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機能美から始まる江東区政ラブ・マッチング ~私を『女神』と呼ぶ最強エリートは、重度の筋肉フェチでした~  作者: あおきつばさ


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第8.5章:双丘の暴力!ホルスタイン7号襲来

第8.5章:双丘の暴力!ホルスタイン7号襲来

「……ふんっ、ぬぅぅ……!」


金曜日の午後二時。江東区役所・恋愛成就課(通称:RAJ)の執務室に、私の密かなインナーマッスルの悲鳴が響く。

もちろん、声には出していない。デスクの下で、私は全細胞の張力を一点に集中させていた。ターゲットは、チャコールグレーの事務指定服――そのウエストに鎮座する、銀色の小さな悪魔ファスナーだ。


先日、あの「最悪の壁の男」こと瀬戸慎治に夢の島でアーチェリーの指導を受け始めてからというもの、私の大臀筋と広背筋はかつてないほどの『覚醒モード』に入っていた。捻転運動によって引き締まったウエストに対し、筋肉のハリが限界突破している。今日の11号タイトスカートの張力は、まさに限界を告げる警報機のようにパツパツだった。


「斉藤さーん、新規の飛び込み相談です。……って、美緒さん、また顔が『スクワット150回目』みたいな色になってますよ?」


22歳の新人、青山愛がファイルをパタパタさせながらニヤニヤと近づいてくる。


「うるさいわね、これは機能美の維持よ。それより新規って?」

「それがですね……ちょっと、うちの課の歴史に残るタイプの『劇薬』が来まして」


青山の視線の先、相談ブースの1番席に目を向けた瞬間、私は思わず息を呑んだ。


そこに座っていたのは、RAJの安っぽいアクリル板すらも高級ホテルのラウンジに変えてしまいそうな、強烈な存在感を放つ女性だった。

初夏の風を孕んだような白いノースリーブのサマーニット。そこから覗くウエストは、私の半分しかないのでないかと思わせるほどに細い。おそらく衣服のサイズは7号――いや、デザインによっては5号すら着こなすだろう。

しかし、何よりも異常なのはそのバランスだった。


細すぎるウエストの上で、天を突くように自己主張している圧倒的な質量。

豊満、などという生ぬるい言葉では生ぬるい。推定Fカップ。痩身でありながら、そこだけが重力を無視したように存在している。


「……失礼いたします。本日、新規カウンセリングを担当させていただきます、主任相談員の斉藤です」


私がペンギン歩きでブースに入ると、その女性は、ハイブランドのサングラスを優雅に外した。陶器のような肌に、大きな瞳。


牛嶋春菜うしじまはるなと申します。26歳、職業はアパレル企業の広報です」


鈴を転がすような声。しかし、その瞳には「私は選ばれる側の人間である」という、絶対的な自信が満ち満ちていた。春菜さんは私のチャコールグレーの制服、特にパツパツに張り詰めた腰回りを一瞬だけ一瞥すると、ふっと憐れむような笑みを浮かべた。


「単刀直入に申し上げますわね。私に釣り合う、最高の『スパダリ』を紹介してちょうだい。年収は一千万以上、ルックスはモデル級、もちろんスマートでスマートな都会の男よ。私のような価値のある女を、役所のデータベースがどう捌くのか見ものだわ」


私は口角をプロの角度(15度)に固定したまま、心の中でそっと毒を吐いた。

(お客様。ここは少子化対策の窓口であって、シンデレラのオーディション会場ではございませんわよ)


「……なるほど、ハイスペックな男性をご希望ですね。ですが、条件が具体的であればあるほど、マッチングの母数は絞られます。お相手への『内面的な条件』などは……」


「内面? そんなもの、結婚してから私の美貌でいくらでも調教できますわ。とにかく、私のこの完璧なプロポーションに見合う『トロフィー』を持ってきてちょうだい」


胸を強調するように、彼女がふわりと上体を反らせる。その瞬間、サマーニットの繊維が限界まで引き伸ばされ、視覚的な破壊力がブース内に吹き荒れた。


「……かしこまりました。お預かりしたデータをもとに、最適な『個体』をスクリーニングいたしますわ」


カウンセリングが終わり、牛嶋春菜が香水の匂いを残して去っていくと、隣のブースの影から青山愛が「ひぇぇ……」と顔を出した。


「美緒さん、見ました!? あの細さで、あの胸! 脳のバグかと思いましたよ! もうあだ名決定ですわ、彼女は『ホルスタイン7号』です!」


「ホルスタインって……あんたねぇ。でも、確かにあのアンバランスさは、解剖学的に見ても不条理の極みね……」


私は手元のファイルを見つめた。

条件:年収一千万以上、高身長、完璧なルックス、自己管理の徹底。

江東区のデータベースで、この条件に合致し、かつ現在『未成婚』の男は――ただ一人しか浮かばなかった。


瀬戸慎治、28歳。大手商社勤務。


(……あの合理的変態筋肉ダルマなら、あのホルスタイン……いえ、牛嶋さんの鼻を完璧にへし折ってくれるはずよ)


そう、これは江東区の平和を守るための、冷徹なマッチング。

決して、最近私にアーチェリーの指導と称して至近距離で大臀筋を触ってくる(フォーム指導だが)彼に、他の女を近づけたくないという私情ではない。……断じて、ない。


「青山さん。土曜日の昼、東陽町のカフェバーを予約して。瀬戸様と牛嶋様のマッチングデートをセットするわ」


「えっ、美緒さん、本気ですか!? あの大怪獣同士をぶつけるんですか!?」


「ええ。プロの査定というものを見せてあげるわ」


私の11号スカートのホックが、決意の腹圧で「ギチッ」と小さな悲鳴を上げた。


土曜日、午後一時。東陽町駅から徒歩3分、洗練されたモダンなカフェバー『テラス・ブルー』。

ガラス張りの店内には心地よいボサノバが流れ、週末の穏やかな光が差し込んでいた。


私は二人の席から三つ離れたカウンター席で、メニュー表で顔を隠しながら、鋭い眼光でモニタリングを開始していた。今日の私の勝負服は、制服ではなくジャージ……にするわけにいかないので、私服用に新調したストレッチ素材のタイトスカート。安全ピンは念のため三本仕込んである。


カツ、カツ、カツ。


完璧な等間隔の足音とともに、ネイビーのタイトなスーツを纏った「最悪の壁」――瀬戸慎治が現れた。相変わらず不快なほどに整った顔立ち、ジャケットの上からでもわかる完璧なVシェイプの広背筋。

彼は指定された席に腰を下ろすと、腕時計を事務的にチェックした。一分の隙もない、完璧なエリートの佇まいだ。


「お待たせいたしました、瀬戸様」


そこに、満を持して牛嶋春菜が襲来した。

今日の彼女は、胸元が大胆にV字に開いた黒のタイトワンピース。自慢の「7号」の細さを強調しつつ、凶悪なまでのボリュームが慎治の目の前に差し出される。彼女は慎治の顔を見た瞬間、そのルックスの高さに露骨に有頂天になり、瞳をキラキラと輝かせた。


「初めまして、春菜です。お写真よりもずっと素敵ですわね。私、一目でわかりましたの。貴方のようなスマートな殿方こそ、私の隣に立つべきだって」


春菜は挨拶もそこそこに、対面ではなく、なんと慎治の真隣の席へと滑り込んだ。

そして、当然のように自分の細い腕を、慎治の鍛え上げられた太い腕に絡ませたのだ。


(……ちょっと!! 距離が近すぎるわよホルスタイン!!)


カウンターでコーヒーを飲んでいた私は、危うく液体を吹き出しそうになった。

春菜はわざとらしく密着し、自慢の豊満な果実を慎治の三頭筋へと容赦なく押し付けている。普通の男なら、この時点で鼻血を流して陥落するか、理性を失ってデレデレになるだろう。


しかし、瀬戸慎治という男の脳構造を、彼女は致命的なまでに誤解していた。


「……牛嶋さん」


慎治の声は、東京湾の海底よりも冷たかった。彼は絡みついた春菜の腕を、まるで『市場価値の低い不良在庫』を処理するかのような手つきで、事務的に引き剥がした。


「座席の有効面積に対して、過度な密着は非効率だ。体温の上昇は思考の鈍化を招く。それから、その香水のカプサイシン成分か何かが、俺の嗅覚のPFCバランスを乱している。三十センチ以上離れて座ってくれないか」


「え……?」


春菜の完璧な美貌が、一瞬で凍りついた。

まさか、自分の最大の武器であるハグ一歩手前の猛攻を、ここまで無機質に拒絶されるとは思っていなかったのだろう。


「せ、瀬戸様ったら、照れていらっしゃるのね? お仕事がお忙しいのかしら。私、広報の仕事をしておりますの。貴方のようなエリートビジネスマンのメンタルを支える『癒やし』になって差し上げられますわ」


春菜はめげずに、今度はテーブルの上で身を乗り出した。ワンピースの胸元から、これでもかとばかりに渓谷が覗く。


慎治は、じっと春菜を見つめた。その瞳は、恋に落ちた男のそれではなく、完全に『解剖学的な観察者』のそれだった。


「……癒やし、か。俺が求めているのは、人生のポートフォリオにおいて、互いの自己管理能力を高め合える『個体』だ。スペックシートによれば、君はアパレル広報、趣味はショッピングとヨガ……ふん、上辺だけだな」


「上辺だけ!? 失礼ね、私、このプロポーションを維持するために、毎月エステに十万円もかけて……」


「エステ? 外部からの受動的な刺激など、毛細血管の血流を一時的に促すだけの自己満足だ。筋肉の能動的な収縮を伴わないボディメイクなど、砂の城を築くようなものだ。……牛嶋さん。君に一つ、重要な質問がある」


慎治はコーヒーカップを置くと、組んだ両手の上に顎を乗せ、至近距離で春菜を射抜いた。


「君は、腕立て伏せを、一回でも正しいフォームで出来るか?」


「……は? うでたて……?」


春菜は、自分が聞き間違えたのではないかという顔で固まった。カフェバーのスタイリッシュな空間に、「腕立て伏せ」という泥臭いワードが不調和に響き渡る。


「そうだ。プッシュアップだ。大胸筋、三角筋前部、そして体幹の連動。己の体重という最小限の負荷に対して、完璧な直線を維持したまま地面を押し返す。……もし君が、ここで今すぐ、美しいフォームで腕立て伏せを一回でも完遂できたら、俺は君を『自己管理のできている個体』と認め、前向きに交際を検討しよう」


慎治の目は、本気だった。アーチェリーでゴールドを狙う時と同じ、狂気的なまでの純粋さ。


「な、何言ってるのよお見合いの席で! 私がこんなオシャレなカフェの床で、腕立て伏せなんてするわけないじゃない!」


「できないんだろう」


慎治はフンと冷たく鼻で笑った。


「見ればわかる。君のその細いウエストは、単なる栄養飢餓、あるいは骨格の細さに甘んじているだけだ。腹圧を支える腹直筋の緊張が全く感じられない。そしてその胸のボリューム……重力に抗うための大胸筋の裏打ちがないため、解剖学的に見て非常に『脆弱』だ。そんな歩行姿勢のブレを誘発するようなアンバランスな肉体で、俺の隣を走れると思うな」


「ぜ、脆弱……!? 私のこの国宝級のスタイルを、脆弱って言ったの!?」


春菜の顔が、怒りで真っ赤に染まっていく。

「いいわよ! やってやろうじゃない! 腕立ての一回くらい、お安い御用だわ!」


プライドを完全に引き裂かれたホルスタイン7号が、ついに野生の闘争本能を剥き出しにした。彼女はハイヒールを脱ぎ捨てると、大理石調の床に両手をついたのだ。周囲の客が「あらやだ……」「何が始まるの?」とザワつき始める。


(ちょっと瀬戸さん! 何させてるのよ本当に変態筋肉ダルマね!!)


私はメニュー表の陰で、ハラハラしながらその光景を見守った。


春菜はワンピース姿のまま、床にうつ伏せに近い状態になる。

「ふんっ……!」

気合とともに、彼女は床を押した。


しかし。

彼女の細すぎる腕は、ブルブルと生まれたての小鹿のように震えるだけで、その凶悪なボリュームの胸を床から1センチすら持ち上げることができなかった。それどころか、体幹がフニャリと曲がり、ただ床の上で芋虫のように悶えるだけになってしまった。


「……くっ、無理……重すぎて、上がらない……!」


「当然だ。自重を支えるだけの筋力(出力)がない。ラグジュアリーな脂肪だけを蓄え、それを支える『土台』を作ろうとしない。非合理的の極みだな」


慎治は冷酷に言い放った。春菜は息を切らし、床に膝をついた状態で、涙目で慎治を睨みつけた。


「……ひ、膝立ち! 膝立ちの状態なら、できるわよ! 女の子なんだから、これくらいで勘弁してちょうだい!」


「論外だ」


慎治は立ち上がり、ジャケットのボタンをスマートに留めた。


「負荷を軽減しなければ目的を達成できない時点で、俺の求める基準には達していない。君が今すべきなのは、婚活ではなく、プロテインの摂取と、週3回のラットプルダウンによる背部の補強だ。……時間の無駄だった。斉藤相談員によろしく伝えてくれ」


慎治は、一度も振り返ることなく、完璧なウォーキングフォームで店を去っていった。


残された牛嶋春菜は、床に膝をついたまま、呆然としていた。しかし、すぐに猛烈な屈辱感が込み上げてきたらしく、脱ぎ捨てていたハイヒールを掴み取ると、店内に響き渡る声で叫んだ。


「なんなのよあの男ぉぉぉ!! 筋肉バカ! 狂ってるわ! 一生バーベルと結婚してればいいのよ! あんなの、こっちから願い下げなんだからぁぁぁ!!」


春菜は、自慢の7号ワンピースを怒りで激しく揺らしながら、プンスカと足音を荒げて店を飛び出していった。


静寂が戻ったカフェバー。


私は、メニュー表をゆっくりと下ろし、ふぅ、と長い息を吐き出した。

緊張のあまり、私の大臀筋がギュッと収縮していたせいで、ストレッチ素材のスカートがまたしてもパツパツになっていたが、不思議と心地よい達成感に包まれていた。


(……よし。江東区の平和は、今日も守られたわね)


あのホルスタイン7号の猛攻に対して、1ミリも、文字通りコンマ数ミリも心が動かなかった慎治の姿を思い出す。

彼の「美しい筋肉は正義」という、狂気じみた、けれど誰よりも誠実な価値観。


「……バカね、本当に。……でも、悔しいけど、ちょっとだけ見直したわよ」


私は、冷めかけたコーヒーを一気に飲み干し、バッグを手に取った。

自分の足元を見る。

私のこの、13号へと進化しつつある、大地をしっかりと掴む下半身。

あいつの言う「機能美」を、今夜のアーチェリーの特訓で、さらに完璧に仕上げてやろうじゃないの。


私は、少しだけ誇らしい気持ちで、ペンギン歩きではない、ダイナミックな歩幅で店を後にした。

東陽町の青い空は、私の「お仕事(と、ほんの少しの独占欲)」の勝利を祝福するように、どこまでも無慈悲に晴れ渡っていた。

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