第80話「災厄ではなく、守護者として」
王都の夜空を埋め尽くす巨大な人工災厄。
氷、黒炎、怨念、支配、獣性の五つの力が醜くねじれ合い、一つの巨大な絶望となって王都を見下ろしていた。
先ほど放った精神攻撃が完全に打ち破られたことに苛立ったのか、化け物は五つの首を大きくもたげ、物理的な極大破壊ブレスを放つべく、尋常ではない質量の魔力を口元に圧縮し始めた。
空気が悲鳴を上げ、周囲の空間が重圧でミシミシと軋む。
「来ますわ!魔力密度、先ほどの比ではありません!まともに受ければ、この一帯ごと吹き飛びます!」
セレス・ヴァーミリオンが赤い扇子を強く握りしめ、叫ぶ。
彼女の頭脳は瞬時に敵の魔力流を計算し、味方の配置を最適化していく。
もはや彼女は誰も信じない孤独な女帝ではない。
仲間の命を預かり全員で生き残るための指揮を執る『紅蓮の宰相』だ。
「ミリアさん、前面に多重氷壁を展開!ガルド君、ミリアさんの氷壁に合わせて黒炎を限界まで圧縮しなさい!防ぐのではなく、撃ち抜くのです!」
「分かってる!俺の火加減を見せてやるよ!」
「はいっ!ガルドくんの炎、私が導きます!」
ミリアが両手を前に突き出す。
彼女の足元から、分厚く透明な氷の城壁が凄まじい速度でせり上がった。
それはただ防ぐための壁ではない。
ガルドの放つ黒炎を受け止め、前方へ一点集中させるための巨大な氷の砲身だ。
ガルドが黒炎の拳を突き出すと、ミリアの氷壁が砲身のように炎の拡散を抑え、極限まで圧縮された黒い炎の槍が前方へ伸びていく。
直後、人工災厄の五つの首から、極大の破壊ブレスが放たれた。
五色の魔力が混ざり合った混沌の濁流が、王都を消し去らんと迫り来る。
だがガルドとミリアの放った『氷炎の槍』が、その濁流のど真ん中へ真っ向から激突した。
カッ!!
相反する力がぶつかり合い、王都の空に太陽が落ちたかのような激しい閃光が走る。
圧倒的な質量の押し合い。
人工災厄のブレスが氷炎の槍を押し込もうとするが、ミリアは一歩も退かず魔力を注ぎ込み、ガルドが咆哮と共に黒炎を押し込む。
「押し負けるかよ!俺たちの炎と氷は、こんな偽物に負けねえんだよ!!」
ガルドの怒号と共に、黒炎の槍がブレスの濁流を真っ二つに引き裂いた。
人工災厄の強大な攻撃が左右に逸れ、王都の空へ霧散していく。
だが人工災厄はすぐに体勢を立て直し、無数の黒い触手と氷の刃を生み出して上空から雨のように降らせてきた。
「二人の魔力消費が激しい。長時間の防壁の維持は不可能です!ノア君、敵の力の核を探り当てなさい!あの中身の空っぽな化け物にも、必ず魔力を繋ぎ止めている結節点があるはずですわ!」
「分かってる。……死者の声、拡大」
ノア・レイスが魔導書を開き、青白い魔力を瞳に集中させる。
人工災厄を構成しているのは、王国の地下で抽出された無数の人々の絶望と怨念だ。
ノアはその声なき悲鳴の奥底へ意識を潜り込ませ、いびつに繋ぎ合わされた魔力の流れを正確に読み解いていく。
「……見つけた。中央の首の付け根、一番魔力が淀んで濁っている場所だ。あそこが、五つの力を無理やり縫い合わせている『核』だ!」
「上出来ですわ!リュカさん、ノア君が示した座標へ!あなたの速度で、核を守る防壁を切り裂きなさい!」
「リュカ、一番速い!行く!」
ガルドとミリアが開いた魔力の隙間を縫うようにして、リュカ・ウォルフが地面を蹴った。
銀色の残像だけが夜の闇を駆け抜ける。
人工災厄がリュカを叩き落とそうと無数の触手を振り下ろすが、彼女の野生の直感と圧倒的な身体能力はそのすべてを紙一重で躱し、触手そのものを足場として駆け抜けていく。
「遅い。人間の作った化け物、群れの動きじゃない。ただ暴れてるだけ」
リュカは空中で身を捻りながら、触手の隙間を縫って人工災厄の胸元、ノアが示した核の座標へと肉薄した。
核の周囲には、極めて強固な防御結界が何重にも張られている。
だがリュカは一切躊躇することなく、銀色の魔力を纏った両手の爪を十字に振り抜いた。
「リュカの爪、全部切り裂く!」
ガギィィィンッ!!という硬質な音と共に、リュカの爪が防御結界の一点に深い裂け目を刻んだ。
完全に砕いたわけではない。
だがその一瞬だけ、核を覆う守りに決定的な隙間が生まれた。
「ユリウスさん!今ですわ!」
「はい!」
セレスの指示と同時に、泥だらけの純白の鎧を着たユリウス・クラウンが大地を蹴った。
彼は王国の用意した正義のためではなく、自分の意志で仲間を守るために聖剣を高く掲げた。
「王国の歪んだ正義が作り出した負の遺産……僕が、この剣で終わらせる!」
ユリウスの聖剣が眩い光を放ち、周囲の淀んだ魔力を浄化していく。
彼は結界の隙間の奥で脈打つ魂の核へと真っ直ぐに跳躍し、全魔力を込めた一撃を振り下ろした。
聖剣の光の刃が、核を覆っていた漆黒の淀みを大きく裂き、レオンの剣が届くための光の道を開いた。
人工災厄が苦悶の咆哮を上げ、その巨体が大きくのけぞった。
だがユリウスの光の力だけでは、長年蓄積された怨念の核を完全に消し去るには至らない。
「よくやった、お前ら!後始末は、大人の仕事だ!」
レオン・グランヴァルトが、普段の飄々とした空気を完全に消し去り、本気の戦士の笑みを浮かべて跳躍した。
黒いコートが夜風に激しく翻る。
彼の腰の剣が抜かれた瞬間、周囲の空気がビリビリと震え、圧倒的な闘気が空間を支配した。
魔王を討ち果たした、本物の勇者の一撃。
「生徒の過去の亡霊が、いつまでも空を飛んでんじゃねえぞ」
レオンの剣閃が、夜空に一筋の銀色の軌跡を描いた。
それは空間そのものを両断するかのような、神速にして究極の一閃。
ユリウスが開いた光の道へ、レオンの剣が容赦なく叩き込まれる。
バキィィィンッ!!
甲高い破裂音と共に、人工災厄の魂の核が完全に真っ二つに砕け散った。
化け物の巨体がビクンと大きく震え、五つの首が天を仰いで声にならない断末魔の叫びを上げる。
やがてその巨体は形を保てなくなり、ドロドロと崩れ落ちながら、浄化された魔力の光の粒子となって夜空へと溶けていった。
王都の空を覆い尽くしていた巨大な闇の繭が晴れ、東の空から夜明けの光が差し込み始める。
温かな金色の朝日が、崩れかけた王都の市街地と、激闘を終えた彼らの姿を優しく照らし出した。
レオンはふわりと屋根の上に着地し、剣を鞘に収めた。
彼は息を切らしながらも笑顔を浮かべている五人の生徒たちと、聖剣を下ろして安堵の表情を浮かべるユリウスを見渡した。
その時だった。
レオンの視界の端で、ずっと彼を苛んできたあの禍々しい赤い文字が揺らいだ。
五人の生徒たちと出会った日に見た、それぞれの災厄の未来。
そして先ほど王都の空に現れた、あの究極の未来称号。
『【未来の世界終焉者】死亡者数:全人類。破滅原因:歪んだ正義の遺産』
その血のように赤い文字が、パリンッと音を立てて砕け散った。
レオンが振り返ると、朝日の中に立つ五人の頭上で、それぞれの称号が静かに輝いていた。
『【氷壁の守護者】』
『【黒炎の番長】』
『【魂送りの賢者】』
『【紅蓮の宰相】』
『【銀狼の守護獣】』
レオンの視界から、破滅の未来が完全に消え去ったのだ。
世界を滅ぼす災厄の種は、彼ら自身の成長と絆によって完全に摘み取られた。
もう、誰も絶望の未来に怯える必要はない。
「……終わったな」
レオンはようやく肩の力を抜き、深く、長い息を吐き出した。
魔王討伐後、理不尽に辺境へ追放され、そこで出会った五人の災厄候補たち。
彼らは世界を滅ぼす化け物などではなく、ただ傷つき、迷っていただけの子供たちだった。
「先生!やりました!私たち、勝ちました!」
ミリアが満面の笑みで駆け寄ってくる。
ガルドが「へっ、俺の炎が一番効いてただろ!」と誇らしげに胸を張り、ノアが「みんなの連携のおかげだよ」と静かに微笑む。
リュカは「リュカ、一番速かった!……お腹すいた」と尻尾を千切れんばかりに振り、セレスは「当然の結果ですわ。私の完璧な采配と、皆様の働きのおかげですのよ」と優雅に扇子を広げた。
ユリウスもまた、泥だらけの顔で彼らの輪の中に混ざり、心からの笑顔を見せている。
「ああ、よくやった」
レオンは生徒たちを一人ずつ見渡し、朝日を浴びて笑った。
「お前らはもう、立派な守護者だ」
世界を滅ぼすはずだった子供たちは、世界を救った。
彼らが選ばなかった未来の亡霊は消え去り、これからは自分たちの手で切り拓く新しい未来が待っている。
王都の空に、完全な朝が訪れた。
災厄の教室の長い夜が、ついに明けたのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
物語はいよいよ終盤です。
かつて災厄になるはずだった子供たちが、何を選ぶのか。
最後まで見届けていただければ嬉しいです。
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