第58話「災厄候補、連携する」
大闘技場のアリーナは、息もできないほどの凄まじい光と熱に包まれていた。
王都学院『首席チーム』のリーダー格の少年が放ち続ける大魔術『極光の奔流』。
後方に菱形の陣形を組んだ四人の生徒から、自らの魔力回路が焼き切れることも厭わずに直接魔力を譲渡されることで、その火力は通常の数倍にまで跳ね上がっていた。
同じ波長に揃えられているからこそ、四人の魔力は抵抗なくリーダーへ流れ込む。
だがそれは連携ではない。
個性を消された部品同士を、無理やり一つの砲台に接続しているだけだった。
防護結界の内側にあるアリーナの石畳はドロドロに溶け、空気が陽炎のように揺らめいている。
「くそっ……!重てえ……!」
(あと何秒だ……セレス、早くしやがれ!)
最前線で巨大な黒炎の盾を展開しているガルド・バルガが、奥歯を噛み締めた。
彼の額から流れる汗が、凄まじい熱波ですぐに蒸発していく。
ガルドの背後では、ミリア・フロストレインが何重にも透明な氷壁を張り巡らせ、ガルドの黒炎を突破してくる光の飛沫を必死に防ぎ止めていた。
「ガルドくん、もう少しです!あと少しだけ……!」
「分かってる!押し負けるかよ!」
ガルドが両腕に限界まで魔力を込め、黒炎の盾をさらに厚くする。
圧倒的な出力の前にジリジリと後退を余儀なくされていたが、辺境学院の五人の瞳には決して絶望の色はなかった。
彼らはただ耐えているのではない。
陣形の中央に立つ誇り高き令嬢、セレス・ヴァーミリオンが提示した『十秒』という時間を稼ぐために、命懸けで前線を維持しているのだ。
セレスは内心で最後のカウントを終え、パチンと音を立てて赤い扇子を閉じた。
「感謝いたしますわ、皆様」
彼女の鋭い赤い瞳は、極光の奔流を放ち続ける首席チームの陣形と、その魔力の流動を完全に分析し終えていた。
かつて人間を信じず、他者を駒としてしか見ていなかった彼女は今、仲間の命を預かる指揮官として、完璧な反撃の絵図を組み上げたのだ。
「彼らの陣形の歪み、完全に見切りましたわ。反撃の陣形を再構築します!」
セレスの凛とした声が、爆音の響くアリーナに響き渡る。
「彼らは個々の魔力量こそ膨大ですが、連携と呼べるものは存在しません!リーダーを最大火力にするための砲台として、残りの四人がただの魔力タンクとして部品のように消費されているだけですわ。防御も回避も捨てた、ただの歪な足し算の陣形……ならば、その歯車を一つ外せば完全に機能不全に陥ります!」
セレスは扇子で首席チームの後方をビシッと指差した。
「ノア君!敵の後方四人の足元に死者の手を!拘束する必要はありません。足場を崩して、魔力譲渡のリズムを乱すだけで十分です!」
「了解。死者の手、展開」
ノアが静かに魔導書を開き、懐から取り出した小さな骨片に青白い魔力を流し込んだ。
首席チームの後方、リーダーに魔力を送り続けている四人の足元で、骨片から伸びた白い骨の手が石畳を這うように広がり、彼らの足首を掴もうとする。
無表情のまま魔力を送り続けていた四人は、足元を狙われたことで体勢を崩し、魔力譲渡のリンクが一瞬だけわずかに乱れた。
「今ですわ!リュカさん、ノア君が作った一瞬の隙に、右側面から懐へ!狙うのはリーダーではありません、後方の魔力タンクたちです!」
「分かった!」
リュカが地面を蹴り、銀色の残像となって猛烈な速度でアリーナの右側面を駆け抜けた。
極光の奔流の射線を完全に外し、首席チームの死角から一気に後方へと肉薄する。
だが首席チームもただの案山子ではない。先ほどリュカの前に『肉の盾』として飛び出してきた少女が、足首に絡みつく骨の手を魔力で強引に引き千切り、魔力譲渡を中断してリュカの射線上に自らの体を無防備に投げ出したのだ。
「!」
自分の命を捨てることに一片の迷いもない、空虚な瞳。
かつてのリュカなら、このまま鋭い爪を振り抜き、少女の喉笛を切り裂いていただろう。
だが今のリュカは、殺さない戦い方を学んだ誇り高き銀狼だ。
「仲間を盾にするの、嫌い!」
リュカは爪を一切立てず、空中でしなやかに身を捻った。
そして銀色の魔力を纏った脚で、その足元を正確に払い抜いたのだ。
身を投げ出して進路を塞ごうとした少女は足を払われ、残る三人もノアの骨の手に体勢を乱されたところを、リュカの爪の背や掌底で的確に打ち崩されていった。
殺すことなく、過剰な傷も負わせず、ただ魔力供給の姿勢だけを物理的に崩す精密な妨害。
サポート役四人の陣形は完全に崩れ、リーダーへの魔力譲渡のリンクが切断された。
「……出力低下。魔力供給路、遮断」
中央に立つリーダー格の少年が、感情のない平坦な声で呟いた。
魔力の供給を絶たれたことで、彼が放っていた『極光の奔流』の火力が激減し、荒れ狂っていた極光の束が目に見えて細くなっていく。
「ガルド君、ミリアさん!前線を押し上げなさい!」
「オラァッ!待ってました!」
セレスの号令に、ガルドが雄叫びを上げた。
彼は防御に使っていた巨大な黒炎の盾をそのまま前方に押し出し、残った光の矢を強引に焼き払いながら、リーダー格の少年へと向かって猛烈な速度で突進を開始した。
そのガルドの背後を、ミリアが完璧にフォローする。
「私の氷は、仲間を守るためにあります!」
ミリアが両手を突き出すと、突進するガルドの側面に、分厚く透明な氷壁が次々と展開されていく。
体勢を立て直したサポート役の四人が、ガルドの足を止めるために無表情のまま放った魔力弾の雨が、すべてミリアの氷壁に激突して無力化される。
ただ守るだけの壁ではない。
氷壁はガルドの動きに合わせて前進しながら、やがてガルドの体の形に合わせて前面を開いた形となる。
彼の体を熱波と魔力弾から包み込んで守るかのように。
さらに氷壁の前面は鏡面のように磨き上げられ、ガルドの黒炎が放つ魔力の余波を前方へと反射していく。
「ミリア……てめえ、俺の炎を後ろから押してんのか!」
「はい!ガルドくんの炎が、前だけに進むようにします!」
ミリアが背中を守るだけではない。
彼女の氷が、ガルドの黒炎を受け止め、反射し、前へ押し出している。
氷と炎。
本来なら相反するはずの二つの力が、互いを殺し合うのではなく、互いを高め合っていた。
(ミリアが守ってる。いや、違うな。あいつの氷が、俺の炎を前へ押してやがる。セレスが俺を加速させ、ノアとリュカが陣を崩した。なら、俺がやるのはこれだけだ)
ガルドの右拳に、禍々しい黒炎が極限まで圧縮されていく。
リーダー格の少年は無表情のまま、咄嗟に残存魔力をすべて振り絞り、正面に何重もの強固な光の防壁を展開した。
王都最高峰と称された少年が作り上げた、純粋な魔力の盾。
だがガルドは止まらない。
さらにミリアは、氷壁を維持したまま右手を前へ伸ばした。
その魔力に呼応して、ガルドの右腕の周囲に透明な氷が螺旋を描くように形成されていく。
それは盾ではない。
黒炎を前方へ集束させるための、砲身だった。
鏡面のように内側を磨き上げられた氷の砲身が黒炎の魔力を受け止め、荒れ狂う炎を一本の槍のように研ぎ澄ませていく。
「行ってください、ガルドくん!」
「おうよ!おめえが絞ってくれた俺の炎で、まとめてぶち抜く!あいつらの薄っぺらい力じゃ、俺たちの火は消せねえんだよ!!」
ガルドの黒炎の拳が、光の防壁に全力で叩き込まれた。
ガァァァァンッ!!という鼓膜を破るような轟音と共に、王都の切り札が展開した絶対の防壁が、まるで薄いガラスのように粉々に砕け散る。
黒炎の熱波がアリーナを吹き荒れた。
だが次の瞬間、ガルドは拳に纏わせていた黒炎を一瞬で霧散させ、その素の拳だけをリーダー格の少年の顔面寸前でピタリと止めた。
凄まじい風圧が少年の純白の制服を激しく揺らし、彼の金色の髪を後方へと大きくなびかせる。
少年は目を見開き、初めてその空虚な瞳に『驚愕』という感情の色を浮かべていた。
それは、彼が生まれて初めて自分の意思で感じた感情だったのかもしれない。
ガルドは拳を突き出したまま、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「これで終わりだ、お坊ちゃん」
完全に戦意を断ち切る、圧倒的な暴力の寸止め。
魔力供給を断たれ、防壁を砕かれた反動で、リーダー格の少年はそのまま膝から崩れ落ちた。
糸が切れた人形のように、アリーナの床へ倒れ伏す。
サポートに回っていた四人も、これ以上の戦闘継続は不可能と判断したのか、無表情のまま動きを止めた。
開始から数分間の、息もつかせぬ激攻防。
首席チームの五人は、もはや誰一人として戦闘を続けられなかった。
辺境学院の五人は誰一人欠けることなく、それぞれが息を切らしながらも、堂々とアリーナに立ち続けている。
「そ、そこまで……!!」
審判を務める王都の教師が、信じられないものを見るような目でアリーナを見つめ、震える声でマイクを握った。
「特別総力戦、勝者……辺境学院代表チーム!!」
そのコールが響き渡っても、大闘技場は水を打ったように静まり返っていた。
王都の特権階級の観客たちは、目の前で起きた現実を理解できずにただ口を開けて固まっている。
王国が総力を挙げて育成し、未来の勇者となるはずだった最高峰の『首席チーム』。
彼らが、辺境の落ちこぼれと呼ばれた問題児たちの前に、完膚なきまでに叩きのめされたのだ。
個の武力でも、集団の連携でも、完全に圧倒されて。
やがて観客席の一部からパラパラと拍手が起こり、それが波紋のように広がって、地鳴りのような大歓声へと変わっていった。
それは辺境の災厄候補たちへの恐怖ではなく、見事な戦いぶりと揺るぎない絆に対する、純粋な賞賛の拍手だった。
バルコニー席で、王都学院の学院長は真っ青な顔で手すりにしがみつき、ロベルト・グライス査察官は完全にへたり込んでいた。
王都の威信をかけた公開処刑のシナリオは、ここに完全に崩壊したのだ。
アリーナの中央で、辺境の五人が互いの無事を確認し合うように顔を見合わせた。
「へっ、見たかよ!俺の黒炎が一発で防壁をぶち抜いたぜ!」
「ガルド君、お一人の手柄ではありませんわよ。ミリアさんの氷壁が背中を守り、ノア君が足止めし、リュカさんが陣形を崩したからこその勝利ですわ」
「分かってるよ。……それと、てめえの采配もな」
「なっ……当然ですわ。私の采配が完璧なのは、最初から分かりきっていたことでしょう?」
セレスは慌てて扇子で口元を隠したが、その耳元はほんのり赤くなっていた。
ミリアは胸を撫で下ろし、ノアは静かに頷き、リュカは尻尾を振っていた。
彼らの間に、もう以前のような孤独や不信感はない。
互いの傷を知り、弱さを知っているからこそ、補い合い、背中を預け合うことができる。
それが、王都に作られた勇者候補たちにはまだ届かない、彼らだけの強さだった。
アリーナの端で壁から背中を離したレオン・グランヴァルトは、いつもの眠そうな目で、しかし誇らしげに生徒たちの背中を見つめていた。
彼の視界にはもう、禍々しい未来の災厄の称号は一つも浮かび上がらない。
(互いの傷と弱点を知り、補い合う。それがお前たちの出した答えだ)
レオンは小さく笑い、ゆっくりとアリーナへ歩み寄った。
王都の嘲笑と偏見に満ちた大闘技場で、災厄候補と呼ばれた問題児たちは、ついに自分たちが世界を滅ぼす化け物ではないことを、完璧な連携と実力で証明してみせたのだ。
歓声が降り注ぐ中、レオンは生徒たちの頭を順番に無造作に撫でていった。
「よくやった、お前ら。今夜は俺の奢りだ。王都で一番うまい肉を食わせてやる」
「やったああっ!!」
最強の問題児クラスは、王都の中心で、自分たちの強さと絆を堂々と証明してみせた。
大闘技場の熱狂は、いつまでも冷めることなく響き渡っていた。




