№15. 最初の仕事は思いもよらず
「——様、メルナお嬢様。起きてください」
「んん……まだ眠……?」
体感では朝八時も回っていない時間。ボクは可愛らしい声に起こされた。ここはボクに割り振られた部屋だ。ボクの……ベッドなんだけど。……知らない声に視線を向けると、そこにいたのは金髪の可憐な少女だった。少女と言っても、ボクよりは歳上だろうが。
「えと……誰?」
「本日よりメルナお嬢様専属のメイドとしてお世話をさせていただきます。ナナリアと申します、よろしくお願いします。どうぞナナとお呼びください」
「お、おぉ……」
お嬢様呼びなんて慣れないな、というのは一旦置いておいて。専属メイドか。……確かにメイドらしい服装だもんな。黒い服、スカートに白いエプロン。そして……なんか頭についてるヒラヒラ。一目見てメイドだと分かる。
「ナナか……。うん、これからよろしくね」
「はい。まずは顔をお洗いになってはいかがでしょうか。朝食はこちらに運んでおります」
「おぉ、何から何まで……悪いね」
「いえ。メイドですから」
なんか……いいものだな! 最初こそ驚いたものだが、なんかこう……美少女の付きっきりというのはなかなか……うん。いいものだ。
それから顔を洗い、少し、パンとスープを貰った。昨夜の豪勢なものとは打って変わって、飾り気のない、けれど深くまで沁みるような味。
「うん、うんっ。美味しいよ、ナナ。やっぱりシェフがいいのかな?」
「はい。もちろん、国の最高峰の料理人ですから。しかしそう言っていただけると、お喜びになりますよ」
毎日こうして、美味い飯を食わせてもらえるのは感謝しないとな。ボクなんて別に、まだ働いてないのに。もっと貢献したいところだけど……国家特異武官という役の性質上、貢献しないってことは平和ってことだもんな。難しい……。今は備えて鍛えるのが仕事か。
「ところでお嬢様。お嬢様用に制服が用意されております。武官用の」
「へ? 早いね。……あぁ、お母様が準備させてたのか」
サイズは目測だろうか。……流石に寝ている間に測られていたりはしないよな? それからアルさんから聞いてたりするなら……結構ぴったりかもしれないな。
「一応、二つの種類を用意しておりまして。一つはスラックスタイプ、もう一つはスカートタイプにございます」
「……うん。スラックスで」
「しかし奥様方はスカートの方が良いと仰っておりました」
「なんで!?」
やっぱり仕組まれてたのか! ここで折れちゃダメだ。幾度となく失ったボクの尊厳を取り戻すとき……!
「肌の露出は怪我にも繋がる。剣を振る立場である以上、不用意な露出は避けるべきだよ」
「しかしですね、お嬢様。クマは服を着ても着なくても変わりませんよ」
「……ボクはクマじゃないんだけど」
「言葉のあやにございます。しかし事実、聖剣をお待ちのお嬢様の戦闘ともなれば、布一枚で……いえ、鎧一つで変わるようなものではないのですよ?」
な、なんだ、このメイドは……? 鎧一つは……流石に変わるだろ。変わらないのか? この世界の戦いって、鉄を豆腐みたいにスパスパ斬っちゃうのか……? いや、ダメだ。ここで折れたら男が廃るというものだ。
「う、うぅ……ボクの尊厳が……」
「大変よくお似合いでございます。お嬢様、記念に撮影をしますね。この画角から。……いや、こっちからもいいですね。こっちに視線お願いします」
「もう勝手にしてくれ……」
負けた。完全に押しに負け、半強制に着せられてしまった。考えれば向こうは立派な仕事人なんだ。プレゼン能力で敵うわけがなかった。
「さて……サイズと機能性はいかがでしょうか?」
「……抜群だよ。悔しながら」
白いシャツに黒の短めのスカート。そして金の飾りが施されたコートのような黒い羽織。軽くて暖かく、通気性も良いときた。悔しいがカッコいい。ボクの黒髪と黒い瞳と合わせると特に。あまりに様になっている……。太ももがスースーするのを抜きにすれば、これはアリだ。
「……なんかボク、ちっちゃくね?」
「大変可愛らしいかと思いますよ」
ボクのこの身体は一五〇と少し……少なくとも一六〇には届かないサイズだ。なのに、隣に立つナナは一七〇近く、アルさん達もそれくらいだ。ビシッと決めてはいるものの、こんな小さな武官がいてたまるか。いや、ここにいるんだけども。
「その羽織には防火と防水、下の衣装には衝撃吸収の効果が施されているので、外出時には常備しておいてくださいね」
「おぉ。……いよいよどっちでも良かったんじゃないかなぁ!?」
「さぁ、部屋を出ましょう。アルナリュート殿下がお待ちです」
ナナは意外と図太そうだな。しっかり者なのかどうか……。まぁメイドとしての能力は確かだし、支えてもらう分には困らないんだが。
「おぉ、可愛いじゃないか。スカートにしたんだな。よくやった、ナナ」
「はい、ご命令の通りに」
「聞こえてますよ」
まるでガッツポーズのように二人は腕を交えて。グルだったか……! 道理で頑固なわけだ。そうなるとアルさんだけじゃなく、王妃様も関わってるだろ。間違いなく……絶対。
「アルお姉様。今日の特訓は?」
「あぁ。昨日と同じく素振りだよ。ただ今日は少し、時間もありそうだから……っ!?」
突然の地響き。そして渦巻く魔力。地震か、とも思ったが、どうにもそんな自然現象には思えない。もっと何か……超常的な何かかと、そうしか思えない。たまらずオレ達は、廊下の窓から外を確認した。
「……は?」
「あっ……あれは……!!」
ボクの目に映ったものは龍だった。……いや、何を言っているんだと思うかもしれないが、ボクだって何を見てるんだって戸惑ってるんだ。空を覆う黒い雲、その下を泳ぐ白い姿は……誰がどう見ても龍そのものの姿。そしてそれが形ある厄災だということは……言葉にする必要もなく、ボクはすぐに肌で感じた。
「……っ、防衛だ! 騎士団を総動員し国民の避難と王宮での迎撃に直ちに向かわせる! メルナ……!」
「はいっ! ボクは少しでもアレを食い止めます。その隙に騎士団を動かしてください!」
「……すまないっ、すぐに援護に向かう!」
短い言葉、その中の確かな激励。恐怖を感じつつ、ボクは走り抜けた。腰に提げた聖剣に手を置きながら、目標を見据えて。……意外にも、この服装は良いものだな。妨げもなく、可動域も広い。見た目以外は悪くない、それは確かだ。
ボクの頭では、まだ王宮の構造は完璧じゃない。ならば向かうべきは前線だ。城は任せて前に出る。国家特異武官としての最初の仕事……それにしては少し、骨が折れそうだな。




