第77話「王国上層部の罪を暴け」
王都の中心部にそびえ立つ王城。
その中腹に位置する広大な大バルコニーは、王都全域を眼下に見渡すことができ、国王や高官が重大な国事行為や発表を行うための『大拡声の魔導具』が設置されていた。
今、そのバルコニーから燃え盛る市街地を見下ろしているのは、王国教育局長と彼に追従する上層部の貴族たちだ。
彼らはグラスに注がれた最高級のワインを傾けながら、自分たちが仕掛けた模造魔導具が引き起こした炎と冷気の嵐を、まるで美しい夜景でも見るかのように満足げに眺めていた。
「素晴らしい。想定より少々暴走の規模が大きいが、恐怖が大きければ大きいほど、救済の価値は高まるというものだ」
「ええ。これで辺境の落ちこぼれどもを『王都を襲った凶悪なテロリスト』として完全に断定できます。あとは新勇者ユリウス様が華々しく事態を鎮圧し、連中を討ち果たせば、我々の権力は盤石となるでしょう」
局長は醜く歪んだ笑みを浮かべ、大拡声の魔導具の起動スイッチに手をかけた。
王都の民衆に向けて、辺境学院の生徒たちを災厄として糾弾し、自分たちの正義を捏造する歴史的な演説を行うために。
同じ頃、暴走魔導具の停止を確認したセレスは、骨の鳥を通じて各区画の仲間たちへ王城前への集合を伝えていた。
ミリア、ガルド、ノアは救助活動を騎士団と避難拠点の者たちに引き継ぎ、レオンたちと合流する。
一方、ユリウスは誰よりも先に、自らの口で真実を告げるため王城の大バルコニーへ向かっていた。
局長が魔導具のスイッチを入れようとした、その瞬間だった。
ガシャンッ!という硬質な足音が、バルコニーの静寂を破った。
「その捏造の歴史は、ここで終わりにしてもらいます」
バルコニーの入り口の重厚な扉が開き、そこに立っていたのは、泥と煤にまみれた純白と黄金の鎧を着た新勇者、ユリウス・クラウンだった。
彼は腰の聖剣を抜くことなく、ただ真っ直ぐに局長を睨み据えている。
「ユリウス!?貴様、何をしている!早く市街地へ降りて、あの化け物どもを討ち果たすのがお前の役目だろうが!」
局長が苛立たしげに怒鳴るが、ユリウスは一歩も退かなかった。
幼い頃から勇者になるためだけに育てられ、王国の用意した正義を信じ込んでいた。だが辺境学院の生徒たちと出会い、レオンの言葉に触れ、彼自身の目で見た真実は、教えられてきたものとは全く違っていた。
彼は局長を無視して大拡声の魔導具の前に進み出ると、自らの手で起動スイッチを力強く押し込んだ。
魔導具が青白く発光し、バルコニーの音声を王都全域の街角へ届ける準備が完了する。
「やめろ!何を勝手な真似を……!」
「王都にいるすべての皆さん。どうか聞いてください」
ユリウスの声が、魔導具を通じて炎上する王都の夜空に響き渡った。
避難していた民衆や、消火活動にあたっていた騎士たちが、その声に一斉に空を見上げる。
「僕は、新勇者ユリウス・クラウンです。……いいえ、あなた方を欺くために作られた、空っぽの偶像です」
己の存在意義を根底から否定するようなユリウスの痛切な告白が、王都の空気を大きく震わせた。
彼にとってそれは自分自身の拠り所を捨てることでもあったが、その瞳には一切の迷いはなかった。
局長が顔を青ざめさせ、ユリウスから魔導具を奪い取ろうと飛びかかる。
「やめろぉぉっ!何を狂ったことを言っている!」
だが局長の手がユリウスに届くよりも早く、バルコニーに吹き込んだ突風が局長の身体を無造作に弾き飛ばした。
局長が床に転がりながら顔を上げると、そこには黒いコートを風に翻す元勇者、レオン・グランヴァルトが立っていた。
そしてレオンの背後からは、セレス、リュカ、ノア、ミリア、ガルドの五人が、堂々とした足取りで姿を現したのだ。
「なっ……貴様ら、レオン・グランヴァルト!?なぜここにいる!それに、あの暴走の中心にいたはずでは……!」
「お前らが街にばら撒いた暴走の火種は、俺たちが片っ端から潰してきたぜ」
ガルドが右手に黒炎を灯し、不敵に笑う。
「誰一人として、あなたたちの思い通りにはさせません」
ミリアが黒い手袋を外し、素手で力強く宣言する。
彼らが暴走魔導具の核を特定し、完全に破壊してここへ駆けつけたのだ。
ユリウスはレオンたちが背後を守ってくれていることを背中で感じながら、再び魔導具に向かって語りかけた。
「今夜、王都を襲った魔力暴走は、辺境学院の生徒たちの仕業ではありません。彼らを危険なテロリストに仕立て上げ、僕を英雄として演出するために、王国上層部が意図的に魔導具を暴走させて引き起こした自作自演のテロ行為です」
王都の街角で、民衆たちが信じられないという顔で魔導拡声器を見上げる。
彼らは自分たちを救ってくれたのが辺境の子供たちであることを、この目で見たばかりだ。
その上で突きつけられた新勇者自身の告発に、民衆の心の中で王国の正義が音を立てて崩れ始めていた。
「黙れ、黙れ!貴様ら、近衛騎士団!奴らを殺せ!反逆者どもを今すぐ始末しろ!」
局長が狂乱して叫び、バルコニーの奥から完全武装の騎士たちが一斉に飛び出してくる。
だが彼らの前に、優雅な足取りでセレス・ヴァーミリオンが進み出た。
「証拠はすべてここにありますわ!彼らが長年進めてきた『新勇者運用規定』、そして無実の子供たちに意図的に絶望を与え、災厄を生み出そうとした『破滅誘導理論』の記録です!」
セレスは赤い瞳を鋭く輝かせ、手にした機密記録の束を掲げた。
その原本は、彼女の腕の中にしっかりと残されている。
代わりに空へ舞い上がったのは、機密保管庫に保管されていた計画書の複製と、セレスが脱出の途中で要点を抜き出した告発文だった。
「王都中へ配布なさい。民衆に、真実を読ませるのですわ!」
ノアの骨の鳥たちが、一斉に写しの紙片をくわえて飛び立つ。
リュカは屋根から屋根へ銀色の影となって駆け、風を切る速度で紙片を王都の各所へ撒いていった。
空から降り注ぐ王国の罪の証拠。
それを拾い上げた民衆や市街地の騎士団の兵士たちは、そこに書かれたおぞましい計画の全貌を知り、言葉を失い、やがて激しい怒りに震え始めた。
「王国は私たちを見捨てて、こんな自作自演を……!」
「あの子たちはテロリストなんかじゃない!燃える家の中から私たちを助けてくれた本当の恩人だ!」
「ふざけるな!王国の正義は全部嘘だったんだ!」
民衆の怒りの声が、地鳴りのように王城へと響いてくる。
恐怖と偏見に染まり、揺らぎ始めていた民衆の認識は、確固たる真実の提示によって完全に反転したのだ。
「偽造だ!そんなものはすべて辺境の落ちこぼれが用意した捏造の紙切れだ!誰も信じるな!」
局長が必死に叫ぶが、その言葉を遮るようにノア・レイスが静かに進み出た。
彼は分厚い魔導書を開き、青白い魔力を大拡声の魔導具へと流し込んだ。
「生者の書いた紙が信じられないなら、死者の言葉を聞けばいい」
ノアは機密保管庫から持ち出した、黒ずんだ作業員名簿と破損した認証札を魔導具の前へ置いた。
そこには、保管庫の建設と暴走実験に関わり、口封じされた者たちの残留思念が染みついている。
ノアが青白い魔力を注ぎ込むと、認証札に残されていた声が大拡声の魔導具へ流れ込み、無数の低く悲痛な証言となって王都全体に響き渡った。
『私ハ……局長ノ命令デ、魔獣ヲ誘導スル香炉ヲ作ラサレタ……』
『実験体ノ子供タチニ、強イストレスヲ与エルヨウ指示サレタ……逆ラエバ、家族ヲ殺スト……』
『私タチハ……用済ミトシテ、地下ノ水路ニ沈メラレタ……!』
生々しく、血を吐くような死者たちの告発。
どんな偽造文書よりも確かな、地の底から湧き上がるような魂の叫びだった。
その圧倒的な呪詛と悲しみの声を聞き、局長を守ろうとしていた近衛騎士たちすらも剣を下ろし、青ざめた顔で後退りし始めた。
騎士たちもまた、王都の民を守るために剣を誓い、国の正義を信じて命を懸けてきた者たちだ。
自国の民を犠牲にし、罪のない子供たちを実験台にしていたおぞましい事実を突きつけられ、彼らの戦意は完全に失われていた。膝から崩れ落ち、己の信じていたものの崩壊に頭を抱える者すらいる。
「な、なぜ剣を下ろす!撃て!奴らを殺せぇぇっ!」
局長が泡を飛ばしてわめくが、もう彼に従う者は誰もいなかった。
バルコニーには、教育局長と数人の腐敗した貴族だけが孤立して残された。
レオンは気だるげな足取りで局長の前に歩み寄り、冷たく見下ろした。
「お前らが俺から隠そうとした真実。そして俺の生徒たちを実験動物扱いして、痛めつけてきた罪。……災厄を作っていたのは、お前たちだ」
レオンの宣告が、バルコニーに重く響き渡る。
かつて魔王討伐の旅で多くのものを失い、そして今、辺境の教室で守るべき生徒たちを見つけた元勇者。
彼の瞳には、この理不尽な世界に対する静かで深い怒りが宿っていた。
「ひぃぃっ!ば、馬鹿な……私が、この私がこんなところで終わるはずがない!」
すべてが露見し、完全に逃げ場を失った教育局長は狂乱して後退り、懐から禍々しい黒い魔石の塊を取り出した。
その魔石には、王都の地下で長年抽出され続けてきた、無数の怨念と暴走魔力が限界まで圧縮されている。
「局長!それはまさか……!」
「ええい、黙れ!我々が管理しなければ、奴らはどうせ世界を滅ぼしていたのだ!こうなればすべて終わりだ!貴様らもろとも、この王都ごと消し去ってくれる!」
局長が魔石に自らの魔力を注ぎ込み、起動スイッチとなる術式を強引に破壊した。
その瞬間だった。
ドクンッ!!
王城全体が、まるで巨大な心臓の鼓動のように大きく波打った。
局長の手から滑り落ちた魔石が宙に浮き上がり、周囲の空間を歪めながら異常な速度で膨張していく。
「人工災厄、起動!!王国の未来は私が創り直すのだぁぁっ!」
局長の狂った絶叫と共に、魔石から溢れ出した魔力が王都の空を黒く染め上げた。
氷の冷気、黒炎の熱、死霊の怨念、人を駒として操る支配の呪い、獣の咆哮。
五つの災厄の気配が、ひとつの巨大な闇の中で蠢き始める。
レオンは腰の剣を抜き放ち、その生まれかけの絶望を真っ直ぐに見据えた。
王国上層部の罪は、白日の下に晒された。
だが彼らが残した最大の負の遺産が、今まさにこの世界を滅ぼすために産声を上げようとしていた。




