第72話「災厄計画の真相」
王都教育局の特別審問室から脱出したレオンと隔離クラスの生徒たち、そしてエリス、メルディア、ユリウスの一行は、冷たい石造りの地下通路を急ぎ足で進んでいた。
背後からは、レオンの威圧によって硬直から解かれた王都騎士団の怒号が響いてきている。
「ただ真っ直ぐに逃げるだけではありませんわ。王都の連中が私たちを『災厄の種』として管理していたというのなら、その決定的な証拠となるデータが必ずどこかにあるはずです。それを手に入れなければ、私たちは一生反逆者として追われる身となりますわ」
走りながら、セレス・ヴァーミリオンが赤い瞳を鋭く光らせて提案した。
その言葉に、ユリウス・クラウンが顔を上げる。
「教育局の最深部に、特別機密保管庫があります。僕が案内します。彼らが何を隠し、何を正義と呼んでいたのか……この目ですべてを暴き出さなければならない」
ユリウスの先導により、一行は入り組んだ地下のさらに奥底へと足を踏み入れた。
やがて彼らの前に、巨大で重厚な金属の扉が立ち塞がった。
扉の表面には禍々しい魔法陣が幾重にも刻まれ、王都特有の強力な封印術式が施されている。
「これは……王都の最上位の魔力波長と、複雑なパスワードを同時に要求する封印ですわ。少しでも手順を間違えれば、中の資料ごと燃え尽きる自爆術式が組み込まれています」
セレスが扇子を口元に当て、険しい顔で扉を分析する。
物理的な破壊は不可能だ。
だがユリウスは躊躇うことなく扉の前へ進み出た。
「僕がやります。勇者としての魔力波長なら、第一段階の封印は通過できるはずです」
ユリウスが扉の紋章に手を当て、純粋な光の魔力を注ぎ込む。
扉の魔法陣が一つ、青白く光って解除された。
「ノア君。魔力の流れから、仕掛けられた罠の連動パターンを読み取れますか?」
「……うん。過去にこの扉を開けた人たちの残留魔力をたどれば、解除の手順が見える」
セレスの問いにノア・レイスが答え、扉の表面にそっと触れた。
死霊術で魂の残滓を辿る技術の応用。
ノアの魔力は、かつてこの扉を開錠した者たちが残した魔力の軌跡を、静かに浮かび上がらせていく。
「三つ目の術式環を逆回転。その次に、上から二番目の術式を解除……」
「分かりましたわ。ただし正規の認証ではない以上、術式に負荷がかかって魔力回路が発熱します。ミリアさん、冷却をお願いします。温度が上がりすぎれば、自爆術式が作動しますわ」
「はいっ!」
ノアの読み取った情報をもとに、セレスが高速で暗号の解除式を組み上げて魔力を打ち込む。
同時にミリア・フロストレインが繊細な冷気を放ち、扉の温度上昇を完璧に抑え込んでいく。
王都が誇る最高機密の封印が、辺境の隔離クラスの生徒たちとユリウスの完璧な連携の前に、一つ、また一つと音を立てて解かれていった。
数分後、難攻不落と思われた機密保管庫の重い扉が、カチリという音と共に開かれた。
中はひんやりとしており、膨大な量の書類や魔導記録が天井まで届く棚にびっしりと保管されていた。
セレスは迷うことなく、『破滅誘導理論』や『辺境学院特別隔離クラス』とラベリングされた棚へ向かい、分厚いファイルを引き抜いた。
彼女はページを高速でめくり、その内容を読み解いていく。
やがて彼女の赤い瞳が、信じられないものを見るように大きく見開かれた。
「これは……」
セレスの声が微かに震える。
「王国は私たちが災厄になるのを防ごうとしていたのではありません。私たちのトラウマを分析し、意図的に絶望へと誘導し、暴走させるための実験を繰り返していたのですわ」
「なんだと!?じゃあ俺たちが苦しんできたのは全部、あいつらの掌の上だったってのかよ!」
ガルド・バルガがギリッと奥歯を鳴らし、拳を強く握りしめた。
セレスはさらに別の書類の束を広げた。
「原本だけでは、奪い返された時にすべてを失いますわ。複製記録と要約資料も、持ち出せるだけ集めます」
セレスは原本と複製を分け、複製の一部を生徒たちの鞄へ手早く分散させていった。
「『新勇者運用規定』……。破滅誘導理論を用いて人為的な『災厄』を作り出し、それを新勇者に討伐させる。それによって民衆の恐怖を煽り、直後に救済を与えることで、王室と教育局の権力を盤石にする。これが、彼らの描いた『新勇者計画』の全貌です」
ユリウスはその書類を受け取り、自分の目で活字を追った。
自分が信じていた勇者の使命。
それは罪のない子供たちを化け物に仕立て上げ、それを舞台装置として斬り捨てるという、血塗られた自作自演の茶番劇でしかなかったのだ。
「僕は……こんな狂った計画のために、剣を振るうよう育てられてきたのか……」
ユリウスは膝から崩れ落ちそうになり、聖剣の柄を力強く握りしめた。
今まで空っぽだった彼の心に、絶望と、燃え盛るような本物の怒りが同時に湧き上がってくる。
自分の存在意義が真っ黒な茶番だったという深い絶望。そして、自分のような偽物を作り続ける王国上層部への、消えない怒り。
さらにセレスは、厳重に封印された古い羊皮紙の束を見つけた。
「レオン先生。これは……あなたに関する機密記録ですわ」
セレスが息を呑んでレオンを見た。
「これは三年前の記録です。魔王討伐後、先生は魔王との決戦で覚えた違和感から、魔王が本当に自ら生まれた災厄だったのかを調べようとしていた」
セレスは古い羊皮紙をめくり、声を震わせる。
「魔王の魔力には、後天的に破滅へ誘導されたような不自然な歪みがあった。先生はその疑念を裏付ける資料を見つけかけた。けれど王国上層部は、あなたが結論に辿り着く前にその資料を急いで回収した」
レオンの眉がピクリと動いた。
「……ああ。あの時、魔王は自分の意志だけで世界を滅ぼそうとしているようには見えなかった。だが確かめる前に、証拠を奪われた」
セレスはさらに別の新しい記録へ目を走らせた。
「そしてこちらは、先生を辺境学院へ赴任させる直前の記録ですわ。上層部は、先生の直感と、未来の破滅を見通す『終末視』の能力を恐れていた。いずれ人工災厄研究の核心に辿り着かれる可能性があると判断した」
セレスの声が、さらに重くなる。
「だからこそ名誉職を装って、あなたを辺境学院へ送った。災厄候補である私たちと同じ場所に閉じ込め、最悪の場合は共倒れさせるために」
隔離クラスの生徒たちは絶句した。
自分たちの出会いすら、王国によって仕組まれた残酷な罠だったのだ。
その重苦しい沈黙を破り、静かな足音が保管庫に響いた。
保健医のメルディアだった。
彼女はセレスの手から『破滅誘導理論』の資料を受け取り、悲しげに目を伏せた。
「……やはり、間違いありません」
メルディアは顔を上げ、レオンと生徒たちを真っ直ぐに見つめた。
その表情には、いつもの穏やかな保健医の面影はない。
「これは、魔王の時代に戦場で使われていた技術と全く同じものです。私は……あの戦争の中、魔王軍の陣営で、傷ついた者を治す戦場の治癒術師でした。その中で、この種の人工災厄実験を何度も見てきました」
メルディアの突然の正体暴露に、ガルドやエリスが驚愕の声を上げる。
だがレオンは驚かなかった。彼女の傷の手当ての手際や魔力の波長から、彼だけは薄々気づいていたからだ。
「魔族も人間も関係ありません。私はもう、誰の側でもない。ただ目の前で傷ついている命を治す者として、ここに立っています。権力者はいつも、自分たちの権力を維持するための都合のいい『敵』を作り出すために、弱い子供たちを犠牲にするのです」
メルディアの言葉には戦場で多くの命を看取ってきた者特有の、深く静かな怒りが込められていた。
王国が魔王軍の禁忌の技術を引き継ぎ、自国の子供たちを実験動物にして新たな脅威を作り出そうとしていた。
それが、王国の掲げる正義の真実だったのだ。
「……全部、繋がったな」
レオンが気だるげな声を完全に消し去り、底冷えするような声で言った。
「俺たちが戦った魔王のことも、お前らが受けた理不尽な迫害も。その裏側に、王都の上の連中が描いたクソみたいな盤面があったのかもしれねえ。……それを確かめるためにも、この証拠は絶対に外に出す」
「許せねえ……!あいつら、俺たちをゴミクズみたいに弄びやがって!」
ガルドが両手に黒炎を立ち上がらせる。
リュカが牙を剥き、ノアが魔導書を強く握りしめた。
その時、保管庫の外からけたたましい警報音が鳴り響いた。
騎士団が彼らの侵入に気づき、大軍で押し寄せてきているのだ。
「おしゃべりの時間は終わりのようだな」
レオンは腰の剣を抜き放った。
「この証拠はすべて持ち帰る。王都の連中の描いた盤面ごと、俺たちが全部ひっくり返してやる。……行くぞ、お前ら!」
生徒たちの目に、かつてないほどの強い決意の光が宿る。
作られた勇者、戦場の治癒術師、そして運命を変えられた災厄候補たち。
彼らは王国の最も深い闇を抱え、正面から王都の軍勢へと立ち向かっていく。




