№19. 聖議会の王太子
龍が現れてから三週間、なんやかんやであっという間に時間が流れた。その間は特にトラブルもなく、壊れた街もすっかり元通りになっていた。
この期間、トラブルが起こらなかったおかげでひたすら特訓三昧だったよ。朝は素振りとアルさんとの打ち合い、午後はミリア殿下との魔法の特訓。……そして夜はたまに、シアに呼び出されてまた打ち合い。確かに平和ではあったが、その分地獄でもあった。
そんなこんなで今日はいよいよ披露目の儀、その昼下がり。シアはボクの部屋を出て、ここにいるのはボクとメイドのナナだけだ。
「キ、キツい……っ! ナナ、ボクの骨砕けちゃう……っ!」
「ご安心ください。私はこう見えても着付けは上手いので」
「も、もうちょっとお手柔らかに……っ」
ギュウギュウと、骨が、内臓が締め付けられるような圧迫感。コルセットってヤツか。こんなにキツくされて……動けないぞ、こんなの。倒れちゃうぞ。
「ボ、ボクって……特異武官なんだよね? ……別に、礼服じゃなくて……いつもの制服でもいいんじゃ……」
「問題はないんですけど、せっかくお嬢様のお披露目なんですから。主の可愛く美しい姿を見たいんですよ」
「むぅ……」
そう言われると断りづらいじゃないか。でもなぁ……。スカートってところ以外あの服気に入ってるのもあるし……なんか落ち着かないんだよ。どうしよう……なんとか数時間、耐えられるかな。
「お嬢様、ドレスは紺とピンクがございます。どちらになさいましょう?」
「紺にしよ。その方が似合いそうだよ。髪は黒いし、剣の収まりも良さそう」
「かしこまりました」
もっともらしい理由を付け加えたが、単にピンクが嫌なだけだ。だってなんかフリフリしてるんだもん。紺色の方が全体的にシュッとしてるし。……肩とか出てるのが不服ではあるが。
「よしっ……さぁ、完了しました。いかがですか?」
「おぉ、めっちゃ可愛いよ!」
「えぇ、大変可憐にございます」
そうなんだよ、可愛いんだよ。ボクという素材がいいから、何を着ても美少女なんだけど。……これがボクじゃなかったらなぁ。可愛くなったところで、男どもには言い寄られたくないし。
「さて……。まだ早いんだけど、随分と賑やかになってきたね」
「おや、お分かりになりますか?」
聖剣を手に持ち、居心地が悪く感じながら椅子に座った。常に締められているような感覚が苦しいが……。仕方ないことは割り切ろう。今日一日の辛抱だ。
「大変多くの方々がいらっしゃるそうです。国中の貴族の方々、大商人に聖ハルノ教会、シアさんのような武に通ずる方まで。聖剣持ちというだけあって、バラムランデ王国外からもいらっしゃいますよ」
「そんな注目されても照れちゃうな。しかし三週間しかなかったでしょ。よく予定を開けられたね」
「元々啓示がありましたから、予定は動かしやすかったのでしょう。聖剣持ちの誕生となれば、それだけ優先度が高いのです」
誰も彼も聖剣か。そりゃそうだろうが……ボクは何を求められているんだろうか。世界中では戦争も多いらしいが、幸いこの国は平和だ。……今は、だが。いつか戦火に巻き込まれた際の戦力、あるいはそれ以前の抑止力としてか。王妃様の娘としての、その地位に近づきたいのか。
「ふふ、そう気を落とさないでください。お嬢様は挨拶を受けるだけで構いません。誰も、生意気に文句を言える立場ではありませんから」
「ナナって強かだよね」
「光栄です」
確かにナナの言う通りか。何があってもボクが何かされることはないだろう。別に契約やらなんやらを交わす場でもない。ただの会食とでも思っておけばいいんだ。
「ではお嬢様、控え室に向かいましょう。陛下を始め、アルナリュート殿下方も……ベルアルト王太子殿下もお集まりです。お部屋の前までお連れします」
「ベルアルト殿下もか。いつの間に……。ありがとう、じゃあ行こうか」
「はい、足元にお気をつけて」
そのまま、その控え室まで。なかなかの距離を歩いて。一堂に会していたのは六つの魔力だった。王妃様とルーク殿下は比較的少ないようだが、他四人は多く……特に際立って多いのが一つ。ベルアルト殿下だろうことは、すぐに理解した。
「皆様お待たせしました。メルナ・アマテラス、ただいま参りました」
「そう堅くなるな、メルナ。せっかくの祝いの場だ」
「……ありがとうございます、お父様」
「ぐはっ!」
小首を傾げて微笑むだけで、国王様は倒れ込んだ。相変わらず打たれ弱いんだな、この人は。……面白いな。
「待ってましたよ、メルナちゃん。似合ってるじゃない」
「ありがとうございます、お母様。ボクはこんな衣装は着たこともないので……少し慣れませんが」
お母様と、王妃様はそう呼ばれて嬉しそうにしているが、流石に国王様のようにはならない。むしろこの人はグイグイ来るタイプだから、この程度はちょっと嬉しい日常会話くらいの認識なのだろう。
……と、そんな和やかな雰囲気もすぐに消える。アルさんとも挨拶をしたいなと、そう思ったが、まずは彼が先だ。初めて会うのだから。もちろん、それ以上にもあるが。
「初めまして、ベルアルト殿下。ボクは——」
「待て!」
「っ……?」
挨拶を交わそうと、その瞬間。凛々しい声に制止された。容姿だけでも、白髪の抜群のイケメンのようだが、声もカッコいいときた。加えて強いらしいから……男として無敵じゃないか。まるでボクの対極の存在……あぁ、いや。今はそんなことより、だな。嫌な予感はするが……。
「えっと、なぜ待てと?」
「殿下などと、よそよそしい呼び方をするでない。みんなばかりズルいぞ。俺のこともお兄様と呼びなさい!」
「あ、えと……はい。ベルアルトお兄様」
「ぐはっ……!」
ベルアルト殿下は瞬きよりも早く、血を吐いて倒れた。血は吐いてないが。聖議会の王太子、それだけで少しは威厳というものがあるだろう、とも思ったんだが。いや、威厳はあるっちゃあるんだけど……やっぱりこの一族だ。どうやらお兄様は父親似らしい。




