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機能美から始まる江東区政ラブ・マッチング ~私を『女神』と呼ぶ最強エリートは、重度の筋肉フェチでした~  作者: あおきつばさ


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第14章:鉄の仮面と、11号の誓い

第14章:鉄の仮面と、11号の誓い

「……落ち着け、斉藤美緒。貴方は今、江東区の公務員なのよ。……一人の、しがない、お役人なのよ……!」


月曜日の昼休み。江東区役所二階の女子トイレ。

私は、洗面台の鏡に映る自分の顔を、冷たい水で容赦なく叩いていた。

頬が赤いのは、決して血色が良すぎるからではない。

土曜日の夜、荒川の河川敷で浴びた、瀬戸慎治の「魂の告白」の熱が、まだ引いていないからだ。


『君のそのひたむきな魂に惚れたんだ』


脳内で再生される彼の低音ボイス。

そのたびに、私の大臀筋がギュッと収縮し、今朝もなんとか安全ピン三本でねじ込んだ11号のスカートが、ミシミシと悲鳴を上げる。


「……ダメよ。浮かれるんじゃないわ。彼は、まだ『顧客』なの。……退会届が受理されるまでは、私は彼の幸せをサポートする側の人間なんだから」


私は、無理やり「鉄の仮面(公務員スマイル)」を装着した。

鏡の中の自分は、相変わらず凛々しく、そしてどこからどう見ても「下半身が逞しすぎる事務職」だった。



「……あ、美緒さん。なんか……背筋の伸び方が、いつもの1.5倍くらいエグくないですか?」


執務室に入るなり、青山愛が私の背後に回り込んで、肩甲骨あたりをツンツンしてきた。


「失礼ね。私は常に、江東区役所の看板を背負っているのよ。……青山さん、瀬戸慎治様のファイル、出して」


「あ、それならもう江頭課長のデスクですよ。……ほら、昨日瀬戸様から『オンライン退会届』が届いたんですって。理由の欄、『究極の個体を発見したため』って書いてあったらしいですよ。……美緒さん、知ってました?」


「……し、知らないわよ。……究極の個体、ね……。……変態、相変わらずね」


私は、自分のデスクの引き出しに、昨夜慎治から渡された「シルバーマンジム招待券」をこっそり隠した。

心臓が、マウンテンクライマーを一セット終えた後のように、ドクンドクンと脈打つ。


瀬戸慎治、あんな合理的で冷徹な男が、私という「泥臭く走る女」を女神と呼び、スペックの檻から這い出そうとしている。

それは、私にとって最高に嬉しい誤算であり、同時に、最高に恐ろしい挑戦でもあった。


(……私、彼に相応しい『女神』になれるのかしら)


ふと、自分の逞しい二の腕を見る。

女神ミューズというよりは、戦女神ヴァルキリーの方が近い気がする。

そんな自嘲気味な思考を打ち消すように、RAJの自動ドアが、静かに、けれど圧倒的な威圧感を持って開いた。


カツ、カツ、カツ。


大理石の床を叩く、完璧なリズムのヒール音。

現れたのは、昨日カフェで慎治に「君は俺の魂を射抜けない」とまで言わしめた、あの港区の薔薇――香坂麗奈だった。


「……ごめんあそばせ。斉藤様、いらっしゃるかしら?」


麗奈は、昨日のダメージを微塵も感じさせない、5号サイズの白いセットアップを完璧に着こなしていた。

彼女の細いウエストを見るたび、私の11号のスカートが「場違いですよ」と囁いているような気がして、肩身が狭くなる。


「……香坂様。本日はどのようなご用件でしょうか。……瀬戸様とのマッチングは、ご本人の希望により……」


「分かっていますわ。……瀬戸様が、あんなに『取り乱した』お姿、私も初めて見ましたもの」


麗奈は、私のデスクの前に立ち、すっと眼鏡を外した。

その瞳は、一昨日よりもずっと冷たく、そして執念深い光を宿していた。


「……でも、腑に落ちませんの。……瀬戸様のような方が、単なる『ランニングのフォーム』に魅了されて、私のスペックを切り捨てるなんて。……斉藤様、貴方、何か隠してらして?」


「……隠す? 何を、でしょうか」


「……彼との間に、個人的な感情、あるいは……『事務手続き外』の接触があったのではないか、と伺っているの。……公務員としての守秘義務、そして公平性を、貴方は守っていらして?」


麗奈の一言一言が、鋭いメスのように私の良心を切り裂く。

一昨日、彼と手を繋ぎ町中を疾走したこと。

彼のジャケットを借りて、大島の夜道を二人で歩いたこと。

それは、間違いなく「担当相談員」の一線を越えていた。


(……ここで認めれば、私は公務員として失格よ。……瀬戸さんの退会実績も、私の私情によるものだと判断されてしまう)


私は、デスクの下で、安全ピンが一本弾けるのを感じた。

ウエストがわずかに緩む。……いや、違う。私の覚悟が、11号という鎧の限界を突き抜けたのだ。


「……滅相もございません、香坂様」


私は、1ミリの揺らぎもない「鉄の仮面」で、彼女を見据えた。


「……瀬戸様が貴方を選ばなかったのは、香坂様のスペックが不足していたからではありません。……瀬戸様という『個体』が、自分の魂の欠落を、データ以外の場所で埋めようとした結果に過ぎません。……私と彼の間にあるのは、あくまで『相談員と顧客』としての、厳格なプロセスのみです」


「……へえ。……よく、その『パツパツの制服』で、そこまで堂々と言い切れますわね」


麗奈は、私の腰回りを蔑むように見た後、ふっと笑った。


「……いいわ。貴方のその『嘘』、信じて差し上げますわ。……でも、斉藤様。……瀬戸様のようなエリートは、一度手に入れた『理想』に対しても、すぐに飽きてしまうもの。……貴方のその、ひたむきな……筋肉? が、いつまで彼の関心を繋ぎ止められるかしらね」


彼女は、翻るスカートの裾とともに、風のように去っていった。

嵐が過ぎ去った後のRAJに、私はへなへなと座り込んだ。


「……美緒さん。……今の、完全に『嫉妬に狂った女』の目でしたよ。……大丈夫ですか?」


青山が、震える手で差し出してきたプロテインゼリー。


「……大丈夫。……ただ、11号のスカートが、もう……無理。……本当に、限界よ」


私は、ジャケットで隠した、もう一本弾けそうな安全ピンを押さえた。

麗奈に吐いた嘘。

「個人的な感情はありません」という、プロとしての建前。

それは、慎治に対する私の裏切りのようにも思えて、胸が締め付けられる。


けれど、私のスマホが、不意に震えた。

差出人は、瀬戸慎治。


『退会手続き完了。受理された。……これからは、君は相談員としてではなく、俺を一人の男として見てくれればいい。……今夜、21時。シルバーマンジムのベンチプレス台で待つ。……サボりは許さん』


「…………相変わらず、デリカシーがないんだから」


私は、思わず小さく吹き出した。

麗奈のような優雅なバラにはなれなくても。

私は、この江東区のアスファルトを、自分の足で力強く踏みしめる「野に咲くたんぽぽ」……いや、頑強な「雑草」でいい。


「……青山さん。私、やっぱり決めたわ。……今日の帰り、新しい制服を注文する」


「えっ!? ついに13号ですか!?」


「いいえ。……特注よ。……大臀筋の部分だけ、ストレッチ素材を3倍に強化した、斉藤美緒専用の『11号・改』を作るのよ!」


私は、空になったプロテインゼリーを握りつぶし、立ち上がった。

嘘を真実に変えるために。

私は、彼が惚れたというその「魂」を、さらに鍛え上げる覚悟を決めた。


鉄の仮面の下で、私の心は、アーチェリーで放たれた一筋の矢のように、彼という「的」のど真ん中に向けて放たれていた。


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