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機能美から始まる江東区政ラブ・マッチング ~私を『女神』と呼ぶ最強エリートは、重度の筋肉フェチでした~  作者: あおきつばさ


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第21章:プロテイン越しの恋人たち

第21章:プロテイン越しの恋人たち

「……おはようございます」


月曜日の朝。江東区役所二階、恋愛成就課(RAJ)。

私は、震える手で自動ドアを開けた。

本来なら、一週間の始まりというものは、週末に蓄積した乳酸をほぐしながら、淡々と事務作業に没頭する平穏な時間のはずだ。けれど、今朝の私は、まるで全裸で荒川の堤防を全力疾走した後に、そのまま区議会に召喚されたような、形容しがたい羞恥心に包まれていた。


原因は、言うまでもない。

あの日――夢の島アーチェリー場での「ダブル・パァン!」。

慎治さんの劇的な逆転優勝。

そして、私の特注セットアップが物理法則を無視して宇宙へと射出された、あのホックの悲鳴。

さらに追い打ちをかけるような、慎治さんの「全観衆の前での愛の咆哮」。

(お姫様抱っこ付き)


「……あ、斉藤主任。おっはようございまーす!」


背後から、鼓膜を突き抜けるような高デシベルの声。

青山愛が、ニヤニヤを通り越してもはや顔面が崩壊しそうなほどの笑顔で、私のデスクに詰め寄ってきた。


「見ましたよ! SNSで動画、爆速で拡散されてましたよ! 『アーチェリーの神に愛された男と、ホックを犠牲にした女神』って! もう、江東区中の独身男女が泣いてます!」


「……死にたい。今すぐこの執務室の床を大臀筋で踏み抜いて、地下三階まで沈み込みたいわ……」


私は、予備の(安全ピンで五箇所をがっしりと固定した)11号スカートを気にしながら、椅子に沈み込んだ。

園田さんは眼鏡を拭きながら「……いい尻だったわよ、あの一瞬」と、もはやセクハラと称賛の境界線すら危うい一言を投げかけてくる。


そして。


「……斉藤さん。ちょっと、ブースへ」


江頭課長が、手にしたスポーツ新聞の「都民大会、瀬戸選手が劇的V」という記事をトントンと指で叩きながら、私を呼んだ。



「……で。成婚(?)、ということでいいのかしらね」


課長は、瀬戸慎治さんの分厚い相談員ファイルを、パタンと閉じた。


「……はい。瀬戸様からは、正式に退会手続きの書類を……いえ、その、『これからは、俺が彼女を独占し、管理する』という、非常にデリカシーのないメッセージと共に受理いたしました」


「ふん。実績1件追加ね。……斉藤さん。貴方が自分の制服を何着破棄しようと、それは貴方の自由だけど。……彼のような『個体』を射止めたからには、江東区の未来のために、しっかりと繋ぎ止めておきなさいよ」


「……課長」


「……おめでとう。……それと、青山さんがもう13号のカタログ、貴方のデスクに置いてたわよ。いい加減、数字に縛られるのはやめなさい」


課長の不器用な祝福に、胸が熱くなる。

11号のスカート。それは私の鎧であり、呪いだった。

けれど、それを自らの筋肉の力で――そして慎治さんへの想いの熱量で――打ち破った今、私の心には不思議なほどの清涼感が広がっていた。


その時。


カツ、カツ、カツ。


聞き慣れた、1分間に120歩という完璧なピッチの足音。

自動ドアが開き、そこに立っていたのは。


「……失礼。……恋愛成就課、斉藤相談員はいらっしゃるだろうか」


ネイビーのオーダーメイドスーツを纏った、瀬戸慎治。

来庁者たちが一斉に振り返る。江東区役所に、突如としてハリウッド映画の撮影が始まったかのような華やかな空気が流れる。

彼は、迷いのない足取りで私のブースまでやってくると、そのまま江頭課長に向かって深く頭を下げた。


「課長。……最高のマッチングを、感謝いたします。……私は、自分の人生という名の『的』のど真ん中に、この、斉藤美緒さんという名のゴールドを射抜くことができました」


「……っ、瀬戸さん! ここ、役所ですよ!?」


私の叫びを無視し、慎治さんは私の手首をそっと、けれど力強く掴んだ。


「……斉藤さん。……業務時間はもうすぐ終わりだろう。……今日は、私たちの『初デート』だ。……リザーブは、完了している」


「……リザーブ? 清澄白河のおしゃれなカフェとか?」


「……フン。俺を誰だと思っている。……俺たちが向かうのは、俺たちの魂が最も純粋に共鳴レゾナンスする、あの場所だ」



夕暮れの江東区大島

私たちが辿り着いたのは、ガラス張りの、煌々と明かりが灯るあの聖域。


「……シルバーマンジム」


私は、呆然と看板を見上げた。

初デートでジム。

普通なら、ここで女性は激怒し、ヒールで彼の足の甲を踏みつけて立ち去る場面だろう。

けれど、私は――。


(……ああ。……分かってた。……貴方なら、そう来ると思ってたわよ!)


不思議と、怒りは湧いてこなかった。

むしろ、バッグの中に入っている「替えのレギンス」と「室内用シューズ」が、出番を待ってワクワクしているのが分かる。


「……斉藤さん。……今日は、これを君に渡したかった」


ジムの受付の前。慎治さんが、小さな、けれど重厚な箱を私に差し出した。

宝石箱……ではない。

中に入っていたのは、チタン製の、マットブラックな輝きを放つ「ペア・プロテインシェイカー」だった。


「……シェイカー?」


「……ああ。……通常のプラスチック製とは強度が違う。……俺たちの愛が、どんな激しいシェイクにも耐え、アミノ酸の結晶のように美しく溶け合うように……特注した」


「…………」


慎治さんの瞳は、至って真剣だ。

バカね、と笑いたいのに。涙が出た……


そのシェイカーを握った瞬間、私の手に伝わる「重み」が、彼という男の誠実さのすべてを物語っているようで。


「……ありがとう、瀬戸さん。……これ、私の『生涯の補助スポット』の証しとして、大切にするわ」


「……よし。……では、行こうか。……今日は、レッグの日だ」


「…………望むところよ!」


私たちは、更衣室へと消えた。

数分後、江東区が誇るハイスペック商社マンと、江東区役所の「筋肉質」な公務員は、並んでパワーラックの前に立っていた。


「……斉藤さん。……フォームを見せてみろ。……大臀筋を意識して、深く、もっと深く沈め」


「……言われなくても分かってるわよ! ……見てなさい、私の『新生・13号』……いえ、サイズなんて関係ない、私の魂のスクワットを!」


バーベルを担ぐ。

肩に食い込む、心地よい重み。

慎治さんが私の背後に立ち、優しく、けれど的確な位置に手を添えてくれる。

彼の胸の鼓動。プロテインの匂い。


深く沈み込み、そして、一気に蹴り上げる。


その瞬間、私は確信した。

スペック。年収。家柄。号数。

そんな数字の羅列では決して測れないものが、この世には存在する。


それは、共に汗を流し。

共に重荷を背負い。

そして、共に一歩ずつ、重力に抗って立ち上がる、この「感覚」だ。


「……いいぞ、美緒。……素晴らしい躍動だ」


「……瀬戸さん、重いです……。……でも、……幸せ」


トレーニングルームの鏡に映る、二人の姿。

汗に濡れ、顔を真っ赤にしながら、けれど誰よりも眩しい笑顔を浮かべている。


プロテイン越しの、私たちの初デート。

それは、清澄白河のどんな高級カフェのラテアートよりも、甘く、熱く、そして高たんぱくな時間だった。


じれったい恋のステップは、心地よい筋肉の痛みと共に、新しいステージへと踏み出した。

江東区の夜。私たちの愛のバルクアップは、まだ始まったばかりだ。


「……瀬戸さん、明日、筋肉痛で窓口に立てなかったら、どうしてくれるのよ」


「……その時は、俺が君をおんぶして、清澄白河中をランニングしてやろう」


「……本当に、最後までデリカシーがないわね!」


私たちの笑い声が、鉄の音が響くジムの中に、高く、高くこだましていた。


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