく浮遊させながら、自身も無い風に流されて。露出の多い布のような白い衣服は……確かに女神と言える……のだろうか。
「えっとー……。君の死因は圧死だね。あ、飲酒運転かぁ。ははっ、かわいそー」
「軽いですね。僕、今そこそこショック受けてるんですけど」
「あ、そう? ごめんね」
謝罪の気持ちがあるのかないのか、彼女は可笑しいくらいに軽かった。神というだけあって、こういう状況に慣れてるのかな。……地獄じゃなくて天国に連れてってほしいな。
「時に少年、君は生まれ変わるなら異世界と現世、どっちがいい?」
「……生まれ変わる?」
「転生だよ。記憶をもって別の世界で生きるか、記憶も何も失って元の世界で文字通り生まれ変わるか。君は可愛い……ごほん。可哀想だから選ばせてあげるよ」
心なしか私情が挟まれていた気がするが。転生、か。これってアレだよな、よくある……そういうやつだよな。記憶がなくなるのは……嫌だな。父さんのことも母さんのことも……僕は忘れたくない。
「異世界に、お願いします。……あの、それで……」
「安心しなさい。君のイメージする異世界だよ。いわゆる剣と魔法の世界、って感じ? 君には特別に、私からいろ〜んな加護を……」
「おぉ!」
「受けた聖剣を授けてあげよう」
聖剣かい。もっとこう……本体にというか。僕自身に何か、加護のようなものをくれるのかと。何か貰えるだけで嬉しいけど……まぁいっか。それだけでもプラスだもんな。
「そうだ。君、イケメン男子とキュートでクールな女子、どっちが好きだい?」
「え、そりゃキュートでクールな女子の方が好きですが」
「オーケー、オーケー。ちょっと待ってなね」
そう言いながら神様は指先で何かをひょひょいと回して。魔力、のようなものなのだろうか。分からないけど、たぶん……新しい僕の身体を作っているんだろう。
「じゃあ行ってらっしゃい。家族に何か、伝えておこうか?」
「えっと、じゃあ……」
ごめんなさい。本当に伝えるのはそれでいいのか? 最期のメッセージが、そんなことで。……違う。今まで世話になって、ずっと迷惑かけて。最期はこんな親不孝者で。それでも僕が本当に伝えたいのは——
「『ありがとう』。そう伝えてください」
「オーケー少年、また死んだら会おう」
手向けの言葉はあまりに不謹慎で、とてもこの状況では冗談にすらならなかったけれど。それでも新しい生を受けた僕にとって、その言葉は背中を押されるものだった。
「……げほっ、げほっ。……ここが、異世界?」
目が覚めたのは洞窟の中。光は……苔が発光しているおかげで視界は悪いものでもない。転生と言うから赤子から始まるのかと思ったが、そうでもないな。
視線はいつもと変わらない……いや、少し低いか? 一五〇センチくらいかな。手足は細く、けれどちゃんとそこにあって。服は白い布だけど……まぁ問題ない。腰には剣……聖剣が提げてあって。髪は変わらず漆黒で、少し長く。身体のバランスは何か……?
「あれ……?」
なんか、ボクの声高くないか? 不思議に思って、その手を顔に、次に胸に当てた。……ある。いや、鼓動じゃなくて。もっと表面の……形ある膨らみが……。そして——
「ない……っ!」
アレがない。ボクのアレが。あることよりも、聖剣があることよりも……もっと大事なことが。ないことの方が重大だ……っ!
『イケメン男子とキュートでクールな女子、どっちが好きだい?』
アレはてっきり、仲間だとか相棒だとか、そういう話だとばかり思っていた。あろうことかボク自身を、なんて。まさかそんな話だとは……。




