第57話「王都学院の切り札」
五戦全勝に沸いていた大闘技場は、想定外の第六戦として告げられた王都学院『首席チーム』の登場によって、再び異様な緊張に包まれていた。
審判の指示を受け、辺境学院の五人は大闘技場中央の試合場へと進み出た。
その向かい側では、反対側のゲートが重々しい音を立てて開く。
そこから現れたのは、特注と分かるほど凝った意匠の制服に身を包んだ五人の少年少女だった。
彼らは足音すら乱さず、まるで一つの機械のように整然と試合場へ進み出る。
向かい合った両チームの間に、冷たい沈黙が落ちた。
観客席の貴族たちは、辺境の落ちこぼれに五戦全勝を許した屈辱を晴らしてくれる最後の希望として、彼らに熱狂的な歓声を送っている。
「おお……!あれが第一魔術学院の最高峰!」
「王国が総力を挙げて育成している『正統な勇者候補』のチームだ!」
「彼らなら辺境の野蛮な化け物どもを確実に討伐してくれるはずだ!」
王都の威信回復を信じる声が飛び交う中、前試合終了後、王都学院長がバルコニー席から告げた『特別総力戦』の宣言が、まだ大闘技場に重く残っていた。
だがアリーナに立つ辺境学院の五人は新たに現れた敵から放たれる不気味な気配に、それぞれの反応を示していた。
「なんだあいつら。前の五人組みたいに、自分が一番目立とうって欲が全く見えねえ。ただ突っ立ってるだけの人形みたいだぜ」
ガルド・バルガは両手で拳を鳴らしながら、怪訝そうに眉をひそめた。これまでの王都の生徒たちが持っていた過剰な自己顕示欲が、彼らには微塵も感じられないのだ。
「……こいつら、変な匂い。生きてる匂いがしない。土とか血の匂いじゃなくて……薬と、冷たい鉄の匂い。作られた匂いがする」
リュカ・ウォルフが鼻を小さく動かし、警戒するように耳を伏せた。生命の躍動感がなく、無機質な匂いだけが漂ってくる。
「うん。死者でもないのに、心臓の奥が空っぽみたいだ」
ノア・レイスも魔導書を胸に抱いたまま、静かに頷いた。死者の魂に寄り添うノアの感覚でも、彼らからは生者の温かさも、死者の未練も感じ取れなかった。
「魔力の量……すごく大きいです。でも、なんだか無理やり押し込められているような、いびつな感じがします……」
ミリア・フロストレインが黒い手袋を両手でぎゅっと握りしめ、青ざめた顔で呟く。
「ええ、気味が悪いですわね。五人全員の魔力波長が、不自然なほど同じ型に揃えられていますわ。個性も得意分野も削られ、互いに魔力を受け渡しやすいよう調整された、均一化された魔力です。まるで工場で生産された兵器ですわ」
セレス・ヴァーミリオンが扇子を広げ、赤い瞳で彼らを冷徹に観察した。
アリーナの端で見守っていたレオン・グランヴァルトは、いつもの眠そうな表情を完全に消し去り、鋭い眼光で首席チームを見据えていた。
彼の固有能力である『終末視』は、かつて辺境の五人には恐ろしい未来の災厄の姿を映し出した。
それは彼らが絶望し、世界を憎んだ果てに辿り着く最悪の可能性だった。
だが目の前に立つ純白の制服の五人には、何の称号も浮かび上がらない。
称号が見えない人間など、これまでにもいくらでもいた。
それでも、目の前の五人から受ける印象は明らかに異質だった。
不自然なほど同じ波長に揃えられた魔力。
感情を映さない瞳。
命令を待つだけの、空虚な佇まい。
終末視に未来が映らないことも含め、彼らには自分の意志で未来を選ぶ余地そのものが残されていないように、レオンには思えた。
(……ただの生徒の魔力じゃない。これは、何かが歪んでいる)
レオンは内心で重い息を吐いた。
魔力を極限まで高めるために、何か大切なものを削り取られている。
ただの訓練や教育で、こんな均一な魔力になるはずがない。
王都の奥で、何かろくでもない計画が進んでいる。
それだけは、嫌というほど分かった。
(何が首席チームだ。あいつらはただの子供だぞ)
王都学院長の宣言を受け、審判が開始の号令を叫んだ。
「特別総力戦、開始!」
その合図が会場に響き渡った瞬間。
首席チームの五人は一切の掛け声もなく、一糸乱れぬ無機質な動きで前進した。
中央に立つ金髪のリーダー格を頂点に、残りの四人が後方に菱形の陣形を組む。
リーダー格の少年は杖も使わなかった。
最小限の短い詠唱だけを、感情の乗らない平坦な声で口にする。
「『極光の奔流』」
放たれた光の魔力は、先ほどの王都のエリートたちが放った大魔法すら遥かに凌駕する、圧倒的な熱量と密度を持っていた。
無数の光の矢が、アリーナの空気を焼き焦がしながら辺境の五人へと殺到する。
「オラァッ!」
ガルドが前に飛び出し、両手から巨大な黒炎の盾を展開した。
光の矢が黒炎と激突し、凄まじい衝撃波がアリーナを吹き荒れる。特別試合用に展開された防護結界の内側で、石畳がめくれ上がり、粉々になって吹き飛ぶ。
「くっ……!重てえ……!」
ガルドが歯を食いしばる。
彼が極限まで圧縮した強固な黒炎の盾が、光の圧力に押されて少しずつ後退していく。これまでの四試合では決して見られなかった光景だった。
「ガルドくん、私が!」
ミリアがすかさず前に出て、黒炎の後方に氷壁を幾重にも展開し、ガルドの負担を軽減する。
だが首席チームの異常さは、その『威力』だけではなかった。
リーダー格の少年が光の魔法を維持している間、後方の四人が一斉に手をかざし、自分たちの魔力を直接彼の背中に注ぎ込み始めたのだ。
「なっ……魔力の直接譲渡ですって!?」
セレスが驚愕の声を上げる。
通常、他者の魔力を直接受け入れることは、回路への過度な負担と肉体を引き裂くような激痛を伴う。
だが彼らは表情一つ変えず、自らの魔力回路が焼き切れることすら厭わずに、ひたすらリーダーの火力をブーストし続けていた。
彼らには『自分の身を守る』という概念すら削り取られているのだ。
「リュカさん、右側面から結界を断ちなさい!」
「分かった!」
リュカは指示に応じ、右側面から銀色の残像を残して駆け抜けた。
彼女の狙いはリーダーを切り裂くことではない。
リーダーの周囲に薄く張られた光の防御結界を爪先で引き裂き、魔力供給の流れを断つことだった。
リュカの爪が結界の表面に届こうとした瞬間、サポートに回っていた少女の一人が一切の躊躇なくリュカの射線上に自らの体を投げ出した。
防御魔法を展開するでもなく、ただの『肉の盾』として。
このまま爪を振り抜けば、結界ではなく少女の体を裂いてしまう。
自分の命を差し出すことに、一片の迷いもない空虚な瞳。
「!」
リュカは慌てて軌道を逸らし、爪を引っ込めた。
殺さない戦い方を学んだリュカは、無防備な相手を引き裂くことを本能的に避けたのだ。
「なんで、盾になる!リュカ、裂きたくない!」
興奮で言葉が短くなりながらも、リュカの瞳には確かな理性が残っていた。
だが盾になった少女は無表情のまま、空いた手でリュカに向けて至近距離から魔力弾を放った。
リュカは辛うじて身を捻って回避したが、体勢を崩して後方に下がる。
ノアが骨の鳥を使って視界を塞ごうとするが、首席チームは視覚すら共有しているかのように、死角からの攻撃も連携して的確に叩き落とした。
だがその『連携』は、セレスが構築したものとは根本的に異なっていた。
セレスは後退しながら、短く息を呑んだ。
「……あれは、連携ではありませんわ」
彼らは互いをカバーし合っているのではない。リーダーを最大火力として機能させるために、残りの四人がただの部品として消費されているだけだ。
セレスはぐっと扇子を握りしめた。かつて自分が選びかけた、そして捨てた道だった。
仲間の魔力を限界まで吸い上げ、仲間を躊躇なく盾にし、感情も痛みも無視して最適解だけを遂行する。
それは王国が作り上げた、狂気の戦術だった。
観客席からはその異様な戦い方に気づくこともなく、「さすがは首席チームだ!」「辺境の化け物どもを押しているぞ!」と歓喜の声が上がっている。
圧倒的な出力と命を度外視した機械的な動きを前に、辺境学院の五人はジリジリとアリーナの端へと追いつめられていった。
ミリアの氷壁にひびが入り、ガルドの黒炎の盾が揺らぐ。
「レオン先生!このままでは……!」
アリーナの端で、エリスが祈るように両手を組んで叫んだ。
だがレオンは壁から背中を離したまま、静かに、そして確信を持った声で言った。
「焦るな、エリス先生。あいつらは……負けやしねえよ」
レオンの目線の先。
アリーナで息を切らしている五人の生徒たちの瞳には、絶望も恐怖も微塵もなかった。
ガルドは黒炎の盾を維持しながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「へっ……気色悪ぃ戦い方しやがって。見てて腹が立つぜ」
リュカが体勢を立て直し、低く唸り声を上げて牙を剥く。
「こいつら、群れの匂いがしない。ただのモノの匂い。……だから、弱い」
ノアが魔導書を開き、静かに告げる。
「死者ですらない、ただの空っぽだ。僕が声を聞いてきた死者たちの方が、まだずっと温かい」
ミリアが両手に冷気を纏い、力強く頷く。
「私たちは、互いを道具になんてしません。私の氷は……仲間を傷つけるためではなく、守るためにあります」
セレスが優雅に扇子を開き、赤い瞳を鋭く輝かせた。
かつて誰も信じられなかった少女は、今、誰よりも仲間を信じていた。
「ええ。心のないただの部品の集合体に、私たちが紡いだ本物の絆が破られるはずありませんわ」
「皆様。十秒くださいませ」
セレスが息を整えながら、静かに言った。
「あの偽物の陣を崩す糸口が、見えそうですわ」
レオンは生徒たちの決して折れない背中を見て、小さく笑った。
「見せてやれ。心の通った力ってやつをな」
ただのエリートではない。
王都が作り上げた、心を封じられた勇者候補たち。
災厄候補と呼ばれた五人は、初めて本当の意味で王都の切り札と向き合っていた。
作られた力と、心を通わせた力。
その違いを問う総力戦は、ここからだった。




