第55話「第四試合、紅蓮の采配」
大闘技場の熱気は、これまでの三試合を経て異様なものへと変貌していた。
第一試合の防衛、第二試合の攻防、第三試合の探索。
王都の特権階級の観客たちが『野蛮な落ちこぼれの公開処刑』になると信じて疑わなかったその舞台で、辺境学院の隔離クラスは王都のエリートたちを三戦連続で完全に圧倒してみせたのだ。
彼らが期待していたのは辺境の落ちこぼれたちが無惨に敗北する姿だったが、それが完全に裏切られたことで、会場には見世物を楽しむ余裕は微塵も残されていない。
観客席からは嘲笑が消え去り、代わりに得体の知れない強者に対する畏怖とざわめきが満ちていた。
「だ、第四試合!種目は『集団戦』!五対五の総力戦となります!」
実況の教師が、震える声で魔導拡声器に向かって叫ぶ。
「先攻、王都学院代表チーム、前へ!」
歓声の中、純白の制服を着た五人の生徒がアリーナへと進み出た。
彼らは皆、王都の有力貴族の子弟であり第一魔術学院の中でもトップクラスの成績を誇るエリートたちだ。
彼らは自信に満ちた表情を浮かべていたが、その視線は相手だけでなく隣に立つ味方同士でも火花を散らしていた。
彼らにとってこの舞台は、自分の優秀さを王都の重鎮たちにアピールするための絶好の品評会だ。
誰よりも派手な魔法を撃ち、誰よりも目立ち、一番の功績を上げる。
彼らの頭にあるのは個人の手柄だけであり、仲間と協力するなどという発想は微塵もなかった。
「後攻、辺境学院代表チーム!前へ!」
実況のコールに呼ばれ、辺境学院の五人がゆっくりとアリーナへ足を踏み入れた。
先頭を歩くのは赤い瞳を持つ誇り高き令嬢、セレス・ヴァーミリオン。
彼女の背後には、ガルド、ミリア、ノア、リュカの四人が、それぞれの役割を担う者として並んでいる。
五人は扇状に陣形を組み、セレスがその中心に立った。
「おいセレス。本当にてめえの指示通りに動けば、あいつらを一分で片付けられるんだろうな」
ガルドが両手で拳を鳴らしながら尋ねると、セレスは優雅に扇子を広げて微笑んだ。
「一分もかかりませんわ。三十秒で十分ですのよ。彼らには、まだ仲間という概念がないようですから」
「第四試合、開始!」
審判の開始の合図が響き渡った瞬間。
王都学院の五人は、誰よりも先に手柄を立てようと一斉に前へ飛び出した。
「我こそが辺境の野蛮人を焼き尽くしてやる!『豪炎の嵐』!」
「でしゃばるな!私の風魔法が先だ!『真空の刃』!」
「お前たちこそ引っ込んでいろ!私の雷撃で一掃してやる!」
「……」
五人のエリートたちは、味方の位置や魔法の相性など一切考慮せず、自分の最大火力の魔法を同時詠唱で放った。
炎と風と雷がアリーナの中央で複雑に絡み合い、凄まじい魔力の奔流となって辺境学院の五人へと殺到する。
一見すれば圧倒的な破壊力の波だ。
だがセレスの赤い瞳は、その濁った魔力の波を冷静に見透かしていた。
(見事なまでに連携が皆無ですわ。威力を誇示するあまり、互いの魔法が干渉し合って威力を殺し合っていますもの)
セレスは扇子を高く掲げ、凛とした声で采配を振るった。
「ミリアさん、正面に氷壁を展開。十秒間だけ防げば、敵の魔法は自壊しますわ!」
「はいっ!」
ミリアが一歩前に出て、両手を地面に突き立てた。
分厚く透明な氷の防壁がせり上がり、王都学院の放った混沌とした大魔法の波を正面から受け止める。
炎と雷が氷壁を削ろうとするが、互いに干渉し合っているせいで決定的な破壊力に欠けていた。
そしてセレスの計算通り、十秒が経過した瞬間に魔力の波は限界を迎えて四散した。
「今ですわ!氷壁解除!ガルド君、敵の右翼に突破の炎を!倒す必要はありません、陣形を分断するだけで結構です!」
「へっ、任せろ!俺の火加減を見せてやるよ!」
ミリアが氷壁を霧散させると同時、ガルドが爆発的な推進力で右から飛び出した。
彼が放った黒炎は敵を焼き尽くすのではなく、王都チームの右側に巨大な壁として立ち塞がり、二人の生徒を完全に孤立させた。
「なっ……分断された!?」
「くそっ、こちらには来られないぞ!」
王都の生徒たちがパニックに陥る。
セレスの采配は止まらない。
「ノア君、敵の左翼の足元に死者の手を。動きを三秒間だけ縫い留めなさい」
「了解。死者の手、拘束」
ノアが魔導書を開き、懐から取り出した小さな骨片に静かに魔力を流し込むと、白い骨の手が伸び、左翼にいた二人の生徒の足をがっちりと掴んだ。
「ひぃっ!?なんだこの気味の悪い骨は!」
「動けない!魔法が撃てないぞ!」
「リュカさん、空いた中央から敵のリーダー格を強襲!一撃で無力化しなさい!」
「リュカ、一番速い!」
リュカが地面を蹴り、銀色の残像となって中央を突破した。
足止めされ、分断され、完全に孤立したリーダー格の生徒は、突然目の前に現れた銀狼の少女に反応すらできなかった。
「な——」
リュカの鋭い掌底が男のみぞおちにめり込み、彼は呻き声を上げてその場に崩れ落ちた。
開始からわずか二十秒。
王都学院の誇る五人のエリートたちは、セレスの完璧な指揮の下で分断され、無力化されようとしていた。
それでも、残された王都側の四人のうち一人が、歯を食いしばって叫んだ。
「隊列を組み直せ!相手は指揮役を中心に動いている!あの令嬢を狙え!」
だがその判断すらセレスの想定内だった。
「残りの四人も一掃しますわ。ガルド君、ノア君、リュカさん、一斉に制圧を!」
「おうよ!」
ガルドが黒炎の推進力で右翼の二人の懐に飛び込み、黒炎を纏った拳で防壁ごと吹き飛ばした。二人は地面に叩きつけられ、戦闘不能となる。
そしてリュカが骨の手に捕まっていた左翼の二人の背後を取って一撃で沈めた。
五人の王都エリートたちは、辺境の生徒たちの連携の前に誰一人として手も足も出ず、完全に戦闘不能となって闘技場の床に転がった。
「そ、そこまで……っ!勝者、辺境学院代表チーム!」
審判の震える声が大闘技場に響き渡ると、数秒の静寂の後、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。
個人の規格外の武力だけではない。
辺境学院は集団戦においても、王都のエリートを完璧な連携で圧倒してみせたのだ。
王都の貴族たちは、もはや辺境の生徒たちを野蛮な化け物として嘲笑することはできなかった。
そこにあるのは互いを信じ合い、仲間として完璧に噛み合う確かな実力者たちの姿だったからだ。
バルコニー席で、ロベルトは信じられないというように膝から崩れ落ちた。
「馬鹿な……あの落ちこぼれ共が、どうしてこれほどの連携を……」
彼の描いていた公開処刑のシナリオは、完全に破綻していた。
セレスは歓声の中、倒れ伏す王都の生徒たちを一瞥し、優雅にカーテシーをして見せた。
「皆様、お分かりいただけましたかしら。これが、互いの役割を信じ合える仲間たちの持つ、本当の強さでしょう?」
かつて裏切りを恐れ、すべての人間を駒としか見られなかった少女が、今は仲間の中心で最も誇り高く微笑んでいる。
レオンはその姿に、ただ静かに目を細めた。
「へっ、まあまあな指示だったな、セレス」
ガルドが腕を組んで笑いながら歩み寄ってくる。
「セレスさんの指示のおかげで、安心して盾に集中できました」
ミリアがほっとしたように微笑む。
「無駄のない配置だった。ありがとう」
ノアも静かに頷く。
「セレス、今日は群れの匂いがした。えらい」
リュカが尻尾を振りながら、セレスの隣に立つ。
「ふふっ。あなたたちが私の采配を信じて、それぞれの役割を完璧に果たしてくれたからですわ。褒めて差し上げますわよ」
セレスが扇子をパチンと閉じて気高く言うと、クラスメイトたちは顔を見合わせて笑った。
アリーナの端で壁に寄りかかっていたレオンが、ゆっくりと彼らの元へ歩み寄ってきた。
「見事な采配だったぞ、宰相」
「当然ですわ、先生。私の盤面には、もう信じられる仲間がいますもの」
セレスは真っ直ぐにレオンを見つめ、自信に満ちた笑みを返した。
これで辺境学院は四連勝。残すは第五試合の護衛競技のみ。
だが王都側がこのまま敗北を受け入れるはずもなかった。
大会の裏側では、王都学院が用意した『切り札』が、静かに動き出そうとしていた。




