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機能美から始まる江東区政ラブ・マッチング ~私を『女神』と呼ぶ最強エリートは、重度の筋肉フェチでした~  作者: あおきつばさ


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第16章:RAJイベントの波乱

第16章:RAJイベントの波乱

「……いい、みんな。今日の『江東ラブ・マッチング2026』は、わが恋愛成就課の存亡がかかった一大プロジェクトよ。一組でも多くのカップルを成立させ、江東区の出生率をV字回復させるのよ!」


江東区内にある多目的ホールの楽屋裏。江頭課長の檄が飛ぶ。

私は、支給された蛍光ピンクのスタッフジャンパーを羽織り、深く頷いた。このジャンパーは、私の膨らみすぎた大臀筋と、今にも弾け飛びそうな11号スカートのホックを隠してくれる「守護神」だ。


「斉藤さん、あんた顔が怖い。少子化対策っていうより、これから敵を制圧しに行く特殊部隊の顔よ」


隣でパイプ椅子を運んでいた園田さんが、呆れたように私を見た。


「……園田さん。これは戦いなんです。……公務員としての誇りと、……個人的な、その、ケジメの」


「ふん。まあ、そのスカート、パツパツすぎて今にも破れそうだけどね。……感情のバルクアップもいいけど、制服のサイズアップも検討しなさいよ」


園田さんの鋭い指摘を背中で受けながら、私は会場へと飛び出した。



会場には、江東区内から集まった二百人の独身男女が溢れ、熱気と緊張が渦巻いていた。


本日のメインゲスト『瀬戸慎治』。


それは、わがRAJが誇る「成婚成功事例(予定)」にして、区内屈指のハイスペック個体。


彼は、壇上の来賓席に座っていた。

 完璧に仕立てられたスリーピースのスーツ。背筋はアーチェリーの弦のように一点の緩みもなく伸び、周囲の女性参加者たちからの視線を文字通り「射抜いて」いる。

 けれど、彼の隣には。


「……瀬戸様。このプロテイン飲料、清澄白河の最新ショップで取り寄せたものですの。お疲れでしょう? どうぞ」


香坂麗奈、彼女は、なぜか「来賓付き添い兼、イベントサポーター」という謎の肩書きを(おそらく親のコネか何かで)手に入れ、慎治さんの隣をがっちりとキープしていた。

彼女が慎治さんの愛用している、あのこだわり抜かれたプロテインボトルに、白い指先でしなだれかかるように触れる。


(……っ、あの女……! そのボトルの洗浄温度は60℃以上、乾燥は自然乾燥じゃなきゃダメだって、あいつがうるさく言ってるのを知らないの!?)


私の指が、受付のクリップボードをミシミシと鳴らした。


「美緒さーん、目が! 目が完全に『バーベル100キロを持ち上げられない自分への怒り』みたいになってます!」


青山愛が駆け寄ってきて、私の袖を引く。


「……青山さん。見て、あの麗奈様。慎治さんのパーソナルスペースを30センチ以内に侵食しているわ。これは、RAJのルールにおける『過度な接近』に該当するんじゃないかしら?」


「美緒さん、それ、ただの嫉妬です。……でも、確かにあの麗奈さん、瀬戸様が飲み残した水を自分のバッグに隠そうとしてました。……ちょっと、方向性が美緒さんとは別の意味でヤバいですよ」


「隠した……!? あのアミノ酸バランスを計算し尽くした貴重な水分を、ただの観賞用にするつもり!? 許せない……っ!」


私は、怒りの尻圧で11号の縫い目をピリピリと震わせながら、会場の巡回へと向かった。



本日の目玉企画である「ペア対抗・シミュレーションアーチェリー大会」が始まった。

デジタルスクリーンに映し出された的に、専用の弓で矢を放つゲームだ。慎治さんは、模範演技として壇上で弓を構えることになっていた。


「さあ、瀬戸様。皆様にその華麗な射形しゃけいを見せて差し上げて」


麗奈様が、司会者のマイクを奪わんばかりの勢いで慎治さんを促す。

慎治さんは、面倒そうに、けれど仕事としての完璧さを崩さず、弓を手に取った。

その瞬間、会場中の女性から「キャーッ!」という悲鳴に近い歓声が上がる。

慎治さんは、私の姿を会場の隅に見つけると、一瞬だけ目を細め、不敵に笑った。


(……やってやりなさいよ、筋肉ダルマ)


私は、胸の前で小さく拳を握った。

慎治さんがゆっくりと弓を引き絞る。

その広背筋が、スーツの上からでもわかるほど逞しく盛り上がった、その時だった。


バチッ!!


会場のメインスクリーンの電源が落ちた。

会場の端で、延長コードに足を引っかけて宙を舞っている男の姿がスローモーションで見えた。

さらには、そのコードに引っ張られたのか、舞台脇の重厚なスピーカーラックが、ゆっくりと参加者たちのいる方向へ傾き始めたのだ。


「きゃああああっ!」

「危ない!」


会場がパニックに陥る。

舞台袖のスタッフは動揺し、江頭課長が叫んでいる。

だが、誰よりも早く動いたのは、私だった。


「……道を開けて!」


私は、元陸上部のフットワークをフル稼働させ、スタッフジャンパーをなびかせて疾走した。

傾きかけた巨大なラックの下に潜り込み、両手を突き出す。

100キロを近い重量が、私の肩と腕にのしかかる。


「……っ、ふんんんんんっ!!」


凄まじい負荷。

私の下半身――シルバーマンジムで鍛え上げた大臀筋と大腿四頭筋が、震えながらも地面をガッチリと捉えた。

だが、その瞬間。


ピキッ、ピシィィィィン!!


私の腰回りで、この世のものとは思えない「破壊の旋律」が奏でられた。

11号のスカートのホックが、ついに対外的な限界を超えて爆散し、ピンクのジャンパーの内側で自由の身となった。

ずり落ちそうになるスカート。だが、両手は重いラックを支えている。


絶体絶命。


「……斉藤さん、支えていろ!」


横から、強い力が加わった。

慎治さんだ。

彼は壇上から飛び降り、私の隣で、片手でラックを支え、もう片方の手で……私の、ずり落ちそうになったスカートのウエスト部分を、ジャンパー越しにグイと掴み上げた。


「……っ、瀬戸さん!?」


「いいから踏ん張れ! ……左の大臀筋で重心を支えろ。右の広背筋を3センチ上げろ。……俺が支点になる、君は『力点』になれ!」


「……了解よ、この筋肉バカ!」


私たちは、二百人の観客の前で、阿吽の呼吸で巨大なラックを垂直に押し戻した。

慎治さんの体温と、プロテインの匂いが、至近距離で私を包む。

彼は、ラックを安全な場所へ押し込むと、そのまま私を抱きかかえるようにして舞台裏へと連れ去った。


「……す、すごい……」

「今の二人、何……? 映画?」


会場には、どよめきに似た拍手が沸き起こっていた。



イベント終了後の、薄暗い会場裏。

 私は、安全ピン(常備している最強の十本セット)でスカートを修復し、崩れ落ちるように壁にもたれかかっていた。


「……斉藤様。……ご苦労様でしたわ」


冷たい声。

香坂麗奈様が、影の中から現れた。

その瞳は、もはや「薔薇」の美しさではなく、獲物を追い詰めた蛇のような執念に満ちていた。


「……香坂様。トラブルは解決いたしました。……お怪我はありませんでしたか?」


「……ええ。お陰様で、瀬戸様の『本当の関心事』がどこにあるか、死ぬほどよく分かりましたわ」


麗奈様は、私の一歩手前で立ち止まり、私の腰回りを、汚いものを見るような、それでいてどこか敗北を認めたような複雑な目で見つめた。


「……あなた、ただの公務員じゃないわね。……瀬戸様がさっきから、機材を直している間も、参加者の前で挨拶している間も……ずっと見つめていたのは、私の顔でも、マッチングの数字でもない」


麗奈様が、私の、安全ピンで補強された「後ろ姿(お尻)」を指差した。


「……あなたの、その……たくましすぎる後ろ姿だけよ。……瀬戸様は、あなたのその『筋肉』に、魂を売ってしまったのね。……滑稽だわ。港区のどんな宝石よりも、江東区の公務員の、筋肉の方が価値があるなんて!」


「……香坂様、それは……」


「……黙りなさい! ……でも、これだけは言っておくわ。……筋肉バカには、筋肉バカがお似合いってことよ! ……せいぜい、一生二人で鶏胸肉を噛みしめていればいいわ!」


麗奈様は、目に涙を溜めながら、翻るスカートとともに走り去っていった。

それは、ハイスペック女子としての、彼女なりの最期のプライドだったのかもしれない。


「……筋肉バカに、筋肉バカ、か。……最高の賛辞だな」


影から、慎治さんが現れた。

彼は、私の隣に立つと、自分のネクタイを少し緩め、ふぅ、と長く息を吐いた。


「……見ていたんですか?」


「ああ。……麗奈の言う通りだ、斉藤さん。……俺の目は、最初から君のその……ストイックな後ろ姿バックショットしか捉えていない」


慎治さんは、私の肩に手を置いた。


「……斉藤美緒。……今日、確信した。俺の横で重い機材を支えられるのは、君しかいない。……俺の人生という名の『ラック』も、君と一緒に支えていきたいんだが……この『マッチング』に、異論はあるか?」


「…………」


私の11号スカートの安全ピンが、彼の言葉の熱量で再びピリリと震えた。


「……異論、だらけよ。……私のスカートがこれ以上破れないように、貴方が毎日補助スポットに入ってくれるなら……考えてあげてもいいわよ」


「……ああ。24時間、365日、君のバルクアップを保証しよう」


慎治さんが、私の手を握る。

江東区の、夜のホール裏。

二百人のマッチングよりも、もっと熱く、もっと不器用な、世界一「筋肉質」な恋が、今、正式に成立した。


けれど、私はまだ気づいていなかった。

 麗奈様が走り去りながら、江頭課長に「ある告発状」を提出していたことを。


私たちの恋のロードワークは、まだまだ障害物だらけのようだ。


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