№16. アナスタシア・ドラグメイデン
街に降りて、外を見上げると——全長は一〇〇や二〇〇じゃなさそうだ。街の区画を跨ぐほどの巨体。白い鱗は眩しいが、反してドス黒い瘴気を孕んでいる。これだけ大きく強大な魔物がなぜ……。
「……もうすぐ騎士団が来ます。皆さんは騎士団の指示に従い、ここから離れてください」
「あ、あぁ。それは分かったが……お嬢ちゃんは……?」
「ボクは大丈夫。……戦うために来たんだ」
異常事態に市民達も困惑してしまっている。いや、無理もない。むしろ落ち着いてくれている方だ。この服装のおかげで、国の戦士と思ってくれているらしく、指示に反発することもない。さて……剣を抜くか? ただ下手に戦闘の意思は見せたくない。もし何事もなく通過するなら……。
「グルァ……ッ!」
「な……っ!」
ぐるりと頭を捻ったかと思えば、その視線がボクを捉えた。確かにボクのことを。龍からすれば米粒のようなサイズだろうに……っ!
「くそっ……皆さん、離れて!」
「ルァッ!」
「ぬ……あァ!」
けたたましい咆哮が、炎を乗せて飛んできた。聖剣でそれを受け、なんとか空にむけて弾き返すことはできたが……。
「はっ、はっ……息吹ってやつか……?」
「お、お嬢ちゃん、手が……」
「いいから離れろ! 王宮に向かえば騎士団とも合流できる! とにかくボクから離れろ!」
「は、はいっ!」
熱耐性はあるはずなんだけどな。右腕はすっかり焼けて赤くなっちまった。これじゃ思うように振れないぞ。どう——
「うわっ! ちょ、待て待て!」
「ギィア!」
咆哮を終えたかと思えば、次は突進だ。ボクの頭突いてやろうと、馬よりもよっぽど速い速度で突き進んで。こんなんどうしろってんだ。街が壊れ……は別にいいか。
「っ……この!」
「小賢シイ!」
「喋れるんかい!」
道を削りながらボクを狙い突き進む。跳躍しながら回避したが、この巨体と速さだ。避けたと思ってもまた前方からやってくる。……斬るか? ここで。……せっかく刃の届く距離まで来てるんだ。やるしかない。
「テメっ……やったらぁ!『月燈』!」
真っ直ぐ、素振りのような一太刀。力の限り、魔力を込めて。なんなら街をぶち壊してやろうという気持ちで。だが——
「へ……? くぁっ……!」
斬った、斬ったはずなんだ。なのに……当たらなかった。まるで空気か水でも斬ったみたいに……まるで実体がそこにない。
「ぐ……ぁっ、食うんじゃねぇよ……!」
「貴様ニ聞キタイコトガアル」
「聞きたい……ことっ……?」
下半身を咥えられながら、上へ上へと昇っていく。腰にその牙が刺さり、鮮血が滴り落ちていく。が、そんな痛覚も気にならないほど、風のように上昇し続け……城より高く、やっと停止した。
「ふぅーっ、ふぅーっ……! おい、離せ……っ!」
「我ノ問イニ答エタラナ」
「ぐぁっ……!」
ミシミシと鳴る音、腹の深くまで牙が刺さる。こっちの刃は通らずに、なんでそっちは刺さるんだよ……っ。必死に口が閉じないように止めてはいるが……これじゃあ力も入らない。
「何だ……問いって……!」
「貴様ノ聖剣ハ神ニ与エラレタモノカ……?」
「っ……?」
コレが聖剣だと知っているのか? いや、それ自体は不思議ではない。しかし……龍だぞ……? 神の啓示を受け取れるのは人間だけじゃないのか……? どう答えるのが正解か。コイツの望みが分からない。
「げほっ……ぐぁっ! 確かに……ホルネィ様から与えられたものだ……っ。それが……どうした……?」
「フン。聖剣一ツ、タダソレダケデドレホド均衡ガ崩レルコトカ……ペッ!」
「は……? おいおい……っ!」
まるでマズいものでも食わされたような、気に入らない表情を浮かべながら吐き出された。ボクの血がついた口元が憎らしく……いや、それどころじゃない! 絶賛自由落下中だ……落下死するぞ、このままじゃ……!
「追イ討チダ」
「なっ、ヤロ……げふっ!?」
開かれた口、再び放たれようとする咆哮。せめてそれに対抗しようと、抜き身の聖剣を構え直そうとしたところだった。火傷で上手く握れず、力を込めようとすれば腹が開いた。
「やめ……っ!」
「『炎咆』!」
「……っ!」
抵抗する暇すら与えられず、地面に叩きつけられ、バラバラになった身体を焼き尽くされる。そう思ったのだが……。ボクの身体は優しい熱に包まれ、炎は見事に二つに分かれていた。
「ムッ……?」
「よく……注意を引いてくれたな。おかげで民には被害がなかった」
「……また、助けられてしまいました。ありがとうございます」
「あぁ、間に合って良かった」
アルさんの腕の中からゆっくりと地面に下ろされ。やっと地に足ついた、ってところか。……強いな、アルさんは。ボクはまだまだだ。
「……けど、斬るだけじゃダメなんです。アイツ……まるで実体がないみたいに……」
「龍は悪魔の一種だからな。悪魔に触れるにはそれ相応のエネルギーが必要だ。だから奴を斬るにも、奴に届きうる力で斬るか、相応の魔力を纏わなければ……それ以下のエネルギーは全て影に流れてしまう」
「悪魔……。そういう理屈なんですか」
恐らく龍と同程度でなくてもいいはず。せめて傷をつけられるだけのパワーがあれば受け流されることはない。無敵じゃないんだ。無敵ではないだけで……。
「しかし龍ともなると……私でもかろうじて触れられるかどうか……」
「試スガイイサ……!」
「っ、下がれ、メルナ!」
激しい衝突音、同時に龍の牙とアルさんの剣が触れ合った。確かに触れている。が、根本のパワーがあまりにかけ離れている。……出力、ただそれだけを求められているなら……。
「アルお姉様! 魔力を全解放します!」
「なっ……無茶を……!」
一言の警告、ただそれだけで彼女は理解し、龍の攻撃を受け流した。そしてそのまま跳ね上がった小さな身体を、龍は追いかけるように長い胴体を捻る。その、地面に触れる瞬間。ただその刹那を狙って、魔力を引き出す。
「『氷結世界』……!」
「ヌッ……!?」
ボクの足元から、氷の魔力が一気に広がる。魔法は細かくは扱えないが、アマテラスの魔力増幅の加護……これがあるだけで雑な超魔法は発動できる。
荒削りな、あまりにお粗末な魔法。燃費もクソもないけれど、確かに周囲を、そして龍の身体を凍らせていた。
「はっ、はっ……。アルさん……今、のうち……首……を」
「あ、あぁ。よくやった!」
瞬きもしない一瞬。細い剣が振り下ろされる。そして、バキ、と音が鳴り……氷が砕けた。斬ったからではない。氷を……氷結を割られた……っ!
「くぁっ……!」
「危ナカッタ、ナァ! 負ケルトコロダッタ……! 遊ビハヤメダ!」
「くっ……そ!」
空を掴んで、上昇する。速さ、大きさ。そのせいで風が、魔力が吹き荒れ、家屋が剥がされ、飛ばされる。あと一歩、一秒だけでも長く凍らせていれば……。もう、アレほどのエネルギーは出せない。決定打が……もう……っ!
「ちょいちょい。荒れちゃっとんね。ばってん、よう頑張ったばい。あとはうちが引き受けるけん、休んどき」
「ちょっ……アンタ!」
目の前にいたのは若い女剣士だった。水色の髪の……剣士なのだが。どこか変わった雰囲気というか、ただの剣士じゃないというか。龍は危険だ。そう分かっているのに、止めることができなかった。
「ふぃ〜。でっかいねぇ」
「ナッ……!? ナンダ!?」
目を離した……いや、離してすらいないのに。気づけば彼女は高く跳び、龍の真横まで跳ね上がっていた。そして腰に差した美しい剣を抜いたかと思えば……。誰が気づくよりも速く、その首を落としていた。そしてその首が落ちるよりも速く、ボク達の隣に戻っていた。
「よっし。これにて一件落着ばい。うち、アナスタシア・ドラグメイデンって言うっちゃん。よろしくね!」
アナスタシアと名乗った彼女はあまりに軽快で、そして底知れない力を持っていた。まるで龍を屠るのは当然だと言わんばかりの気にしなさ。色々と言いたいところもあるが、彼女に助けられたのは確かだった。




