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機能美から始まる江東区政ラブ・マッチング ~私を『女神』と呼ぶ最強エリートは、重度の筋肉フェチでした~  作者: あおきつばさ


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第1章:鉄壁の11号と、最悪な壁の男

第1章:鉄壁の11号と、最悪な壁の男

「……ふんっ、ぬぅぅ……!」


江東区大島、午前7時30分。

築30年の賃貸マンションの一室に、私の短い悲鳴が響く。

姿見の前で、私は全身の細胞を一点に集中させていた。ターゲットは、チャコールグレーの事務指定服――そのウエスト部分に鎮座する、銀色の小さな悪魔。ファスナーの引き手だ。


「入れ……入りなさいよ、私の大臀筋だいでんきん……! これは太ったんじゃない。成長なの。昨日のワイドスクワットの成果なのよ!」


グイ、と指先に力を込める。布地が悲鳴を上げ、私の皮膚がわずかに挟まりそうになるスリル。その瞬間、「パチン」という小気味よい音とともに、ファスナーが最上部へと到達した。

勝利だ。

私はふぅ、と長く息を吐き、鏡に映る自分を厳しくチェックする。


斉藤美緒、25歳。江東区役所・恋愛成就課(通称:RAJ)勤務4年目。

血液型A型、趣味は自宅での自重トレーニング。

今日のコンディションも悪くない。特に、3年かけて育て上げたこのヒップライン。

11号のタイトスカートが、まるでオーダーメイドのよう……いや、正直に言えばパツパツの魚肉ソーセージのように張り詰めているが、これが私のプライドだ。

13号にサイズを上げる? 否! それは、私にとって「怠惰」への屈服を意味する。


「よし、今日も戦えるわ」


パンパン、と自らの尻を叩いて気合を入れる。

その時、テーブルの上のスマホが震えた。中学からの親友、舞からのLINEだ。


『美緒! 私、結婚することになったよ! 今度お祝いしてね(指輪の絵文字)』


「…………」


おめでとう。心から、地球の裏側まで届くくらいおめでとうと思っている。

けれど、25歳という年齢は残酷だ。SNSを開けば、左手の薬指を自慢げにかざす同年代が溢れ、週末のタイムラインは披露宴のフルコース写真で埋め尽くされる。

江東区の少子化を食い止めるために働く私が、私自身の少子化対策に手付かずでどうする。


「仕事、仕事よ。美緒」


私は無理やり思考をシャットダウンし、プロテインシェイカーを一気に飲み干すと、戦場――もとい、職場へと向かった。



江東区役所本庁舎、その二階の一角に、私たちが所属する「恋愛成就課(RAJ)」はある。

2020年、深刻な少子化に歯止めをかけるべく、区が鳴り物入りで設置した特命部署だ。

主な業務は住民の恋愛相談、婚活イベントの運営、そしてデータに基づくマッチング。

……と言うと聞こえはいいが、現実は甘くない。


「斉藤さーん、またクレーム電話。『去年のパーティーで出会った男が、年収を50万サバ読んでた。区の責任で差額を補填しろ』だって」

「青山さん、それは『法的に対応困難』というテンプレ回答で流して。それより、今日のサンプリングの準備は?」

「できてます! チラシ三千枚、東陽町駅前ですよね。……美緒さん、今日のスカート、一段と攻めてますね」


22歳の新人、青山愛がニヤニヤしながら私の腰回りを見てくる。


「うるさい。これは機能美よ。……さあ、行くわよ。江東区の独身男女を、力ずくで幸せにするわよ!」


私は三千枚のチラシが入った重い段ボールを抱えた。

元陸上部の中距離選手。インターハイ選考会で敗退したあの日から、私の根性は鍛え直されている。この程度の重さ、ブルガリアンスクワットに比べれば綿あめのようなものだ。



午前10時、東京メトロ東西線東陽町駅前。

江東区役所のお膝元であるこの場所は、常にビジネスマンと区役所へ向かう人々でごった返している。


「こんにちは! 江東区役所・恋愛成就課です。今度の週末、婚活イベントを開催します!」


私はアスファルトに根を張るように立ち、腹筋に力を込めて声を張り上げる。

受け取ってくれる人は一割程度。冷たい視線、無視、苦笑い。

公務員の仕事は、時に泥臭い。けれど、このチラシ一枚が誰かの人生を変えるかもしれない。そう信じて、私は笑顔を貼り付け続けた。


不意に、背後から猛烈な「圧」を感じた。

駅の階段を駆け上がってきた人の流れとは明らかに違う、鋭い、風を切り裂くような気配。

振り返る間もなかった。


「……っあ!」


ドォォォン、と。

背中に岩でもぶつかったような衝撃が走った。

中学高校時代陸上部だった私が、踏ん張れなかった。

抱えていた三千枚のチラシが、私の手から文字通り「爆発」するように舞い上がる。


「ちょっと……! 何するんですか!」


私は叫びながら、路上に散らばる白銀の吹雪――『江東区で運命の出会いを!』と書かれたピンク色の紙の山に絶望した。

ぶつかってきた相手は、立ち止まっていた。

高い。

見上げれば、そこには「壁」のような男が立っていた。

仕立ての良いチャコールグレーのスーツ。クリーニング仕上げの白いシャツ。そして、冷徹なまでに整った顔立ちをした男が、足元に落ちたチラシの一枚を、長い指で拾い上げた。


「……『運命の出会い』、か」


男の声は、低く、冷たく、そして不快なほどに響きが良かった。

彼はチラシに書かれたコピーをなぞるように一読すると、フッと鼻で笑った。


「婚活に必死なのは勝手だが、公道でこれほど紙をぶちまけるのは感心しないな。通行の邪魔だ」


「な……っ!」


怒りが、私の美尻を支える大臀筋を突き抜けて脳天まで達した。

なによ、その言い方。ぶつかってきたのは、そっちじゃない。


「あの、ぶつかってきたのは貴方ですよね? それに、これは私の私用じゃなくて、江東区役所の仕事なんです。」


「仕事?」


男は私の言葉を遮り、冷ややかな視線を私に投げた。

その瞳は、まるで出来の悪い統計データを見るような、無機質な輝きを宿していた。


「行政が税金を使って、こんな非効率な紙切れを配り歩いているのか。マッチングの質も知れたものだ。……ご苦労様。その必死さを、もう少し『市場価値の向上』に向けたらどうだ?」


「市場価値……?」


「君個人のことだよ。そんなに11号のスカートを無理に穿きこなす努力をする暇があるなら、もっとスマートに仕事を片付ける方法を考えろと言っているんだ。時間の無駄だ」


男は拾ったチラシを私の胸元に押し付けるように返すと、私の返事も待たずに歩き出した。

あまりの無礼さに、声が出なかった。


なんなの、あの男。

失礼。傲慢。高慢ちき。

しかも、なんで私が11号を無理に履いてるってバレたのよ!


「……っ、ちょっと待ちなさいよ! この筋肉ダルマ!」


叫んだが、男は振り返りもしない。

雑踏の中に消えていくその後ろ姿。

けれど、悔しいことに、トレーニーとしての私の目は、見てしまった。


(……なによ、あの広背筋)


スーツの上からでもわかる。肩甲骨から腰にかけての、完璧なVシェイプ。

歩くたびに微動だにしない体幹。地面を正確に捉える、理想的な重心移動。

あんなに綺麗な姿勢で歩く男、江東区広しといえども、そうはいない。

間違いなく、どこかのジムで相当に追い込んでいる「プロ」の肉体だ。


「……性格は、最低だけど」


私は膝をつき、路上に散らばった「運命の出会い」を一枚ずつ拾い集めた。

指先が震えるのは、怒りのせいか、それとも予感のせいか。

チラシを拾い上げるたび、11号のスカートが「ギチッ、ギチッ」と不吉な音を立てる。


「……見てなさいよ。江東区の公務員を舐めないで」


拾い集めた三千枚のチラシを、私は再び強く抱きしめた。

私の戦いは、まだ始まったばかりだ。

この時の私は、まだ知る由もなかった。

明日、この「最悪の壁」が、私の仕事場である恋愛成就課の相談ブースに、悠然と現れることになるなんて。


そして、彼が抱える「秘密の性癖」が、私の大臀筋をこれ以上ないほどに熱くさせることになるなんて――。


私は立ち上がり、再び駅前で叫び始めた。

ホックが弾け飛ばないよう、インナーマッスルに集中して。


「こんにちは! 江東区役所・恋愛成就課です! 運命の相手、探しませんか――っ!」


東陽町の空は、どこまでも高く、どこまでも無慈悲に晴れ渡っていた。



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