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機能美から始まる江東区政ラブ・マッチング ~私を『女神』と呼ぶ最強エリートは、重度の筋肉フェチでした~  作者: あおきつばさ


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第2章:ドイエー大島店の「鶏胸肉(メガパック)」は、譲れない

第2章:ドイエー大島店の「鶏胸肉メガパック」は、譲れない

「……死ぬ。今日こそ、私の大腰筋だいようきんが過労死するわ」


午後8時30分。江東区役所の重い玄関を出た瞬間、私は夜の空気に毒を吐いた。

駅前でのチラシ配り、その後の大量の事後処理。おまけにあの「歩く彫刻」みたいな傲慢男のせいで乱れたペースを取り戻すために、午後はノンストップで事務作業に没頭した。

おかげで、今の私のHPは赤色点滅状態だ。


唯一の救いは、座りっぱなしのデスクワークでも、11号のスカートが「パツパツ」という適度な緊張感を私の下半身に与え続けてくれたこと。

これがもし、ゆとりのある13号だったら? 私は今頃、職場の椅子でスライムのように溶け去っていただろう。


「……肉。肉を食べなきゃ。それも、最高に質のいいたんぱく質を」


私の脳内メーカーが「肉」の一文字で埋め尽くされる。

向かう先は、大島住民の聖地――ドイエー大島店だ。

ここには、私の戦友とも言える「国産鶏胸肉」が、都内屈指のコスパで鎮座している。



ドイエー大島店の自動ドアを抜けると、冷房の冷気とともに、惣菜コーナーから漂う揚げ物の暴力的な香りが私を襲った。

コロッケ。メンチカツ。唐揚げ。

悪魔の誘惑が「さあ、脂質を摂れよ」と囁きかけてくるが、私は鋼の意志でそれらを一蹴した。


「今の私に必要なのは、アミノ酸スコア100の純粋な筋肉の糧。揚げ物の衣なんて、全ダイエット女子に対する冒涜よ」


私はカゴを手に、地下一階の精肉コーナーへと急ぐ。

エスカレーターを駆け下りる足取りは、もはや獲物を追う捕食者のそれだ。

狙うは、1パックで1キロを超える「メガパック」。それも、この時間帯なら貼られているはずの『3割引き』のシール付きだ。


あった。

精肉コーナーの最奥。スポットライトを浴びたステージのように、そのパックは最後の一つとして輝いていた。

3割引きのシール。鮮やかなピンク色の肉質。ドリップ(肉汁)も出ていない、完璧なコンディション。


「……もらったわ」


私は電光石火の速さで手を伸ばした。

しかし……。

私の指がラップに触れる、そのわずか0.1秒前。

反対側から伸びてきた「大きな壁」のような影が、パックの反対側をがっしりと掴んだ。


「……え?」


私の視線が、パックを掴んだその「手」に向かう。

浮き出た血管。節くれだった長い指。そして、仕立ての良い白いシャツの袖口。

嫌な予感が、背筋を駆け上がった。

ゆっくりと視線を上げると、そこには、今日という最悪な一日の象徴が立っていた。


「……また、君か」


低く、温度を奪うような声。

東陽町駅前で私を「市場価値のない女」呼ばわりした、あの傲慢筋肉男。

男は、驚いた様子も見せず、ただ不愉快そうに眉を寄せた。


「……貴方、なんでここに?」


「質問が逆だ。ここは俺の生活圏内だ。清澄白河からなら、ここが一番質のいい鶏肉を置いている。……手を離してくれないか。これは俺が先にターゲットにした」


「冗談じゃないわ! 私の指の方が先にラップの静電気を感じたわよ! そもそも、清澄白河にお住まいなら、もっとオシャレなオーガニックスーパーにでも行けばいいじゃない!」


私はパックを離さず、グイと自分の方へ引き寄せた。

男はびくともしない。まるで、岩場に深く根を張った巨大な貝のようだ。


「オーガニックなど、コストに見合わない。俺が求めているのは、効率的なバルクアップに必要な動物性たんぱく質の『量』と『鮮度』だ。今夜はレッグの日なんだ。この1.2キロを摂取しなければ、明朝の超回復に支障が出る」


「脚の日……? 貴方、そんな涼しい顔して、今日スクワットでもやるつもりなの!?」


「当たり前だ。週3回のスクワットは、ビジネスマンとしてのリスクマネジメントの一環だ。……それより君こそ、なぜそんなに必死なんだ。まさか、そのパンパンのスカートを破るために脂肪を蓄えるつもりか?」


「……っ! 失礼ね! これは筋肉なのよ! 私は11号のプライドを守るために、この鶏胸肉で大臀筋を労わなきゃいけないの! 貴方みたいな、生まれつきの骨格だけで威張ってる男にはわからないでしょうけど!」


スーパーの精肉コーナーで、大の大人が鶏肉のパックを両端から掴み合い、筋肉論をぶつけ合う。

通りかかる主婦たちが「あらやだ……」と不気味なものを見る目で避けていくが、今の私には一歩も退けない理由がある。


「国産鶏胸肉。100グラム当たり78円。そこからの3割引き。これを逃したら、私の今月の食費とたんぱく質摂取計画が崩壊するのよ!」


「……頑固な女だな」


男は呆れたように吐き捨てたが、その掴む力は一切緩まない。

それどころか、彼は私のカゴの中を鋭い目で見つめてきた。


「プロテインバーに、ギリシャヨーグルト。……ほう、BCAAサプリまで入っているのか。役所の事務職にしては、栄養戦略の基礎はできているようだが、詰めが甘い」


「詰めが甘いって何よ!」


「鶏胸肉をそのまま焼くつもりだろう。それでは吸収効率が悪い。低温調理器を使って60℃で2時間加熱し、細胞を壊さずに……」


「そんな時間ないわよ! こっちは残業帰りなの! 貴方のせいで余計な仕事が増えた、哀れな公務員なのよ!」


言い合いは平行線を辿った。

どちらも引かない。私は元陸上部。彼は自称「脚の日」の商社マン。

二人とも、意志の強さと大腿四頭筋の筋力だけは人並み外れているのだ。


「……おい、そこの二人」


不意に、上から野太い声が降ってきた。

見ると、白衣を着た精肉担当のおじさんが、包丁を片手に(※仕事中なので当然だが)怪訝な顔でこちらを見ていた。


「いつまでやってんだ。そのメガパック、そんなに二人で分け合いたいのかい?」


「「分け合いたくありません!」」


声が揃った。

おじさんはハハハと笑い、「じゃあ、こうしな。半分に分けて、別のパックに入れ直してやるよ。3割引きのシールもそのままだ」



-5分後-

私は、当初の予定の半分、600グラムになった鶏胸肉のパックを手に、レジを通った。

横には、同じく600グラムの肉を手にした、相変わらず不機嫌そうな男。


ドイエーの入り口を出ると、大島の夜風が火照った頬に心地よかった。

隣を歩く男は、無言でジャケットを肩にかけ、スマートに歩き出そうとしている。

その姿を見て、先週RAJの窓口で後輩の青山愛と揉めていた筋肉馬鹿クレーマーのことを思い出してしまった。


(ジャケットの下にタンクトップだけの、いかにもな、脳筋が新卒の小娘相手に1時間筋肉愛を熱弁してたのは……久々の警備員連行事案だったわね……)


「……ちょっと筋肉ダルマさん」


私は思わず呼び止めた。


「誰がダルマだ!俺は瀬戸だ」

男は足を止め、面倒そうに振り返る。


「……まだ何かあるのか。まさか、ドレッシングの貸し借りでも申し出るつもりか?」


「誰がそんなことするか! ……そうじゃなくて。貴方、瀬戸さん、って言ったわよね。一言アドバイスしてあげるわ……マッチングの条件にベンチプレス80キロ上げられる人とか、大臀筋が美しい人なんて書くの、やめた方がいいわよ。引かれるわよ、普通」

「この前、貴方のような筋肉馬鹿がそんなことをうちの窓口に来て熱弁していたのよ」


「マッチング? 何の話をしているんだ……」

筋肉ダルマこと瀬戸は、少しだけ意外そうに目を見開いた。

そして、月明かりの下で、私の下半身――もとい、11号のスカートに包まれたラインを、一瞬だけ事務的に、けれど射抜くような鋭さで眺めた。


「その筋肉馬鹿は正しい。美しい筋肉は正義だ! 俺も自分を律せられない人間と人生を共にするつもりはない。君のように、スカートの限界に挑み続けるようなストイックな『個体』は、この街には稀なようだがな。」


「……褒めてるの? 喧嘩売ってるの? 個体ってなんなの?」


「分析だ。あと、その筋肉野郎も区民なんだろ? 個人の趣味を第三者に暴露するのはコンプライアンス的にどうなんだ?」


瀬戸は笑いながら言うと、そのままドイエーの隣にある「シルバーマンジム」の方へと歩き出した。


「言わなきゃよかった……」


そうか。彼はこれから、あそこで「脚の日」を遂行するのだ。

多分、エリートビジネスマン。高収入。高学歴。そして、完璧な肉体管理。

確かにハイスペックだ。けれど、中身は筋金入りの「合理主義変態」じゃない。


「……あんな男、江東区の独身女性に紹介できるわけないでしょ。クレームの嵐だわ」


私は自分のバッグに入った600グラムの肉の重さを感じながら、トボトボと家路についた。

胃が痛い。チラシ配りの疲れか、それとも彼との接触による精神的摩耗か。

けれど、不思議と足取りは少しだけ軽かった。


(……低温調理器、だったっけ。60℃で2時間……)


あんな男のアドバイスなんて聞くもんか。

そう思いながらも、私はスマホで『低温調理 鶏胸肉 究極』と検索し始めている自分に気づき、慌てて画面を閉じた。


「……二度と、会いませんように」


大島の商店街の街灯が、私の11号のスカートを虚しく照らしていた。

けれど、運命という名の「神の筋トレメニュー」は、私にさらなる追い込みをかけようとしていた。


翌朝、江東区役所二階、恋愛成就課。

私のデスクの上に置かれた『新規相談者ファイル』の一番上には、昨日見たばかりの、あの整いすぎた顔写真が、不敵な笑みを浮かべて(いるように見えて)私を待ち構えていたのだ。


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