表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機能美から始まる江東区政ラブ・マッチング ~私を『女神』と呼ぶ最強エリートは、重度の筋肉フェチでした~  作者: あおきつばさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/32

第11章:嫉妬のレッグプレス

第11章:嫉妬のレッグプレス

「……18、19、……20っ!!」


ガシャン、と重苦しい金属音がジム内に響き渡る。

大島の『シルバーマンジム』、午後8時。

私はレッグプレスマシンの座席で、荒い呼吸を繰り返しながら天を仰いでいた。

視界がチカチカする。脳内に酸素が足りない。けれど、この太ももを焼き切るような乳酸の痛みだけが、今、私の心を「仕事」から切り離してくれる唯一の救いだった。


(……香坂麗奈。5号サイズ。港区の薔薇。……なによ、それがどうしたっていうのよ!)


頭の中を駆け巡るのは、先日、役所の窓口で見せつけられたあの「完璧」なシルエットだ。

彼女のような女性こそが、瀬戸慎治というハイスペックな個体に相応しい。

頭では分かっている。事務手続きも完璧に終えた。土曜日のカフェの予約も、一分の隙もなく完了している。

それなのに、私の足は無意識に、レッグプレスのプレートを追加していた。

今の私は、嫉妬という名のガソリンで動く、制御不能な重機と化している。


「……追い込みすぎだ、斉藤さん。そんなフォームでは大臀筋ではなく膝を壊すぞ」


聞き慣れた、低く、落ち着いた、そして今の私には最高に苛立たしい声。

振り返るまでもない。慎治が私の背後に立っている。


「……放っておいてください。これは、私自身の『市場価値向上』のための自主トレですから」


「市場価値? 君の市場価値は、その強靭なメンタルと、それに見合う肉体の機能美にあるはずだ。今の君は、ただの自暴自棄な重量上げだ」


慎治は、私の隣に置かれたドリンクボトルを手に取り、無造作に私へ差し出した。

中身は、彼が推奨する「黄金比率のBCAA」だ。


「……瀬戸さん。土曜日、香坂様とお会いになるの、楽しみでしょう?」


わざと。わざと冷たい声を出してみる。

慎治は、ふん、と鼻で笑い、私の隣のマシン――レッグエクステンションのシートに腰を下ろした。

彼が脚を伸ばすたび、短パンから覗く大腿四頭筋が、解剖図のようにくっきりと割れる。


「楽しみ? 俺は君が選んだ『最高傑作』とやらを確認しに行くだけだ。彼女が、俺の人生のポートフォリオにおいて、正の相関をもたらす個体かどうかをな。……君がセットした場だ。無駄にはしない」


「……正の相関。どこまでも、数字でしか人を見ないんですね、貴方は」


「数字は嘘をつかないからな。……だが、斉藤さん。君の今日のトレーニングは、マイナスの相関だ。集中力が散漫だぞ。……ほら、そこ。腰を浮かせない」


不意に、彼の手が私の腰――レッグプレスのシートと体の隙間に、スッと差し込まれた。

トレーニングウェア越しに伝わる、彼の大きな、熱い手のひらの感触。


「……っ!? な、何するんですか!」


「フォームの矯正だ。腹圧が抜けている。……いいか、斉藤さん。君の魅力は、その『誰にも媚びないストイックさ』にある。それを、嫉妬という下らない感情で曇らせるな」


「……っ。嫉妬なんて、してません!」


「嘘をつくな。筋肉は正直だ。君の今の広背筋は、獲物を狙う獣のように硬直している。……香坂麗奈が気になるか?」


慎治の瞳が、至近距離で私を射抜く。

ジムの無機質なライトの下、彼の目は驚くほど純粋で、そして残酷なまでに真っ直ぐだった。


「……彼女は綺麗です。私にはない、優雅さも、細さも持っている。……瀬戸さん、貴方はあんな女性が隣にいるのがお似合いなんです。私みたいな、11号のスカートを安全ピンで留めてる女じゃなくて……」


言いかけて、喉の奥が熱くなった。

自分でも驚くほど、声が震えている。

私は、ただの相談員だ。彼の幸せを願うのが仕事だ。

それなのに、なんでこんなに胸が、ベンチプレスで押し潰されたように苦しいの。


「…………」


慎治は、黙って私の手首を掴んだ。

ゴツゴツとした、力強い指先。


「斉藤美緒。俺は一度でも、君に『細くなれ』と言ったか?」


「……え?」


「俺が美しいと思うのは、己を律し、鍛え上げた肉体と、その意志だ。……香坂麗奈の5号サイズに、どれほどの『熱量』があるかは知らない。だが、俺は、11号の限界に挑み続ける君のその『強さ』を、誰よりも高く評価している」


「…………」


「土曜日、君は立会人としてそこに来い。……そして、しっかりと見ていろ。俺が何を基準に、人生の『的』を定めているのかを」


慎治はそれだけ言うと、私の手首を放し、何事もなかったかのように自分のトレーニングに戻っていった。

残された私は、自分の手首に残った彼の熱と、あまりにも不器用で、けれど致命的なまでに心に突き刺さる「称賛」に、動けなくなった。


「……バカ。本当に、筋肉バカなんだから」


私は、追加したばかりのプレートを一枚、また一枚と外した。

心拍数は最大負荷のままだ。けれど、それはもう、嫉妬のせいだけではなかった。



土曜日、お見合い当日の江東区清澄白河。

下町情緒とおしゃれなカフェ文化が交差するこの街は、今日に限って、私の処刑場のように思えた。


私は、鏡の前で最後の一掻き――11号のスカートを穿いた。

昨夜、慎治に言われた言葉が耳から離れず、結局、新しい13号を買うことはできなかった。

安全ピンは、二本。

ウエストはギリギリ、大臀筋のラインは……もはや、布地の限界を超えた「芸術的パンパン」状態だ。


「……よし。公務員・斉藤美緒。出陣よ」


カフェ『レッドボトル』の近く。ガラス張りの洗練された店内に、先に着いていたのは香坂麗奈だった。

今日も完璧な5号サイズの装い。白のブラウスに、淡いピンクのタイトスカート。

まさに、清澄白河の女神。


そして、その対面に座る、瀬戸慎治。

オーダーメイドの紺のスーツ。乱れのない髪。

二人が並ぶ姿は、まるで高級雑誌の表紙を切り抜いたように、不愉快なほど完成されていた。


私は、カフェの重いドアを開けた。

カラン、という鈴の音。

慎治が、真っ先に私の方を振り返った。

その瞬間、彼の目が、一瞬だけ鋭く、そして満足げに細められたのを、私は見逃さなかった。


「……遅いぞ、斉藤相談員。……11号のコンディションは、整っているようだな」


「……瀬戸様。本日は、何卒よろしくお願いいたします」


私は、プロの笑顔(安全ピン死守バージョン)を貼り付けた。

香坂麗奈が、余裕の笑みを浮かべて私を手招きする。


「斉藤様、ご苦労様。……さあ、始めましょう? 瀬戸様と私の、最高に『合理的』な未来の話を」


私の嫉妬のレッグプレスは、まだ終わっていなかった。

土曜日の清澄白河。

筋肉とプライド、そして秘めた想いが激突する、運命のカウントダウンが始まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ