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魔王討伐後に追放された元勇者、辺境教師になったら教え子全員がラスボス候補でした 〜災厄になる前に、まずは給食を食べような〜  作者: 早野 茂
第8章 王国上層部編

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第81話「先生の処分」

人工災厄との激闘が終わり、王都の空に完全な夜明けが訪れていた。

東の空から差し込む温かな朝の光が、昨夜の暴走で一部が崩落し、瓦礫が散乱する市街地を優しく照らしている。

未曾有の危機を乗り越えた王都では、夜明けと共に騎士団や自警団、そして無事だった民衆たちによる大規模な救助活動と炊き出しが始まっていた。


王都の中央広場には、急造の大きなかまどがいくつも並べられ、避難してきた人々に温かいスープが配られている。

その中心で忙しく立ち働いていたのは、かつて王国から『災厄候補』として危険視されていた辺境学院の生徒たちだった。


「はい、温かいスープです。火傷しないように気をつけてくださいね」

ミリア・フロストレインが、お椀に注がれたスープを小さな子供へと丁寧に手渡す。

彼女の手から、かつてのようにすべてを凍りつかせる冷気は一切漏れ出していない。

自分の感情が揺れるだけで周囲を凍らせ孤独の中にいた彼女は、今は確かな魔力制御によってスープを温かいまま相手に届けることができていた。

スープを受け取った子供が「ありがとう、お姉ちゃん!」と満面の笑みを見せると、ミリアもふわりと嬉しそうに微笑みを返す。


「おい、そっちの鍋の火が弱くなってるぞ!俺が火力を足してやるから退いてな!」

ガルド・バルガが指先に穏やかな黒炎を灯し、かまどの薪に適切な火を点ける。

それはすべてを灰にするまで止まらない暴君の黒炎ではない。

人々の体を温め、食事を作るための完璧に制御された優しい火加減だった。

彼が火の世話をするたびに周囲の大人が「助かるよ、坊主」「いい腕だな」と声をかけ、ガルドは照れ隠しのように鼻を鳴らしている。


「この瓦礫の下には、もう誰もいないよ。骸骨たち、隣の通りの片付けを手伝ってきて」

ノア・レイスが静かに指示を出すと、彼が呼び出した数体の骸骨がカタカタと音を立てて機敏に瓦礫の撤去に向かう。

最初は死霊術という忌まわしい力に怯えていた王都の民衆たちも、徹夜で自分たちを助け文句一つ言わずに重労働をこなしてくれる骨の働き者たちに、今では「お疲れ様」「気をつけてな」と声をかけるようになっていた。

死者を現世に縛り付けていたノアの力は、今や生者を助けるための力として完全に受け入れられている。


「怪我人の搬送ルートは確保できていますわね?こちらの物資は私がすべて管理して無駄なく分配しますから、騎士団の方々は救助に専念なさい!」


セレス・ヴァーミリオンが赤い扇子で的確に指示を飛ばし、広場の混乱を美しくまとめ上げていく。

かつて誰も信じられず他人を駒として支配することしか考えていなかった令嬢は、今や誰も見捨てずそれぞれの長所を活かして配置する、真の宰相としての統率力を見せていた。

騎士団の小隊長すらも彼女の的確な指示に感服し、「はっ、直ちに!」と動いている。


「リュカ、あっちの崩れそうな家からお婆ちゃん助けてきた!怪我ない!」

リュカ・ウォルフが銀色の残像を残して広場に駆け戻り、背負っていた老婆をそっと下ろす。

獣臭いと迫害され人間に石を投げられてきた銀狼の少女は、今や王都の民から「神速の守護獣」として頼られ、老婆から「ありがとうねえ、優しい子だ」と頭を撫でられると、照れくさそうに銀色の尻尾をちぎれんばかりに振っていた。


広場の片隅で、その光景を静かに見守っている大人たちがいた。

黒いコートを着た元勇者レオン・グランヴァルトと、学院長代理のエリス・アークライト、そして保健医のメルディアだ。


「彼らはもう、どこに出しても恥ずかしくない立派な学院の生徒ですね。王都の民衆も、彼らが命の恩人だと深く理解しています」


エリスが誇らしげな微笑みを浮かべて言う。

彼女の目には、かつて恐れられていた隔離クラスの生徒たちがこれほどまでに立派に成長したことへの確かな感動があった。


「ええ。彼らが選んだ未来は、本当に温かいものになりましたね」


メルディアも目を細め、静かに頷く。

レオンは少しだけ目を細め、眩しそうに教え子たちを見つめた。


「ああ。誰がなんと言おうと、俺の自慢の生徒たちだ。あの馬鹿でかい化け物をぶっ飛ばしただけじゃない。こうやって当たり前に誰かを助けて、笑い合える。それが一番の成長だよ」


だがその穏やかな時間は、広場に足を踏み入れた一団によって不意に破られた。

完全武装の近衛騎士たちを引き連れて現れたのは、王国の治安維持を担う臨時代表の文官だった。

教育局長をはじめとする腐敗した上層部は昨夜の騒動で失脚あるいは自滅したが、王国としての法と秩序を立て直そうとする生真面目な官僚たちはまだ残っているのだ。

彼らの顔には私怨はないが、法を執行するという冷徹な意志が宿っていた。


「レオン・グランヴァルト。昨夜の王都防衛と人工災厄の討伐、その多大なる功績には、王国として深く感謝の意を表する」


文官は一度深く頭を下げた後、鋭い視線でレオンを見据えた。


「だがそれはそれだ。貴殿には、召喚命令後の無許可行動、王国教育局機密保管庫への侵入および記録持ち出し、許可なき市街地での大規模な武力行使という看過できない容疑がかけられている。法の秩序を守るため、一時的に身柄を拘束し、正式な聴取を行わざるを得ない。我々に同行願おう」


文官の冷たい言葉に、広場の空気が一瞬にして凍りついた。

近衛騎士たちが警戒しながらレオンを取り囲もうと動く。

その瞬間だった。


「ふざけんじゃねえ!先生がいなきゃ、この国は昨日で完全に終わってたんだぞ!」

ガルドが激昂し、右手に黒炎を灯してレオンの前に立ちふさがった。


「先生を連れて行くと言うなら、私が相手になります。王国の好きにはさせません!」

ミリアが両手に冷気を纏い、周囲の気温を急激に下げる。


「王国はまだ、僕たちから大切なものを奪うつもりなの?」

ノアが魔導書を開き、足元の影から骸骨たちを呼び出す。


「先生、渡さない。リュカ、守る」

リュカが低く唸り声を上げ、いつでも飛びかかれる体勢を取る。


「笑止千万ですわね。緊急避難の法理もご存知ないのかしら?すべての責任を先生に押し付けるなど、私が絶対に許しませんわよ!」

セレスが赤い扇子を広げ、氷のように冷たい視線で文官たちを睨み据える。


五人の生徒たちが放つ圧倒的な魔力と怒気に、近衛騎士たちが怯んで一斉に武器を構えた。

さらに、泥だらけの純白の鎧を着たユリウス・クラウンが、生徒たちの横に進み出る。


「僕からも証言します。レオン先生の行動はすべて、王都の民を守るためのものでした。それでも彼を罪人として扱うと言うなら、僕は新勇者の称号を捨てて皆さんと共に戦います!」


一触即発の事態。

恩人であるレオンたちに武器を向けられたことで、周囲の民衆からも「やめろ!」「彼らは英雄だぞ!」と王国に対する怒りの声が上がり始める。


「やめろ、お前ら。武器を下ろせ」


その張り詰めた空気を打ち破ったのは、レオンの飄々とした、けれど絶対的な響きを持つ声だった。

レオンはガルドの右手をそっと押さえ、ミリアの頭を撫でて冷気を引かせ、生徒たちの前へと進み出る。


「せっかく王都の人間が、お前たちを『災厄』じゃなくて、助けてくれた子供として見始めたんだ。ここで王国軍と殺し合いをしたら、全部台無しだ。お前らが昨日命懸けで証明したものを、こんなところで無駄にするな」


「でも、先生!このままじゃ……!」


食い下がるガルドの肩を、エリスが静かに制した。


「レオン先生の言う通りです。暴力で反発すれば、王国の思う壺です」


エリスは凛とした足取りで文官の前へ進み出ると、学院長代理としての矜持に満ちた声で告げた。


「レオン先生。ここはどうか、おとなしく彼らに同行してください。私は学院長代理として、学院に残された記録と王都で集めた証言をすべて使い、必ず正式な手続きであなたを無罪放免にし、辺境学院へ連れ戻してみせます」


エリスの力強い宣言に、レオンは「頼もしいな」と笑いかけた。

エリスが自分と同じく、子供たちを守るために本気で戦ってくれる大人だと信じているからこその笑顔だった。

そして、不安げに自分を見つめる五人の生徒たちへと向き直る。


「お前たちは昨日、自分の過去の傷を乗り越え自分の意志でこの世界を守った。王都の空からあの馬鹿でかい化け物が消えた時、俺の中でずっと見えていたお前たちの『最悪の未来』も完全に消え去ったんだ」


レオンの言葉に、生徒たちがハッと息を呑む。

彼らの頭上に浮かんでいた破滅の称号は、もう存在しない。


「俺は最初、お前たちが世界を滅ぼす災厄にならないように、目を光らせて守るために辺境へ来た。だが昨日のお前たちの戦いを見て、はっきり分かったんだ」


レオンは一人ひとりの顔を、誇らしげに、真っ直ぐに見据えた。


「お前たちはもう、俺が守るだけの生徒じゃない。自分の足で立ち、自分で未来を選べる立派な守護者だ。だから、俺が少し離れていても大丈夫だ。胸を張って、俺を迎えに来い」


その言葉に、ミリアの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

ガルドは顔を背けて強く唇を噛み締め、ノアは魔導書を胸に抱きしめ、セレスは扇子で震える口元を隠し、リュカは耳を伏せ、一歩だけレオンを追いかけてから、ぐっとその場に踏みとどまった。

だが誰一人としてレオンの言葉に逆らい、魔法を放つ者はいない。

彼らはレオンの教えを心に刻み、怒りと悲しみを自分の意志で抑え込んでいた。


レオンは最後にユリウスにも視線を向ける。


「お前もだ、ユリウス。作られた勇者じゃなく、自分の意志で誰かを守る、本当の勇者になれよ」

「はい。必ず……!」


ユリウスが深く頭を下げるのを見て、レオンは満足そうに頷き、文官へ両手を差し出した。


「さあ、好きに縛れ。ただし、俺の生徒たちには指一本触れさせないからな」

「……承知している。手荒な真似はしない。法に基づくただの事情聴取だ」


文官は少しだけ毒気を抜かれたように息を吐き、騎士たちにレオンを囲ませた。

連行されていくレオンの大きな背中を、生徒たちは涙を堪えながら、決して暴力を振るうことなく静かに見送る。

それは、彼らが本当に災厄ではなく、法と秩序を理解し、自分の意志で怒りを抑えることができる人間へと成長した何よりの証拠だった。


レオンの姿が見えなくなった後、セレスが扇子を力強くパチンと閉じ、凛とした声で全員に宣言した。


「さあ、皆様。泣いている暇はありませんわ。先生を取り戻すための、法的かつ政治的な反撃を開始しますわよ!まずは王都の民衆からの嘆願書を集め、先生の行動が王都防衛のための正当なものだったと証明して差し上げます!」

「おう!俺たちで絶対に先生を助け出すぞ!」


ガルドが涙を乱暴に拭い、力強く拳を突き上げる。ミリアも、ノアも、リュカも、ユリウスも、そしてエリスとメルディアも、同じ決意の瞳で頷いた。

災厄候補と呼ばれた子供たちは、もはや迷っていなかった。

彼らは自分たちの最も大切な先生を取り戻すため、新たな戦いへと足を踏み出した。


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