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機能美から始まる江東区政ラブ・マッチング ~私を『女神』と呼ぶ最強エリートは、重度の筋肉フェチでした~  作者: あおきつばさ


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第8.8章:初の合コン?『別マ』に載ってないから分かんないわ!

第8.8章:初の合コン?『別マ』に載ってないから分かんないわ!

「……愛の形、か」


金曜日の午後二時。江東区役所・恋愛成就課(通称:RAJ)の窓口で、私は手元のマッチングデータを眺めながら、深いため息を吐き出していた。


先日、シルバーマンジムのシャワー室で『百合の女王・凛』からの濃厚すぎるアプローチを間一髪で回避したものの、私の脳内データベースは完全にバグを起こしたまま修復されていなかった。


金田様とホルスタイン7号(牛嶋様)の、出会ったその日にタワマンへ消えるような肉食スピード成婚。そして、凛さんから受けた、脳がドロドロに溶けるような同性からのトリートメント。


異性間、同性間、あるいはスペック重視か筋肉の共鳴か――。

少子化を食い止めるために住民の恋愛を応援する立場でありながら、今の私は、自分自身の「愛の形」というものが完全に分からなくなってきている。


「斉藤さん、何を暗い顔をしてブツブツ言っているの?」


後ろから声をかけてきたのは、RAJの生き字引である園田さんだ。


「あ、園田さん。……いえ、ちょっと『愛の定型』についてゲシュタルト崩壊を起こしておりまして。何が正解なのか、システム上の数字だけでは測れなくなってしまったんです」


「バカねぇ」

園田さんは眼鏡を指先でクイと上げ、呆れたように笑った。


「この時代、愛の形に定型なんてものは無いのよ。あるのは、その二人の間でしか成り立たない『適合フィット』だけ。役所のデータに自分を無理に当てはめようとするから、そんなピーマンみたいな頭になるのよ」


園田さんの言葉は、相変わらず手厳しいがどこか核心を突いていた。


(貴方にピーマンとか言われたくないわよ!自分の尻!鏡で見て!)


しかし、その会話を横で聞いていた青山愛が、おにぎりをモグモグと咀嚼しながらデスク越しに割り込んできた。


「園田さんの言う通りですよ、美緒さん! だって美緒さんの恋愛バイブルって、未だに実家の本棚に眠っている『別マ(別冊マーガレット)』じゃないですか! だから頭がカチコチなんですよー!」


「なっ……! ちょっと青山さん、私の愛読書を職場で暴露しないでよ! 偏見よ、私だって『ちゃお』は高校生の時点でちゃんと卒業したわよ!?」


私は顔を真っ赤にして猛反論した。少女漫画のピュアな世界観を馬鹿にされては黙っていられない。


「『ちゃお』を高校生まで読んでいた時点でアウトですから! だから美緒さんは全然わかってないんっすよー。現実の恋愛は『別マ』みたいに、壁ドンされて夕日に向かって綺麗にキスしてハッピーエンド、なんて甘いもんじゃないんですからね!」


青山にクスクスと鼻で笑われ、私の腹直筋にギュッと力がこもる。11号のタイトスカートが「ギチッ」と悲鳴を上げたが、今の私は言い返せない悔しさでいっぱいだった。


「……じゃあ、何がリアルだって言うのよ」


「ふふん、それを今夜、教えてあげます。今日の定時後、福祉課の職員たちと飲み会があるんですけど、美緒さんも来てください。美緒さんの同期の『大木礼子おおきれいこ』さんも来ますから!」


「え……それって、いわゆる……」


「そう、合コンです! 『別マ』の知識しか無い美緒さんに、リアルな男女のプロトコルを叩き込んであげますわ!」


合コン。

その響きだけで、私の心拍数はマウンテンクライマーを3セットやった直後のように跳ね上がった。


定時までの数時間、私の脳内では未曾有のシミュレーション(妄想)が繰り広げられていた。


じ、実戦(合コン)なんて初めてよ。

一体、何を喋ればいいの? 「最近の大臀筋のパンプアップ効率について」なんて振ったら、一瞬で場の空気がマイナス40℃の冷凍庫になるわよね?


もし、万が一、凄くいい雰囲気になって、男性から「この後、二人で抜け出さない?」なんて誘われたら……!?


私の妄想のギヤは、一気に少女漫画の最大出力へとシフトした。

夕暮れのライトアップされた街角。見つめ合う二人。ゆっくりと近づいてくる彼の顔。大人の、恋愛の、その先――。


(……あ、あれ?)


なぜだろう。

その先の妄想が、まるで大量の薔薇の花に囲まれて、モザイクがかかったように真っ白になって何も見えない。


少女漫画なら一番のハイライトであるはずの「キス」の瞬間が、私の脳内ではどうしても具体性を伴って描写されなかった。


数日前に凛さんから強奪された、あの柔らかくてジャスミンの香りがした「不可抗力による物理的接触アクシデント」の記憶が邪魔をしているのか。


あるいは、毎夜毎夜、窓口や射場で「腹圧をかけろ、大臀筋を締めろ」と低音ボイスで私を追い込んでくる、あの傲慢な男の無骨な顔がチラつくせいなのか。


「……ダメだわ。イマジネーションの筋力が足りてない……」


私は自分の両頬をパンパンと叩き、崩壊しかけた鉄の仮面を無理やり作り直した。



午後七時三十分。東陽町駅近くの、少し薄暗いお洒落な居酒屋。

「かんぱーい!」という威勢の良い発声とともに、私の人生初の合コンが幕を開けた。


席は、対面に福祉課の男性職員が三人。こちらの隣には青山愛、および福祉課に勤務する私の同期、大木礼子だ。礼子は「美緒、あんた本当にこういう場に来るの珍しいね」と、私の制服の上着を脱いだだけの私服タイトスカートを見て面白そうに微笑んでいた。


最初は、お互いの部署の愚痴や、江東区のローカルトークでそれなりに盛り上がっていた。

しかし、お酒が進むにつれて、質問の矢は私の方へと向けられた。


「斉藤さんって、普段の休日は何されてるんですか? RAJの主任さんって、やっぱりお仕事柄、お洒落なデートスポットとか詳しいんですか?」


私の正面に座る、福祉課の眼鏡をかけた優しそうな男性職員が、ニコニコしながら聞いてきた。


「えっ、あ、私ですか?」


私は一瞬、言葉に詰まった。

お洒落なデートスポット。そんなもの、ドイエー大島店の精肉コーナー(鶏胸肉メガパック前)か、夢の島アーチェリー場しか知らない。


「……ええと、普段は……主に自宅での自重トレーニングとロードワーク、あとは、たまに夢の島でアーチェリーを少々……」


正直に答えすぎた。

対面の男性職員は、一瞬だけ「え?」という顔をしたが、すぐに話を合わせるように身を乗り出してきた。


「あぁ、筋トレですか! 良いですね、僕もたまにジムに行きますよ。週に1回くらい、ランニングマシンで走ったり、軽いダンベルを持ち上げたりしてます」


「……あ、そうなんですか。素晴らしいですね」


私はプロの笑みを浮かべた。けれど、心の中の「トレーニングジャンキー」としての細胞が、どうしても冷徹な査定を始めてしまう。


週に1回のランニングマシン。軽いダンベル?

……薄い。会話の強度が、あまりにも浅すぎる。


(……あの瀬戸慎治なら、ここで『マシンのベルトコンベアの摩擦係数は、屋外のアスファルトにおける大臀筋への反力を著しく低下させる非効率な運動だ!』って、頼んでもいないのに30分は説教を始めるわよね……)


どうしても、頭の片隅で比較してしまう。

対面の男性職員は、優しくて、普通で、世間一般の「マナーのある素敵な男性」だ。


なのに、私の脳内は、あの合理的で、冷酷で、筋肉のことしか考えていない変態クレーマーの、あの圧倒的な「熱量バルク」による緊張感を、どこかで求めてしまっている気がした。


あの男の、骨張った大きな手で骨盤の歪みをグイと直される時の、あのひりつくような刺激が、この温々とした居酒屋の空気の中では、どうしても恋しかった。


私が一人でプロテインの禁断症状のような悶々とした顔をしていると、隣の青山愛が、ニヤニヤしながら私の肩をバシバシと叩いた。


「皆さーん、聞いてくださいよ! 美緒さん、こう見えて恋愛に関しては『ちゃお』と『別マ』の知識しか無い、絶滅危惧種並みにピュアな人なんですから! 男性の免疫がゼロなんです! あんまり弄って変なこと教えないでくださいねー!」


青山の一言は、完全に火に油を注ぐものだった。


「えっ、斉藤さん、そうなの!? ギャップ凄すぎる!」


「可愛いところあるじゃん! 少女漫画のシチューションとか憧れちゃうタイプ?」

男性職員たちと、同期の礼子までが一緒になって私をニヤニヤと見つめてくる。


「ちょっと、青山さん……! 余計なバフ(情報)を盛らないでちょうだい!」


「あはは、美緒さん顔真っ赤! ほらほら、ピュアな美緒さんのために、誰か『壁ドン』のデモンストレーションしてあげてくださいよー!」


「よし、僕がやります!」と、ノリの良い別の男性職員が立ち上がろうとする。

周囲からの温かい(けれど私にとっては屈辱的な)弄りの嵐。顔から火が出そうなほどの羞恥心が、私の腹直筋を限界まで収縮させた。


ギチ、ギチチ……と、タイトスカートの縫い糸が、悲鳴を上げて私に撤退を促している。


傷ついた。というより、この、恋愛のスペックや妄想だけで弄られる空間が、今の私の肉体ポテンシャルにはどうしても合わなかった。


「……すみません。私、ちょっと、……行くところがありますので、ここで失礼します!」


「えっ、美緒さん!? 二次会、カラオケ行きますよ!?」

青山の制止の声を振り切り、私はテーブルに自分の分の会計を叩きつけると、居酒屋を飛び出した。


午後九時十五分。東陽町の夜風が、火照った私の頬を優しく冷やす。

駅へと向かう人混みの中、私は、自分の足が自然と、ある方向へ向かって、正確なピッチで走り出していることに気づいた。


向かう先は、大島の『シルバーマンジム』。


自動ドアをくぐり、鉄と汗の匂い、そして重いプレートがぶつかる「ガシャン、ガシャン」というハードコアな重低音が響くフロアへ足を踏み込んだ瞬間、私の肺の中の空気が、ようやく本来の軽さを取り戻した気がした。


「……遅かったな、斉藤さん」


フリーウエイトエリアのパワーラックの前。

重いバーベルを事もなげに担ぎ、額に美しい汗を滲ませていた瀬戸慎治が、インターバルのタイマーを止めながら、私を真っ直ぐに見つめた。


その瞳には、居酒屋の男たちのような「探りを入れるような生ぬるさ」は一切ない。ただ、己を律し、私という相談員を観察するための、冷徹で強固な意志だけがあった。


「……瀬戸さん」


彼の、その傲慢で、合理的で、完璧なVシェイプの広背筋を見た瞬間。

私の胸の奥から、ストンと、言葉にできない「安堵感」が湧き上がってきた。まだ、お互いに牽制し合うだけの歪な関係だというのに、不思議でならなかった。


「……フン。顔が赤いぞ、斉藤さん。心拍数も上がっている。アルコールの摂取による脱水症状か、あるいは……さっきまで、俺の計算にない不純なリソースに時間を割いていた形跡があるな。効率が悪い」


慎治さんはタオルで汗を拭いながら、私との「事務的な距離」を保ったまま、けれどその鋭い瞳で私のコンディションを射抜くように見つめた。


「……うるさいわね。ちょっと、江東区の未来のために、フィールドワーク(合コン)に行ってきただけよ」

私はわざと不機嫌そうにバッグをロッカーへ放り投げた。


「そうか。だが、そんな軟弱な環境に身を置くことは、君の筋肉のポテンシャルを著しく低下させる要因だ。君のその『誠実な背中』を最高効率で維持するためには、徹底した自己規律と管理が必要不可欠のはずだ。無駄な時間を終えたなら、今すぐレギンスに着替えてこい。今日は、背中と二頭筋の日だぞ」


慎治さんは、不敵に口角を上げた。その言葉の奥に、ほんのわずかな、彼なりの不機嫌さと独占欲のようなものが混ざっている気がしたのは、私の少女漫画脳のせいだろうか。


「…………望むところよ、この筋肉バカ!」


私は笑いながら、更衣室へと走り出した。

少女漫画の『別マ』にも『ちゃお』にも、こんな「お見合いの顧客とジムで言い合う」ような恋の形は、どこにも載っていなかったけれど。


この、鉄の音が響く聖域の中で、彼に背中を監視されながらバーベルを握る瞬間の、この熱い心拍数の高鳴りこそが。


まだ名前もつかない、私と彼の『適合フィット』へ続くプロトコルなのだと、深く息を吸い込みながら思うのだった。


(小娘ぇ……倍返しで折檻だ!)


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