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魔王討伐後に追放された元勇者、辺境教師になったら教え子全員がラスボス候補でした 〜災厄になる前に、まずは給食を食べような〜  作者: 早野 茂
第8章 王国上層部編

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第82話「辺境学院、特別クラス存続」

人工災厄との激闘から、一週間が過ぎた。

王都はいまだ完全には癒えていなかったが、瓦礫の撤去は進み避難民への炊き出しも少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。

その日王都の中央法廷にはかつてない数の関係者と民衆代表が詰めかけ、建物の外には判決を待つ王都の人々が通りまで溢れていた。

普段であれば、ここは王国に反逆した重罪人を裁き、冷徹な法の下に刑を下すための厳粛な場所である。

だが今日、その法廷の中心、証言台に立たされている黒いコートの男――レオン・グランヴァルトはまるで自分の家の庭にでもいるかのように、肩の力を抜いて飄々と立っていた。


「……以上が、召喚命令後の無許可行動、機密保管庫への侵入、記録持ち出し、および市街地での大規模な武力行使に関する事実確認だ。レオン・グランヴァルト、何か申し立てはあるか?」


裁判長を務める初老の文官が、疲労の色を濃く浮かべながら問いかける。

レオンは少しだけ首を傾げ、悪びれる様子もなく答えた。


「申し立ても何も、全部俺がやったことだ。ただし、誰かを傷つけるためじゃなく、王都を滅ぼそうとしたあの馬鹿でかい化け物と、それを作った連中を止めるためだったってだけの話だ。俺は自分の生徒と、ついでにこの街を守っただけだ」


レオンの堂々とした態度に、裁判長は深く溜め息を吐き、机の上に積み上げられた『証拠品』の山を恨めしそうに睨んだ。

それは、レオンの罪を立証するものではない。

むしろ、彼を無罪放免にしろと訴える、途方もない数の書類だった。


「分かっている……。貴殿の行動が、結果として王都を未曾有の危機から救ったことは、ここにいる全員が嫌というほど理解している」


裁判長が指し示したのは、王都の民衆から届けられた数万枚に及ぶ嘆願書の束だった。

一週間前の人工災厄との戦い、そして夜明けと共に行われた救助活動と炊き出し。

それらを目の当たりにした王都の民衆は、レオンと五人の生徒たちを『英雄』と称え、レオンの処罰に猛烈に抗議したのだ。


それだけではない。

傍聴席の最前列には、凜とした姿勢で座る学院長代理エリス・アークライトの姿があった。

彼女は学院長代理としての矜持と、学院に残されていた正式な記録をフル活用し、この一週間で完璧な法的手続きを整え上げた。

教育局の不正を暴き、レオンの行動が『緊急避難』および『王都防衛のための正当な武力行使』であることを、一分の隙もなく法的に証明してみせたのだ。


さらにその隣には汚れを落とした純白の鎧を着た新勇者ユリウス・クラウンが座っている。

彼は身分を隠すことなく新勇者としての立場を懸けて証言台に立ち「王都を救った真の英雄はレオン先生と五人の生徒たちだ」と熱弁を振るった。

作られた英雄が自らの意志で真実を語ったことは、王国の世論を完全に決定づけていた。


もはや王国指導部に、レオンを罪に問うことなど不可能だった。

旧上層部の腐敗が公になり民衆の怒りが爆発しかけている今、レオンたちを処罰すれば王国そのものが崩壊しかねない。


裁判長は重々しく立ち上がり、法廷内に響き渡る声で判決を下した。


「レオン・グランヴァルト。貴殿の行動はすべて、王都防衛のための正当な緊急避難と認める。よって、かけられた容疑はすべて無罪とする」


法廷内に、傍聴席から割れんばかりの歓声が上がった。

エリスが深く息を吐き、ユリウスが安堵したように目を伏せる。

レオンは証言台の上で、いつものように気だるげに肩をすくめた。


「やれやれ。これでようやく帰れるか」

「ただし」


裁判長が重々しく声を続ける。

「辺境学院特別隔離教室、およびそこに在籍する五名の生徒に関する処遇については、法廷の管轄外である。そちらは新たに発足した教育局臨時体制より、正式な行政決定として発表される予定だ」


その言葉に、傍聴席がざわめく。

レオンはエリスと視線を交わした。

裁判は終わった。

だが辺境学院の未来を決めるもう一つの答えは、この後に待っていた。


王都中央広場。

法廷を出たレオンを待っていたのは、五人の生徒たちだけではなかった。

復旧作業の手を止めた民衆、王都騎士団、学院関係者、そして新たに教育局長代理へ任命された文官たちが、広場の一角に集まっていた。

壇上に立った新教育局長代理は、深く頭を下げた。


「まず、旧教育局が辺境学院の生徒たちを不当に危険視し、教育ではなく隔離と管理の対象として扱ってきたことを、王国教育局として正式に謝罪する」


広場が静まり返る。

ミリアたちは、黙ってその謝罪を聞いていた。

生徒たちを化け物扱いし、災厄の種として追放した王国が、初めて彼らに頭を下げたのだ。


「本日をもって、辺境学院特別隔離教室の指定を撤回する。今後は、強大かつ特殊な才能を持つ子供たちを正しく導くための『特別教導クラス』として再編するものとする」


エリスが胸の前で手を握りしめる。


「また、レオン・グランヴァルトを同クラスの正式な特別教官として任命する」


「……また面倒な肩書きを押し付けてきたな」

レオンが小さくぼやくと、隣のガルドが吹き出しミリアが涙目で笑った。


教育局長代理はさらに羊皮紙を広げる。


「そして、同クラスに在籍する五名の生徒について。過去に下された『災害予備群』の指定をすべて撤回する。一週間前の王都防衛および救助活動における功績を称え、また辺境学院から提出されてきた再評価報告書に基づき、王国教育局は以下の功績名を正式に記録する」


広場に、静かな緊張が走った。


「ミリア・フロストレイン。【氷壁の守護者】」

ミリアが息を呑む。

「ガルド・バルガ。【黒炎の番長】」

ガルドが照れくさそうに鼻を擦る。

「ノア・レイス。【魂送りの賢者】」

ノアが静かに魔導書を胸に抱いた。

「セレス・ヴァーミリオン。【紅蓮の宰相】」

セレスが扇子で口元を隠しながら、誇らしげに背筋を伸ばす。

「リュカ・ウォルフ。【銀狼の守護獣】」

リュカの耳がぴんと立ち、尻尾が大きく揺れた。


「以上五名を災厄候補ではなく、未来を守る子供たちとして、王国教育局の正式記録に登録する」


一瞬の静寂。

そして次の瞬間、王都中央広場に割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。

もはや誰も、彼らを『災厄候補』などとは呼ばない。

彼らは自らの手で未来を選び取り、王国から正式に認められた未来の守護者たちとなったのだ。


王都の巨大な正門前。

西の空が茜色に染まり、王都の石畳を淡く照らしている。

王都でのすべての手続きを終えたレオンたちは、辺境への帰途につこうとしていた。


「本当に無罪放免になって、名誉回復までしたんだな!当たり前だけどよ!」

ガルドが嬉しそうに黒炎の出ない拳を突き上げる。


「ええ。私たちの完璧な嘆願書と、エリス先生の法廷戦術の勝利ですわ。レオン先生は私たちに感謝することですわね」

セレスが誇らしげに胸を張る。


「先生、無事でよかった。骨の鳥も喜んでるよ」

ノアが足元の影を指差すと、小さな骨の鳥がひょこりと顔を出し、カタカタと歓迎の音を鳴らした。


「先生、遅い!リュカ、ずっと待ってた!お腹すいた!」

リュカがレオンのコートの裾を引っ張りながら、ぐるぐると周囲を飛び回る。


ミリアは少しだけ目を潤ませながら、パァッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。

「先生。これで、一緒に帰れますね」


レオンは少しだけ目を細め、夕日に照らされる五人の教え子たちを見渡した。

彼らはもう、怯え、怒り、悲しみに囚われていた子供たちではない。

自分の意志で怒りを抑え、正式な手続きで理不尽と戦い、見事に自分たちの居場所を勝ち取ってみせたのだ。


「ああ、待たせたな。……よく迎えに来てくれた、お前ら」


レオンの言葉に、五人の生徒たちの顔に心からの笑顔が咲く。

彼らの頭上には、もう血のように赤い破滅の称号は存在しない。

ただ、どこまでも広がる澄んだ青空と同じ色の、誇り高い守護者たちの称号が輝いているだけだった。


正門の少し離れた場所では、エリス、メルディア、そしてユリウスの三人が、その光景を温かい目で見守っていた。

エリスとメルディアにはまだ王都での事後処理が残っているため、一足先に辺境へ戻るレオンたちを見送りに来ていたのだ。


「エリス先生、メルディア先生。そしてユリウスも。色々と骨を折ってくれたみたいだな、感謝する」

レオンが彼らの方へ向き直り、軽く頭を下げる。


「当然の務めです。学院の教師を守るのは、学院長代理の役目ですから」

エリスが凛とした笑みを浮かべる。

彼女はもう、王都と辺境の間で板挟みになる頼りない代理ではない。

自らの意志で子供たちを守り抜いた、立派な教育者だ。


「ええ。これからは、もっと忙しくなりますよ。特別教導クラスの生徒たちを、しっかり見守らなければなりませんからね。私もすぐに後を追います」


メルディアも穏やかに微笑む。

元魔王軍の治癒術師である彼女にとっても、この光景は守りたかった平和の形そのものだった。


「レオン先生。僕も、これから本当の勇者になるために、もっと自分の足で世界を見て回ります。いつかまた、辺境学院へ教えを請いに行かせてください」


ユリウスが真剣な眼差しで頭を下げる。

作られた英雄ではなく、自らの意志で歩み始めた若者の顔がそこにあった。


「ああ。いつでも来い。うちの食堂の飯は美味いぞ」


レオンが笑って返すと、ユリウスも嬉しそうに頷いた。


夕日がゆっくりと沈みかけ、一番星が空に瞬き始める。

王都での長く、激しい戦いは完全に終わりを告げた。

王国が押し付けた災厄の呪縛は消え去り、彼らは新しい未来への切符を手に入れたのだ。


「さあ、帰るぞ、お前ら。辺境の教室が待ってる」


レオンが背中を向けて歩き出す。

ミリア、ガルド、ノア、セレス、リュカの五人が、その大きな背中を追いかけて元気よく歩き出す。


「帰ったら、今日の晩飯は何にする?」


レオンの問いかけに、生徒たちが一斉に声を上げる。


「温かいシチューがいいです!」

「俺が完璧な火加減で肉を焼いてやるよ!」

「僕はみんなと同じものが食べられれば、何でもいいよ」

「栄養バランスを考えた、完璧なフルコースを要求しますわ!」

「肉!リュカ、いっぱいお肉食べる!」


賑やかな声が、夕暮れの空に響き渡る。

かつて世界を滅ぼすはずだった子供たちは、今日も先生と一緒に、当たり前の日常へと帰っていく。


災厄になる前に、まずは一緒に温かいご飯を食べよう。


そのたった一つの約束から始まった辺境の教室の物語は、未来を救う守護者たちの物語として、今、確かな新しい一歩を踏み出した。


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