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機能美から始まる江東区政ラブ・マッチング ~私を『女神』と呼ぶ最強エリートは、重度の筋肉フェチでした~  作者: あおきつばさ


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第8章:ドイエーの乱、共闘編

第8章:ドイエーの乱、共闘編

アーチェリーの練習を終え、夢の島公園から大島へと向かう都営バスの中で、私の体は悲鳴を上げていた。

けれど、それは決して不快な痛みではない。

普段のデスクワークでは眠っている背中の深層筋肉が、「自分はここにいるぞ」と熱く主張している感覚。そして、慎治に「締めろ」と命じられ続けた大臀筋が、かつてないほどのパンプアップを起こしている。


バスを降りようとしたとき、スカートが締め付けて足運びを制限する。


「……歩きにくい」

私は思わず漏らした。


隣を歩く瀬戸慎治は、スポーツバッグを肩にかけ、相変わらずの「モデルかよ」と突っ込みたくなるような姿勢で夜道を闊歩していた。


「……斉藤さん、さっきから歩幅が狭いぞ。股関節の可動域を狭めるような歩き方は、骨盤の歪みを招く。もっとダイナミックに脚を運べ」


「……うるさいわね。誰のせいでこんなにパツパツになってると思ってるのよ。貴方の『大臀筋ハラスメント』のせいでしょうが」


「ハラスメントではない。事実に基づいた最適な指導だ。……それより、もうすぐドイエーだ」


視線の先には、大島住民の心の拠り所、ドイエー大島店の看板が夜空に輝いていた。

昨日までは「獲物(鶏胸肉)」を奪い合う戦場だったこの場所が、今日はなぜか、戦友と共に帰還する基地のように見えるから不思議だ。



自動ドアをくぐると、冷気が火照った体を心地よく冷やしてくれる。

私たちは吸い寄せられるように、地下一階の精肉コーナーへと向かった。

夜のスーパーで並んで歩くハイスペ商社マンと役所職員。

端から見れば「買い物帰りのカップル」に見えなくもないかもしれないが、私たちの会話にそんな甘い気配は微塵もない。


「……よし。今日はまだ残っているな」


慎治が足を止めたのは、やはりあの「国産鶏胸肉メガパック」の前だった。

先週、私と醜い争奪戦を繰り広げた、あのピンク色の塊だ。


「……斉藤さん。昨日の残りはもう食べたのか?」


「食べたわよ。貴方の言った通り、炊飯器の保温モードで2時間。……悔しいけど、今までのパサパサした私の人生は何だったのかって思うくらい、しっとりしてたわよ」


「そうか。アミノ酸のポテンシャルを引き出すのは、暴力的な火力ではなく、慈しむような定温管理だ。……今日は、この右から二番目のパックがいい」


慎治が、まるで宝石鑑定士のような手つきで一つのパックを指し示した。


「……え、どれも同じじゃないの?」


「素人だな。見ろ、この肉の盛り上がり。表面の瑞々しさ。ドリップが全く出ていない。これは解凍のタイミングが完璧だった証拠だ。……これを二つ買おう。一つは君の分、もう一つは俺の分だ」


「……半分こじゃないの?」


「今日は俺も追い込んだ。600グラムでは足りない。……君もだ。アーチェリーで酷使した筋肉を修復するには、十分なたんぱく質が必要だ。……ケチるな、斉藤さん。筋肉は投資だ」


「投資……。公務員にそんな予算はないわよ」


文句を言いながらも、私は彼が選んだ「最高の一品」をカゴに入れた。

昨日とは違う。

今日は奪い合いではなく、確かな「信頼」に基づいた共同調達だ。

私たちはそのまま、野菜コーナーへと移動した。


「……次はブロッコリーだ」


慎治が、緑色の森のような陳列棚の前で立ち止まる。


「ブロッコリーなんて、茹でればいいだけでしょ? 冷凍のやつでもいいし」


「冷凍? 論外だ」


慎治は、棚の中からひときわ蕾が詰まった、濃い緑色のブロッコリーを掴み取った。


「冷凍は加工の過程でビタミンが流出している可能性がある。……斉藤さん、いいか。ブロッコリーは最強の野菜だ。テストステロンの分泌を助け、抗酸化作用もある。だが、茹でる時間は1分45秒。それを1秒でも過ぎれば、栄養素はすべて湯の中に逃げ出すと思え」


「1分45秒……。カップラーメンより短いのね」


「蒸すのがベストだが、時間がないなら電子レンジでもいい。だが、加熱しすぎは罪だ。……君の大臀筋をさらに高みへ引き上げたいなら、この『緑のダイヤモンド』を正しく扱うことだ」


「緑のダイヤモンド……」


もう、この男が何を言っても驚かない。

けれど、彼が語る栄養学は、すべてにおいて「効率的」で「合理的」だった。

窓口で「スペック、スペック」と連呼していたあの傲慢さは、自分自身の肉体に対する、この異常なまでの誠実さの裏返しだったのだと、ようやく理解し始めていた。


「……瀬戸さんって、本当に……変態ね」


「……最高の褒め言葉として受け取っておこう。……レジへ行くぞ」



レジを済ませ、私たちはドイエーの出口を出た。

夜風が、練習で疲れた筋肉を優しく撫でる。

慎治は自分のカゴから袋詰めした荷物を持ち、ふと隣の建物を見上げた。


ドイエーのすぐ隣。

煌々と明かりが灯る、ガラス張りの施設。

『シルバーマンジム(大島)』。


「……俺はこれから、あそこで一汗流して帰る」


「えっ? 今から? アーチェリーであんなに練習したのに?」


「アーチェリーは『技術』と『精神』だ。……筋肥大のための刺激とは別物だ。今日は、背中と二頭筋の日なんだ。……斉藤さん。君も、どうだ?」


「……え?」


慎治は、ジムの入り口を指差した。


「君の自重トレーニングも悪くないが、マシンの負荷による『非日常的ストレス』を知れば、君の11号スカートは、いよいよ物理的に終わりを迎えるだろう。……だが、その先にある景色は、今の君には想像もできないほど美しいぞ」


「……物理的に終わりって、不吉な予言しないでよ」


私は、自分のスカートの安全ピンを、こっそり指で押さえた。

確かに、自重トレーニングだけでは限界があることは分かっていた。

けれど、この男と同じ空間で、鉄の塊を上げ下げする……。

それは、私の「公務員」としての平穏な生活を、根底から破壊してしまうような気がして。


「……遠慮しとくわ。私は、家で静かに低温調理する方が性に合ってるの」


「そうか。……まあ、いい。君の『大臀筋』が、もっと大きな負荷を欲しがった時に来ればいい。……俺はいつでもあそこにいる」


慎治は、フッと不敵な笑みを浮かべた。

その瞳は、窓口で見た「顧客」のそれではなく、完全に「同じ道を志す者」としての熱を帯びていた。


「……おやすみ、斉藤さん。明日の窓口では、しっかりたんぱく質を摂取した顔を見せてくれ」


彼はそう言い残すと、颯爽とジムの入り口へと消えていった。

自動ドアが開くたびに漏れ聞こえてくる、ハードコアなロックの重低音と、鉄がぶつかり合う音。

その中に吸い込まれていく彼の背中を見送りながら、私は自分のバッグの中の、1.2キロの鶏胸肉とブロッコリーを見つめた。


「……1分45秒ね」


私は、一人で歩き出した。

大島の商店街を抜けて、自宅へ向かう道。

心拍数は、もうとっくに落ち着いているはずなのに、胸の奥がじんわりと熱い。


これは恋じゃない。

断じて、恋なんかじゃない。

私はただ、江東区の公務員として、一人の「特殊すぎる」顧客の生態を調査しているだけだ。

……そう、自分に言い聞かせる。


けれど、私の指はスマホを操作し、ドイエーのポイントカード……ではなく、『シルバーマンジム・入会キャンペーン』のページを開き始めていた。


「……あいつのせいよ。全部、瀬戸慎治のせいなんだから」


秋の夜空、月が大臀筋のように……いえ、美しく輝いていた。

私の11号スカートの限界は、もう、すぐそこまで迫っていた。


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